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- ナノ -
ファーガス神聖王国の北東部に位置するゴーティエ家領。その領内の隅を預かるそこそこの地位の私の生家。
今年の春に腐れ縁とも言えるゴーティエ家の次男と共にガルグ=マク大修道院の士官学校に入学してから数節が経とうとしてた。
日々勉学に武芸に、実地演習に励む日々。時折同級生との会話に花を咲かせ、城下町に足を運んで張り詰めた気を解すこともしばしば。
士官学校には同世代の人たちが多く、付き合いに難儀することなく友人にも、それから気の合う同級生にも恵まれた。

そんな中、年頃の同性代の友人達の話題には色恋沙汰のものが時折混ざる。
時折、いや頻繁に。

やれ誰がかっこいいだの、やれあのひととお近づきになりたいだの。
その話題の中には腐れ縁である浮かれ頭の男だとか、いつもむすっとしているけれど割と表情に出やすい戦闘狂のことも話題にあがる。
他の学級の男の人たちのことも友人達はきゃいきゃいと楽しそうに話すけれど、その話題に自分から踏み込んだことは一度たりとも無い。
話題の一部に腐れ縁達のことがあるのも一因なのだけれど、大きな要因はもっと別のものだった。
色恋沙汰に興味が無いわけではない。私にだって想いを寄せるひとがいる。

それが友人達が言う「異性のひと」ではないがために話題に乗れないだけなのであって。




「先生!」

昼下がりの大聖堂にて午後のお祈りを済ませてからぼんやりと外を眺めていたら、階下の通路にそのひとが現れた。
慌てて手すりから身を乗り出して大声で名前を呼べば、先生はきょろきょろと辺りを見回すこと無く真っ直ぐにこちらを見上げてきた。
視線が絡む。
危ないよ。私はここにいるから。と、先生は表情を変えることなく口を開く。
私が出した声ほど大きな声量ではないけれど、先生の声なら何処でだって聞こえる気がするのだ。
身を翻し、先生がいる通路に下りるための階段を駆け下りる。
二段跳ばし、三段跳ばし。弾む心は足の運び方にまで影響するようだ。


ベレス先生。
今年の春から士官学校の教師として赴任してきた腕利きの傭兵で、女性ながらその武勇は歴戦の猛者に引けを取らない。
共に士官学校に来た先生の父から教えてもらった剣術なのか、真っ直ぐで迷いの無い剣線。それから無駄の無い洗練された動き。舞うように戦うとはこのことか、と戦場での先生に釘付けになったことは記憶に新しい。
それから、先生は武だけではなく知にも優れていた。
知といっても戦場で活きる知識だけれど、士官学校で教師として教鞭を執るにはじゅうぶん過ぎるほど。

先生と戦場に立ち、隣で戦い、時には武勇を遠くから見つめていた。
先生に話しかければ自然と背筋が伸びて、かっこ悪いとこを見せたくない、いつだって出来る私を見て欲しいと思うようになった。

大きなきっかけはない。徐々に、静かに、ゆっくりと。
先生と生徒という関係の中で日々過ごしていくうちに、私は先生に想いを寄せるようになった。

私も先生も女性で、同性だ。最初はこの気持ちに戸惑いを覚えたけれど、すぐにその戸惑いはなくなった。
私の気持ちは私だけのもの。先生に恋心を抱いて何が悪い、だなんて胸の内は堂々としている。
まあ、それを周囲に出すわけでも無く、先生への想いは私の胸の中で静かに息づいているのだ。
伝えるつもりはない。伝えて先生とどうこうなりたいわけではない。
ただ先生を好きでいられればそれでいい。それだけでじゅうぶん。

「何か用だった?」

小走りで先生に駆け寄ると、深い緑の髪を風に靡かせながら首を傾げて問うてきた。
先生を好きでいられればいい。そうは思ったものの、こうして自分だけを見つめてくれると思い上がってしまうもので。
その先を求めるかのようにこうしてことあるごとに先生を見掛けては話しかけてしまう時点で、下心有り有りなのである。

「いえ、その、先生が見えたから」
「そう」

左に、右に。先生の美しい顔を見ることができなくて泳ぐ視線。
ようやく、おずおずと捉えた先生の双眸はひどく優しげで、とくん、と心が跳ねてしまう。
ああ、どうしよう。せっかくだから何か話題を。
呼び止めたからには何か話さなければ。いいや、話したい。
とくとく、と徐々に早くなる鼓動は緊張からくるものでもあるし、恋心を寄せる先生を前にするときめきからくるものでもあった。

「そういえば」
「は、はいっ」

突然先生が口を開いた。
先生は口数が多い方ではない。こうして会話する時はだいたい私のほうから切り出している。
これは私だけに限らず他の生徒たちに対してもそうらしく、女たらしのあいつは「先生はガード堅いからなぁ」なんて面白がっていた。
そんな先生から振られる話題。心の準備が出来ておらず、変に上擦った声を上げてしまった私は口を両手で抑えて後悔を決め込んだ。

「最近鍛錬に励んでいるそうだね」
「え、わ、私ですか?」
「うん。フェリクスが言っていたよ。nameがやけにやる気だって」

フェリクスは腐れ縁の女たらしではないほうの目つきが悪い奴だ。
彼は剣術のセンスが同級生の中で頭ひとつ抜きん出ている。先生が主に使っている武器が剣であるため、なんとか先生の力量に近づきたく彼に師事を仰いだのは二週間ほど前のことだったのだ。
先生が言うやる気とは、先生に認めてほしいからというやましい気持ちからくるもので。
しかしながら、下心があるけれど強くなりたいというのは本当のこと。ここ数日、フェリクスの鬼のような指導により疲労困憊三歩手前なのだ。
それを先生に言ったのか、あいつは。
余計なことを、と思いつつもこうして先生から私自身の話をされることが嬉しくて、やるじゃん、なんて心の中で彼を褒め称えたりもした。

「はい、少しでも強くなりたくて」

先生に近づきたくて。
その言葉を呑み込んで、もうひとつの理由を音に乗せた。

「午後の演習、見ているよ」
「演習……あ、は、はい!見ていて、ください」

そういえば午後からの青獅子の学級の授業は座学ではなく演習訓練だった。
模擬戦ともいえるだろうか。各々武器を用いて一対一で打ち合うのだ。
先生に鍛錬を積んだ私の姿を見てもらえるチャンス。
心の声をそのまま言葉にしてしまい、しまった、と口を噤むも、先生の表情は変わらずとも嬉しそうに頬を緩めてくれた。

とくん、とくん。
静かな恋心がまた跳ね出す。

ああ、好きだな。
なんて気持ちが零れてしまいそうで、ぐっと唇を結んだまま私は照れながらも微笑んだ。



◇◆◇



太陽が青空の天辺から少しだけ山のほうへと傾く午後の始まり。
青獅子の学級のみんなは訓練場に集まり、各々自身が扱う武器によく似た模造刀を手にしていた。
皆の視線の先には先生がいて、模擬戦相手の組み合わせを淡々と告げている。
戦場で戦う先生の姿も好きだけれど、こうして教師として振る舞う一面も好きだな、なんて、私は木刀の柄を握りしめて高鳴る胸元をこっそり鎮めた。

「げ、お前とかよ」
「喚くな喧しい。今日こそお前の腐った根性を叩き直してやる」

私の斜め後ろから腐れ縁たちのやりとりが聞こえてくる。
こっそり振り返れば浮かれ頭の首根っこを引っつかんでずるずると訓練場の隅に移動する彼らが見えた。
ああ、先生はどうしてあの組み合わせにしたのだろうか。
考えたところで私には介入の隙が無いし混ざろうとも思わないので、視線を先生に戻してその凜々しくも美しいお顔を見つめるだけだ。

「次はnameと」

どきり。胸が跳ねる。
先生に名前を呼ばれるといつもこうだ。身構えていてもどきどきするのに、こうして油断している時に呼ばれるとより一層緊張してしまう。
木刀を握る指に力が篭もる。
私の相手が誰だとか、そんなことに気を回す余裕などなかった。

「イングリットで」
「先生」

私の模擬戦の相手となるであろうイングリットの名を挙げた先生の言葉に、ひとりの声が遮るように重なる。
声がした方向に視線を向けると、太陽の光を受けてきらきらと輝く金髪のひとが一歩前に踏み出していた。
ディミトリ殿下だ。
ディミトリ=アレクサンドル=ブレーダッド。ファーガス神聖王国の正統な後継者であり、私が将来尽くす御方だ。
いきなりどうしたというのだろうか。
ディミトリ殿下の背へ不思議な視線を向けるのは私だけではなく、傍にいたイングリットも首を傾げていた。

「nameの相手は俺にさせてもらえないだろうか」

こそこそ。ざわざわ。
先生の周囲で名が呼ばれるのを待っている生徒達の空気が揺らいだ。
いつも模擬戦の対戦相手は先生が決める。各々不調があれば申し出るくらいで、こうして相手を指名するように口を出すひとはいないのだ。
ディミトリ殿下だってこのようなことを言い出す御方ではないのに。
いつだって皆のことに気を配り、協調性と和を大切にしている御方だ。そんなひとがどうして私なんかを。
殿下に何かしたの?とでも言いたげなイングリットの視線が隣から向けられるけれど、私は先生と話しているディミトリ殿下の背をただ見つめるだけたった。

「どうして」
「最近nameの剣の腕が上達してきたと聞いてな。その実力を試したいんだ」

先生だけではなくディミトリ殿下にまで知られていたとは。
いや、私の実力の話ではなくて、私に関する情報のことだ。
ディミトリ殿下に実力を見てもらえることはとても光栄なことなのだが、私とディミトリ殿下はそこまで親交があるわけではない。
腐れ縁達とイングリットはディミトリ殿下と幼馴染みであり幼い頃から縁があったそうなのだが、私はその頃浮かれ頭とぐらいしか繋がりがなくてどちらかというと新参者なのだ。
更にいうとその幼馴染みの輪に自ら入れず、蚊帳の外というわけではないけれど一歩も二歩も離れたところから彼らの交流を見ていることが多かった。
よって、私とディミトリ殿下の繋がりはほぼほぼ無いに等しいのだ。ふたりで話したことだって、数える程度にしかない。
私の剣術を見たいと言って頂けるような、そんな関係ではないと思っていたのに。

「nameはどう?」
「え?あ、私は」

先生の視線がつい、とこちらへ向けられる。
また胸が高鳴りそうになるけれど、今はディミトリ殿下の真意のほうが気になってそれどころではない。
先生に続いてディミトリ殿下も私を見る。
透き通るような空色の瞳が真っ直ぐにこちらを向いていて、その瞳と視線が絡むと何故か頷くことしか許されないような、そんな不思議な感覚に陥って。
気がつけば私は肯定の意を込めておずおずと頷いていたのだった。

「では、行こう」

木造の槍を携えて先を歩くディミトリ殿下の後に続く。
すれ違うひとがこちらを見ながらこそこそと噂話を始めるのが耳に入ってしまう。
どうしてだなんて、そんなこと私が聞きたいよ。口に出さず、ディミトリ殿下の後を追うだけ。

「急にすまない。先程も言ったが、nameと手合わせがしたくてな。今が良い機会だと思ったんだ」
「いえ、ディミトリ殿下にそう仰って頂けて光栄です。力不足かもしれませんが、精一杯がんばります」
「そう肩の力を入れなくていい」

立ち止まり、振り返るディミトリ殿下は爽やかに笑う。
その笑顔に私も控えめに笑って返していると、ディミトリ殿下の後ろ、離れたところで互いに向き合っていた腐れ縁達が驚いたような表情でこちらを見ていた。
どうしてお前が殿下と?そんなことを言いたげだ。
いや私だって聞きたいよ。睨めつけるように一目見てから、ディミトリ殿下に向き直って丁寧に一礼を。
それから剣を構えると、打ち合いの気配を察したのかディミトリ殿下が薄く笑いながら槍を構えた。

隙の無い構え方だ。
どこから打ち込まれても反応できるような、戦い慣れしたひとのような気迫さえ感じる。
自分の片足を一歩引く。体勢を低く構えていつでも斬りかかれるようにしてはいるのだが、なぜだか踏み出せない。
相手がディミトリ殿下だからだろうか。気後れしてもわざわざ気に掛けてくださった相手に失礼だというのに。

よし、ではこちらから仕掛けよう。
まずは正面から一手。躱されたら相手の動きを見てから左右どちらかに跳ぶ。弾かれたり受けられたりしたら後ろに跳ぼう。
脳内で打ち合う工程を練る。まあ、それも始まってしまえば反射で身体が動くから、臨機応変になってしまうのだけれど。
木刀を握る指に力を込める。

それから軸足を踏み込んで走り掛かろうとした時だった。

ディミトリ殿下の目付きが変わった。
温和で柔和な瞳から、獣のような鋭い色に。
戦場で見るようなあの色とはまた違う、激しい、なにか。


あれ、おかしいな。


そう思っていた時にはもう何もかも遅くて。


次に私の視界に映ったのは青くて綺麗な空。
そして背には固い感触。
遠くで聞こえるのは固い物が訓練場の床に転がるような音で。

一拍も二拍も遅れてやってきた腕が痺れる感覚から、私は床に仰向けて転がっているのだと気がつかされた。

「え」

何が起こったのか把握できていない私の間抜けな声が静かな訓練場で虚しく消える。
ぱち、ぱち。
呆けた顔で瞬きをしていると、ばたばたと慌ただしい足音がこちらに向かってきていて。
ちらり、とそちらを視線だけで窺うと、腐れ縁達がやけに焦った表情でこちらに駆け寄って来ているところだった。

「もう少しくらい粘れんのか。俺との鍛錬の成果が疑われるぞ」

珍しく甲斐甲斐しく私の背を支えて起こしてくれたのはフェリクスで、彼は顰めっ面のまま私を叱るように吐き捨てた。
そんなこと言われても、なんて口応えする余裕がなかった。

「殿下、あんたの馬鹿力が奮う槍はこいつのほっそい腕じゃ受けきれませんて」

傍に立つ浮かれ頭が茶化すように軽口を叩く。
そうか、私はディミトリ殿下に転がされたのか。やっと納得できた。
受ける受けない依然に槍の軌道が見えなかったし初撃がどこから入れられたかわからなかったのだけど。
未だに自分に起こった出来事が受け入れられなくて、腐れ縁達が向いている方向をゆっくりと辿った。

「ああ、すまない。力を入れすぎていたのかもしれない」

ディミトリ殿下が思ったよりも近い場所からこちらを見下ろしていた。
そこまで近くにいるとは思っていなくて驚いたけれど、それほどまでに私が混乱して周りを確認できていなかったということだ。
ディミトリ殿下は眉を下げて私へとその手を差し出す。
高貴な御方から差し伸べられる手を私などがとってよいものかと思案していると、フェリクスが力強くその手を払い除けた。
そして半ば強制的に私を立たせて、ずるずると先生のところまで引き摺っていく。
浮かれ頭が私の木刀を拾い上げて後を追ってくるのと、イングリットが心配そうに私に駆け寄ってくる音が背後から聞こえていた。

「大丈夫?すごい音がしていたけど」
「見ての通りこいつは無事だが、念のため医務室に連れて行きたい。あの猪のことだ、大事をとったほうがいいと考える」
「うん、連れて行ってあげて」
「ちょっとフェリクス勝手なことを」
「知らん行くぞ」

心配しているのかなんなのか。私の意志を無視してフェリクスは淡々と先生に話をつけた。
こちらの言葉を聞きもしないフェリクスに引き摺られるようにして、私は訓練場を後にすることを強いられた。
背後のディミトリ殿下を振り返ることもできずに。



◇◆◇



翌日。大事に大事を重ねた私は、先日の一件以降押し込められるようにして自室での休養を余儀なくされた。
マヌエラ先生の診断は、骨などに損傷は無く心配ないとのことだったけれど、模擬戦に戻ることも午後の講習に戻ることも、フェリスクは許してくれなかった。
ひょこひょこ後をついてきた浮かれ頭とイングリットも同じ意見だったようで、みんなして心配性なのだから、とは思いつつも好意として受け取り、結局私は自室で安静にしていたのだ。
流石にもう子供ではないのだし、自分のことは自分でできる、判断もできる。
午前の講習が始まるまでの間散歩でもしようかと思い至り、小鳥の囀りを聞きながら騎士の間から大聖堂までの道程をのんびりと歩いていた。

「name」

が、ひとつの声に呼び止められて歩みが止まる。それから肩も跳ねた。
真正面から歩いてきたのはディミトリ殿下だ。先日の一件以来私はずっと自室にいたから、今の今まで会えず仕舞いだったのだ。

「おはようございます、ディミトリ殿下」
「ああ、おはよう」

会釈をして、それからディミトリ殿下を見上げる。
私と数歩の間隔をあけて立った彼はいつもより少しばかり重い声で囁いた。
心なしか、表情も固い、気がする。

「先日はすまなかった。改めて謝罪をしたかったのだが、フェリクスに止められてしまって」
「いえ!ディミトリ殿下が謝るようなことは何もございません。むしろ期待に応えられず不甲斐ないところをお見せしてしまい申し訳ございませんでした」

ディミトリ殿下の雰囲気がやけに固い気がするのは、私への謝罪の気持ちがあったからなのだろうか。
そこまで気に留めなくてよいのに。全て力の無い私に非があるのだから。
その思いを込めて必死に頭を横に振り、身振り手振りで否定したのちに勢いよく頭を下げた。
ああ、お仕えする御方にここまで気を遣わせてしまうだなんて、とんでもないことだ。
反省の念を込めて地面を睨み付けながら頭を下げ続ける。そんな私の肩にディミトリ殿下がそっと触れてきた。

「nameが謝ることは何もないんだ。顔を上げてくれ」

優しい言葉が上から降ってくる。
なんてお優しい御方なのだろう。接点の無い私に対してここまで心を砕いてくださるなんて。
私がこの御方の期待に応えられなかったのは事実だけれど、次こそは、なんて心意気を新たにして姿勢を正し、ディミトリ殿下を見上げた。
その殿下のお顔は。


「残念だったよ。あの場が正式な場でなければその腕をへし折っていたのに」


ちっとも笑ってなどいなかった。


高い青空の中を飛ぶ鳥の鳴き声、羽音。風に揺られる草や木の葉の音。
厩舎から聞こえてくる馬の嘶きも、遠い遠い音のように聞こえた。

「……え?」

私の声が空気を震わせる。吸う息も吐く息も震えていて。
いったいなにがどうしてこうなっているのか、私には何もわからなくて。
ただ瞠目したままディミトリ殿下と視線を合わせることしかできていない。

「それにしてもお前の剣術とやらも底が知れている。構えはフェリクスの見様見真似か?実力が伴っていないからといって形だけ真似ても意味がないだろう」

みしぃ、そんな音が肩から聞こえてくるほど強く掴まれ、痛みに私は身を捩ろうとした。
けれどディミトリ殿下はそれを許さず、私の肩を掴み続ける。指の痕でもついてしまうのではないかと思う程に。
顔は笑っている。いつものようににこやかかに。けれど笑っているようで、笑ってなどいない。
そして冴えた瞳。まるで異物を見下すかのような、その表情。

これは、このひとは、ディミトリ殿下だろうか。
私が知るディミトリ殿下なのだろうか。どうして私が、こんな眼で見られなければならないのだろうか。
どうして。


「その程度で先生に近づきたいなどと、笑わせてくれる」


は、と息を呑む。

「どうして」

なぜ、ディミトリ殿下がそのことを知っているのか。
フェリクスに稽古をつけてもらっていることではなく、その目的を、どうして彼が知っているのだろう。
誰にも一言も告げていない。先生へのこの想いすら、ただのひとりにも相談していないというのに。
ぎりぎりと私の肩を掴み上げるディミトリ殿下へ困惑の瞳を投げかければ、彼はにこやかだけれど鬱陶しげに私を見て、それから言葉を吐き出した。

「同じだからだよ」
「おな、じ」
「同じだから、わかるんだ」

同じ?
その意味を、私は正しく理解できているだろうか。
だって、ディミトリ殿下のこの言い方は、私が先生へ抱いている感情を、ディミトリ殿下自身も抱いている、そんな捉え方ができてしまう。
もしかして、彼も、先生を?

思い返せば、ディミトリ殿下はいつも先生を気に掛けていた。
先生が担任になるよりも前から、担任になった後からもずっと。
戦場では誰よりも先に先生の指示に従っていたし、座学では誰よりも熱心に先生の話を聞いていた。
真面目で品性方向な王子様の鑑のようなひとだしその言葉通り王子なのだけれど、その行為の全てが先生への好意によるものだとしたならば。

気がつかなかった。
私は私の気持ちで精一杯で、周りのひとが先生をどう見ているかなんて、気がつきもしなかった。

ディミトリ殿下は、先生のことが好きなのだ。

「余計なことは言わなくていいし、考えなくていい。先生を諦めろとも言わない」

私と同じ類の感情かはわからないけれど、こんなにも激情をぶつけてくるのだから、きっと、多分、私よりも、ずっと。

「ただ、先生のことを想い続けるのなら、俺に気をつけたほうがいい」

その感情は、重い。

ディミトリ殿下の手から解放された私の肩はじんわりと熱を帯びている。
じわじわと痛む肩を撫でることもできず、踵を返して去るディミトリ殿下の背を、私は震えながら見ていることしかできなかった。



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■リクエスト内容

風花雪月のディミトリ×ベレス前提(くっついていてもディミトリの片思いでもどちらでも大丈夫です)のベレス先生お相手?で、
士官学校時代で先生に恋する女生徒夢主が、ディミトリの女生徒相手でも容赦ない凄まじい牽制のもとに敗北するような話

山吹様、この度はリクエストありがとうございました。
ディミレス、もしくは片思い前提とのことでしたので、ディミトリと夢主の片思いで書かせて頂きました。
ディミトリは誰にでも優しいですが、一度敵と見なすと容赦なさそうですよね。女相手でも牙剥きそう。
凄まじい牽制ののちにディミトリを敗北させようと思いましたが、しめ方がギャグちっくになってしまったので妄想が広がりそうな終わり方にしてみました。
シルヴァンとフェリクスとイングリットは私の趣味です。青獅子の子たち全員出したかった。
シルヴァンの名前を出していないのも意味はないけれど意図的です。山吹様ならきっとわかってくれると信じておりますよ。
改めまして、リクエストありがとうございました。また弊サイトへ遊びにいらしてくださいね。



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