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「#エロ」のBL小説を読む
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- ナノ -
日常とは何か。
ひとはそれを不変な日々と答え、またある者はそれを変わり映えのない退屈な毎日と答える。
ルシス王国第一王子、アーデン・ルシス・チェラム。齢十六歳。
彼にもまた変わりない、それでいてかけがえのない日常が今日も待ち受けているはずだった。



まず一日の始まり、そこから様子が違った。
アーデンの朝はnameから始まる。とうの昔にひとりで起きられるようになっているのだが、nameに起こしてもらいたくて未だに部屋へ赴いてもらっているのだ。
ノックの音、扉が開く音、カーテンが開けられる音。射し込む朝陽に瞼を薄らと持ち上げれば、そこには心地良い風を室内に取り込むために窓を開けているnameが。
柔らかい風に遊ばれる髪とあたたかい光と。

おはよう、アーデン君。

その言葉でアーデンの一日が始まるのだ。


しかしどういうわけか、今日はまだnameが自室を訪れていない。
name自身が時間に厳しい性格ではないのだが、いつも決まった時間に此処に来るものだから、こうも遅いと何かあったのではないかと勘繰ってしまう。
起床時刻より一時間経過。気になるのならnameの所へ真っ先に行けばいいものを、と自問自答すること幾度目か。
自ら動くことでnameから始まる朝を壊してしまうような、そんな不思議な感覚に囚われてベッドの上でごろごろと寝返りを打っていたのだが、これ以上待てない、と勢いよく身を起こす。
安全な城の中だ。nameの身に危険が迫っているようなことは無いはず。
もしかするとnameの寝坊だろうか。だとしたら珍しいこともあるものだ。アーデンがnameを起こしに行くという逆転した朝の始まり。これは貴重な体験になる。

そうと決まれば行動は早かった。
寝間着から室内着に身を整え、顔も洗って髪も整える。ものの三分も掛からずに終わってしまう簡易な身支度を使用人が知れば、王族たるもの、と窘められることだろう。
だがそれはそれ、これはこれ。今は一分一秒でも早くnameのもとへ行きたかった。

自室の扉を開けて早足で廊下を駆ける。
すれ違う使用人達からは目覚めがいつもより遅い、という疑問を投げかけられるが、片手を上げて簡単に済ませる。
目的地はただひとつ。寄り道も道草も必要なかった。


辿り着いたnameの自室。
この部屋には何度も来たのだから、今更緊張することなんて何一つないのに妙に胸が早鐘を打つ。
いつもと違う朝だからだろうか、それともnameの反応が気になるからだろうか。そのどちらでもある。
ドキドキと早まる心臓の音に合わせるように、ドアを数度叩く。

「name?」

室内にいるであろう人物の名を呼び、数秒待つ。
返答はなく静寂が広い廊下に落ちるだけ。
待ちきれず、不躾だと知りながらもその扉に手を掛けた。
ガチャリ。いつもなら気にも留めないその音がやけに大きく聞こえたのは、きっと気のせいではないのだろう。
部屋の中に身体を滑り込ませ、後ろ手で扉を閉める。その音もまた大きく聞こえた気がした。

部屋の中は薄暗かった。陽はすでに昇りきっているのだが、カーテンが閉じたままだとこうも暗いものなのか。
暗さに慣れない目でこんもりと盛り上がったベッドの中心を一度見る。
確実にnameだ。そこにnameがいる。
姿を確認していないけれどnameであろう物体を視認するだけでとてつもない安堵感を感じるものだ。
やはり寝坊だったのだ。
アーデンを起こしに来なかった理由が珍しいものであることに小さく笑い、カーテンを開け放って部屋の主を振り返った。


「name、朝だよ。へへ、びっくりし」


た?

言葉は続かなかった。

振り返った寝台の上。
明るくなった室内のものを見るにはじゅうぶんな光の中。
アーデンの目線の先にいたものは己がよく知るnameではなく、すやすやと気持ちよさそうに眠りについているひとりの少女だった。



◇◆◇



「ばあばにもう一度、お名前を聞かせてくれますか?」
「あい、nameです。nameはnameっていいます」
「ちゃんと自分でお名前が言えてえらいですねぇ」

小さな唇から紡がれる舌足らずな言葉を聞き、少女と向かい合って座っているマリベルは微笑みながら、しかし困ったように頷いた。


あの後。
nameの部屋にて眠る謎の少女を発見し、混乱に混乱を極めていた時。
目を覚ました少女がこちらを見て発したのは「だれですか?」という不安と不信が混ざった声色と言葉だった。
この少女がどこから来たのか、尋ね人であるnameはいったいどこにいるのか。
訊きたいことが混乱する脳内をぐるぐると駆け巡るのだが、アーデンが今できることはこの少女の疑問に簡潔に答えることだけだった。

俺はアーデンって言うんだ。

戸惑いながら自己紹介をすれば、少女は眠そうな瞳をぱちぱちと開閉してそれから「がいこくのひとだ」と小さく呟いた。
その"がいこくのひと"という言葉がどのような意味を持つのか理解が及ばなかったのだが、この時はアーデンも酷く混乱していた。
まずはこちらも開示した情報、つまるところ名前を訊ねることから始めてみようか。
なんて軽い気持ちで訊ねたのだが。

しらないひとにおなまえおしえちゃいけないっておとうさんとおかあさんがいってました。

そちらから訊ねておいてなんという返答だ。
憤りは無い。むしろ幼くありながらなんてしっかりとした子なのだろうと感心するほどだった。
しかしこれではこの少女に関する情報が何も得られやしない。
名前が無理ならば、少女がどこから来たのか訊ねれば。

しらないひとにおうちおしえられません。

で返され。
誰かに救援を求めようかという考えに至り、少女を連れて誰か探し歩こうかと誘えば。

しらないひとについていっちゃいけないっていわれてます。

で返される。
なるほど、とてもしっかりした少女だ。こちらはすっかり不審者扱いというわけだ。
なれば、と思い、nameの自室に丁度部屋の前を通りかかっていたマリベルを招き入れることにした。
それからどういうわけか、本当に偶然なのか否かソムヌスまで通りかかったものだから、運命共同体ということで彼までも巻き込んだのだった。

見知らぬ人間が急に部屋に入ってきて、アーデンひとりでも幼い警戒心を露わにしていた少女だったが、年の功というやつなのかマリベルの雰囲気と話術に少女はすっかり警戒心を解いたようだった。
マリベルが自身のことを「ばあば」と親しみやすく呼んだせいもあるのだろうか、まるで祖母を慕うかのように少女は懐き始めたのだ。
マリベルを呼び入れて正解だった。これで少女の素性を訊き出すことができるだろう。
隣で未だに状況を飲み込めていないソムヌスを横目に、マリベルへ少女の名前を聞き出すよう耳打ちをする。
少女から教えられたその名は、俄には信じられない名前だった。




「nameちゃんはニホンというとこにお父さんとお母さんと住んでいて、お布団で寝ていたらここにいたということですね」
「あい。ここnameのおうちじゃないです。nameのおうちどこですか?おとうさんとおかあさん心配しているかもしれません」

おうちどこですか?とこちらに訊ねられても求めている返答が出来ない。
そもそもここはルシス王国だ。居住区や商業施設にその"ニホン"という名称が用いられている場所は無い。
ルシス国外の地理も深く学んでいるのだが、やはり同様にニホンという地名やそれに準ずる建物や地域は思い当たらない。
さて、どうしたものかと頭を悩ませていたとき、隣に立つソムヌスがこちらに声を掛けてきた。

「あの、兄上?」
「なに?」
「兄上もマリベルさんも平然としていますが、この子がnameさんだと確信を持って接しておられるので?」
「平然だなんてまさか、程遠いよ。すっごく混乱してる」

少女の名前は、彼女自身が名乗った通りnameというのだろう。
その名を名乗るのは、己が知るnameただひとりだけ。
名前が同じというだけで同一人物だと決めつけるのは些か早計すぎるというものだ。

「でも」

けれど

「根拠は全くないんだけど、感覚で、この子はnameなんだろうなって」

根拠も確証もまったくない。なんならどうしてnameがこのような姿になっているのかさえも理解が及ばない。
そんな不確定な要素ばかりだけれど、感覚でnameだと思うのはどうしてなのだろうか。
自問自答してもきっと答えなどでてこない。
これは、アーデン自身の心と身体が求めている存在であるがゆえの、感覚的な衝動なのだから。

「そう、なのでしょうね。俄かには信じ難い話ですが、兄上がそう仰ると本当にそうなのだという気持ちになります」

不思議ですね、と続けたソムヌスは苦笑いしながら、それでいてどこか真実を見据えたようにnameであるその少女を見つめた。

手足も身体も、その心も中身も幼子へとなってしまったname。
原因究明への糸口がひとつたりとも見出せないけれど、不思議と「困る」という考えには至らなかった。
nameがnameであればよいのだから。nameであれば、なんだってよいのだから。

「あらあらまあまあどうしましょうかねぇ」

苦笑いと共に言葉をこぼすマリベルを見て意識が戻される。
迷惑そうとまではいかないが困ったようなその所作を目にして、このままではいかないことを悟った。
nameがなんであろうと傍にいてくれるのならそれでよいのだが、周りは納得がいかないだろう。
そもそも成人女性から幼い少女に突然変異する事象から奇天烈なのだ。
他人に広く知らしめられれば、興味を持ったルシス国立研究所のマッドサイエンティスト達の研究対象となってしまう可能性も否めない。

戻る可能性があるのなら手を付けたいところなのだが、今はまだその欠片も掴めていないのだ。
それにnameの先のことを考えるより、今のnameのことを優先する必要がある。
幼いnameは、慣れたとはいえ初対面に近いマリベルとそれから見知らぬ男ふたりがいる空間で不安そうにしている。
マリベルへの応答ははきはきとしたものだが、その服の裾を握り絞める手が解かれたところをまだ見ていない。
ならば。

「name」

一歩、二歩。ゆっくり踏み出してnameの前に片膝をついて座り込む。
nameの目線に合わせたその姿勢。自分自身がまだ幼く小さかった頃、nameがよくしてくれたことだ。
まさか自分がnameにしてもらったことをnameに返す日がくるなんて。

ゆっくりと覗き込むnameの瞳は、大人の時のnameの色と変わらなくて。
ああ、やっぱりnameなんだな、と。
心が落ち着くような、あたたかくなるような。そんな安らぎを感じた。

「nameのお父さんとお母さんは別の所にいるんだ。ふたりがnameを迎えに来るまで俺たちと一緒にいよう」

nameの両親の所在など知らない。そしてnameの生まれも家族の話も聞いたことがない。
それはname自身の口から積極的に語られる話題ではなかったし、こちらも無理に聞き出すこともなかった。
だからアーデンの言葉は嘘ということになるのだが、両親を求めるnameを安心させ、かつこの場に留めておくためには仮の言葉で引き留めておくしかないと考えたのだ。
嘘。nameに向けたくない類の言葉ではあるが、この場合は目を瞑っていただきたいところだ。

「でもお兄ちゃんたち知らないひと……」

不安そうにきゅ、と唇を結ぶnameが俯きながら眉を下げた。
nameが心を見せまいとする仕草だ。隠しているようで、困った時や言い出しにくいことを飲み込む時にはこの仕草を時折ちらつかせる。
それは他人の目にはほんの微かなものとして映り過ぎ去ってしまうものだけれど、nameを常日頃から見ているこちらからすればそれを掬い上げることはとても容易なことだった。
幼いnameはこんなにも表に出してくる。
それが堪らなく嬉しくて、愛おしくて。不意に伸ばした手でnameの手をとっていた。

「俺の名前はアーデン。もう知らないひとじゃないだろう?」

小さくてあたたかな手のひらを握りしめる。
いつも優しく撫でてくれる手のひらが、今はこんなにも小さくて。
nameはこんな気持ちで触れていてくれていたのかと思うと、胸がきゅぅ、と詰まるようだった。

nameの表情が晴れる。
ぷくぷくとした頬がもごもごと動き、それから緩み。

「nameとアーデンおにいちゃんは、おともだちになれる?」

こてん、と首を傾げられ、心の中で暴れまわる形容しがたき愛しいきもちが溢れ出て形を成し、どうにかなってしまいそうだった。

nameはこんな感情を抱いていた?いや、自分がnameに向ける感情だから、こんなにも。

辛くなんてこれっぽっちもないのに唇をぎゅっと結び、感情の波を堪えるように頷いた。
nameは目を輝かせ、ぱああ、と花開くように微笑む。
その笑顔を見た瞬間、アーデンは手のひらで顔を覆いながら横に倒れこんだ。
もう胸がいっぱいだったのだ。

「おなかいたい?だいじょうぶ?」
「心配ありませんよ、こちらのお兄ちゃんはとっても元気です」
「おにいちゃんはなにおにいちゃんですか?」
「おに、え?ああ、僕はソムヌスと言います。よろしくお願いしますね」
「ソムヌスおにいちゃん?」
「ん"ん"」

野太い声を上げたソムヌスがアーデンと同じように床に倒れこむ。
きょとり、とふたりを見渡すnameは不思議そうに瞳を瞬かせ、マリベルは笑みを深めながらほほほ、と笑うだけだった。



◇◆◇



「おにわひろい、おうちのおにわよりいっぱいひろい」

興奮した様子で城の裏庭を駆けるnameの後ろ姿を、アーデンとソムヌスはにこやかに見送った。
見送るといっても目を離すことは無いし、離れることも無いのでその小さな背をゆっくりと追いかけてゆく。
そのさなか兄弟で話すのはnameの今後のことだった。

「nameさんがこの状態から元に戻らない場合どのようになさるおつもりで?」
「どのように?うーん、特に何も考えてない……」
「兄上はnameさんのことになるとしっかり後先考えると思っていましたが」
「考えるよ。でもほら、どのnameもnameだし」

視線をnameに向けたままあっけからんとして言えば、ソムヌスがこちらを見る気配がした。
が、そちらを向くことはしない。どうせ含み笑いを向けられているだけだろうから。
ソムヌスの小さな笑い声が聞こえるはずもないのだが、nameが呼応するように振り向いて手を振ったのが見えた。

「おにいちゃん」

まるで天使かと見紛うほどににこにこと微笑むname。
アーデンも呼応するようににこりと微笑み、そしてふらふらと覚束ない足取りで。

「かわいすぎない?nameが妹とか考えたことなかったんだけどこれはこれでありかなって」
「待って下さい兄上、兄上、ステイ、ステイ!待てって言ってるでしょう!」

夢遊病を発症しているかのように怪しくnameへ歩みを進めるアーデンの肩をソムヌスが引き留める。
nameに危害を及ぼす筈もないのだが、この弟にはどこか怪しく目に映ったのだろう。その声色は鬼気迫っていた。
兄弟の悶着を疑問に感じたのかいないのか、nameがてとてとと近づいてきてふたりを見上げる。
そしてソムヌスを向いて。

「おにいちゃんとあそびたいです」

へへ、と頬を染めるname。
突如、隣から異様な気配を感じたアーデンは何の感情も無くただそうすることが義務かのように弟を視界に収めた。

「かわいらしすぎませんか?nameさんが妹とか考えたことありませんでしたがこれはこれでありですよね」
「ソムヌスステイ!ステイ!はーーもうまったくこの弟は」

nameへそろりそろりと手を伸ばしかけたソムヌスを羽交い絞めにしてその行動を阻止する。
なんだこれは。まるでnameに手を出す不届きものを制しているようではないか。
にこにこと本性を見せないように微笑んでいるソムヌスが不気味だと感じるのは、きっと気のせいではないのだ。

不思議そうにこちらを見上げるnameはすっかり警戒心を解いたのか曇りなき眼でこちらを見上げてくる。
その姿を見ただけで、この弟から守ってやらねばというなんとも言い難い使命を背負った気になるのだ。
アーデン自身もその片鱗があり、自分のことなど棚に上げていることを見ようともせず。

「なんだぁ?楽しいことしてんな」

もちゃもちゃと揉み合う兄弟の背後からかかる声はギーゼルベルトのものだった。
まずいところに出くわしてしまった。いや、ここは城内なのだから顔を合わせる可能性は大いにあったのだが、今は特に。

訓練用の木刀を肩で支えながら近づいてきたギーゼルベルトは物珍しそうに兄弟を見てにやついている。
いけない。このままでは幼くなっているnameを見られてしまう。
見られて困るということはないのだけれど、説明に困るというかややこしいというか。
建前はともかく、愛らしいnameの姿をこの男の眼前に曝したくない、という思いもあった。

「今取り込み中だから後にして」

言いながら、ソムヌスを解放してnameを隠すようにギーゼルベルトの前に立ち塞がる。
ソムヌスはというとやはり兄弟というべきなのか、兄と同じように隣に立った。
兄弟ふたりのそんな不審な行動を目にしてギーゼルベルトが目を光らせないわけがない。
一瞬探るように目を細めたその眼光の鋭さは流石というべきか、ふたりを少々竦みあがらせたけれど、兄弟の纏う雰囲気が危機的なものではないと汲み取った途端ギーゼルベルトの眼光は和らいだ。

「今あからさまに何か隠しただろ」
「隠してないし。余計な詮索すると女性に好かれないよ」
「ほっとけ。ほら言ったほうが楽だぞ」
「ギーゼルベルトさんにお話しすることは何もありませんから」
「ほう。いいぜぇじゃあ自分で確かめるからよ」
「あ」

アーデンの肩口を覗き込むようにしてギーゼルベルトがその先を伺う。
身長が伸びたとはいえ、まだ彼のほうが身長が高いのだ。
その悔しさはあるけれど、今は自身の背にいる幼いnameのことを考えるのが何よりも優先すべきものだった。
無意識に腕を振りかぶる。
それはギーゼルベルトを叩く意図を持って振り上げたわけではなくその視界を遮るためのものだったが、難なく避けられてしまったことに少しばかり腹が立った。

「は?」

アーデンの背の先。その眼下。
幼いnameを目にしたであろうギーゼルベルトが、今まで聞いたことのないような困惑した声を上げた。
慌てて背後を振り返る。
そこには随分と高い位置から自分を見下ろしている謎の男の登場に驚き、丸い瞳を更に丸く見開いているnameがそこにいた。

「誰だ……?」
「こ、こんにちは」

珍しく困惑とも疑いともとれぬ表情をするギーゼルベルト。
そしてその男を見上げて幼いながら丁寧にお辞儀をするname。
今朝nameと出会った時のような警戒心は無いようだ。おそらく、アーデンとソムヌスと親しい仲であると判断したからなのだろう。

「この子は使用人のお子さんで、どうしても面倒見られないからって預かっていて」
「nameはnameっていいます、よろしくおねがいします」
「は?」

ソムヌスが僅かな時間で考えた言い訳が秒で崩される。
自ら名乗ったnameを信じられないものを見るかのような目で見続けるギーゼルベルトは茫然としたままだ。
賢い彼ならば名が同じだけのただの別人だと考え付くのだろうが、幼いnameの雰囲気が元のnameの姿を連想させているのだろう。
どうしてnameがこのような姿に。
別人として切り離せないために至る結論がよりギーゼルベルトを混乱させているのだと想像できた。

「おにいちゃんはなにおにいちゃんですか?」

ソムヌスに訊ねた言葉をギーゼルベルトに投げかけるname。
数拍遅れて名を訊かれているのだと気が付いたギーゼルベルトが、はっ、とした様子でnameを見下ろしていた。
それから地に片膝をつく。
小さなnameと目線を合わせた彼はまじまじとnameを観察した後、納得がいったように笑った。

「俺はギーゼルベルト。ギルお兄ちゃん、って呼んでくれてかまわないぜ」
「ギーゼル、べぅ、と?」
「ギルお兄ちゃん」
「ギルにいちゃ」
「おう、ギルにいちゃだ。よろしくな」

彼の生来の基質だろうか滲み出る人柄だろうか。明るく笑うギーゼルベルトに安心したnameもまたにこやかにギーゼルベルトへ笑いかけた。
ギーゼルベルトの大きな手がnameの頭を撫でる。
ぽやぽやした柔らかい毛先を楽しむかのような優しい手つきに気持ちよさそうに目を細めるname。

なんだこの和やかな雰囲気は。
未だにnameの頭を撫でたことのない兄弟ふたりは焦ったようにギーゼルベルトをnameから引き剥がした。

「なんだよ」
「nameに触るな変態」
「はあ?なんで頭撫でただけで変態呼ばわりされなきゃいけないんだよ」
「nameさんを懐柔しようだなんて、そうはいきませんからね」
「いや意味わからん。なんだこの兄弟」

心底不思議そうに首を傾げるギーゼルベルトはずるずると兄弟に引きずられてnameから離される。
その様子をぱちぱちっと瞳を瞬かせながら見ていたnameは、いったいどうしたのか、離れていくギーゼルベルトを追って彼の服の裾を引いた。

「ギルにいちゃ、どこかいっちゃう?」

きゅるきゅると瞳を不安げに潤ませるnameに、ギーゼルベルトの両脇にいた兄弟は息を詰まらせて苦しげに地に伏した。
なんだこいつら、とでも言いたげに兄弟を細目で見やり、それから幼いnameの前にしゃがみ込むギーゼルベルトはその頭をぽんぽんと優しく撫でた。

「いんや、にいちゃはnameと遊ぶぜ。何がしたい?なんでも言ってみ」

途端、nameの表情が晴れる。
照れるように、そして恥ずかしそうにもとれるその微笑みはまさに可愛らしいの一言につきるもので。
つられるように笑みを零したギーゼルベルトもまたしあわせそうに目に映った。



◇◆◇



夜。とっぷりと暮れた夜空に浮かぶ月を見上げながら目を擦ったnameが小さく欠伸を漏らした。
欠伸するその姿も可愛らしく、綻ぶ頬を抑えきれないアーデンは目を擦っていたnameの手を取り、数歩先のベッドまで導く。
その小さな足取りは覚束ず、如何に眠気を堪えてきれていないかがよくわかる。

かつてアーデンが幼かった頃、nameはアーデンが眠りにつくまで傍にいてくれた。
一緒の布団に入って眠ることは少なく、成長するにつれてめっきりなくなってしまったけれど。
あたたかい橙色のランプを傍らに、茜色の髪を梳きながら明日のことを語るnameの声に微睡み、眠るのはアーデンにとってとても心の休まる一時。
しかし今宵は立場が逆転している。
幼いname、青少年のアーデン。
普段nameがしてくれていることをする良い機会だと、ここぞとばかりにnameの就寝の世話を名乗り出たアーデンに対し、ソムヌスはそれはそれは珍しく頬を膨らませていた。
ソムヌスの下にきょうだいはいない。兄気分を味わいたかったのだろうが、そこは聡明な彼のこと。その役目をアーデンにしぶしぶ譲ったのだった。

「上がれる?」
「あい」

幼い身体では寝台へ上がることも一苦労だと思いnameを抱えあげようとしたのだが、意に反して軽快に飛び乗った。
眠そうにはしているがまだまだ元気なのだろうか。なんて思いながら様子を伺っていると、飛び乗ってそのふかふかのシーツに身を投げた姿勢のまま動かなくなった。
見知った姿のnameではまず見ることがない稀有な光景を、幼い姿であれ見ることができたアーデンはくすくすと笑いながら己もベッドに腰掛けた。

「ほらname」

nameを抱き上げて仰向けに寝かせる。枕を引き寄せて小さな頭の下に滑り込ませると、幼子はくぅくぅと寝息を立て始めた。
随分と唐突に眠るものだ。子供とはこういう生き物なのだろうか。
掛け布団を引き寄せてnameの身体を覆う。それからあどけない寝顔を数分見つめて、名残惜しいがベッドから離れようとした。

「ん?」

くい、と弱い力で身体が引き寄せられた。
視線で辿ると、服の袖を握るnameの小さな手が。いつまに握りこまれていたのだろうか。
小さな指を一本一本解こうとすると僅かにnameが眉を顰めた。
起こしてしまうだろうか。ぱ、と手を離したアーデンはそっと様子を窺う。
顰めた眉が徐々に和らぐ。それから。

「あーでん、おにいちゃ」

舌足らずな寝言が聞こえてきて、アーデンは唇を噛み締めてぶるぶると震えた。
あまりにも愛おしい。夢の中でも共に居るのだろうか。
感情が先走って、その柔らかな頬に手を伸ばす。ふにふにと感触を楽しんでいると、nameは微笑みながらその手に擦り寄るのだ。

あ、これは無理だ。

迅速に、それでいて緩やかに音を立てずに寝台へ上がり、nameと同じ布団に潜り込む。
身体を横に倒して小さな身体を抱え込むようにすれば充足感に満たされた。
本当は自室で寝るつもりだったのだけれど、まあいいか。nameがここに居るのだし。
己の中で理由をつけて今夜のことを正当化したアーデンは、意識が落ちるまで飽くことなくnameの寝顔を眺め続けた。



翌日。目を覚ますと腕の中には元の姿のnameがいて。
寝起きの頭ではついていけない事態に素っ頓狂な声を上げてnameを、延いては城内の者達を飛びあがらせたのはまた別の話である。





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■リクエスト内容



・FF15愛執
・↑連載中のヒロイン
・ある日、何故か体も心も幼女になってしまったヒロインを巡る、ドタバタコメディ


ミーくん大好き様、この度はリクエストありがとうございました。
幼女夢主ということで、いつもと立場を逆転させた展開で書かせて頂きました。
アーデン少年は必要以上に世話をやきそうですし、ソムヌス少年は初めての年下のきょうだいということで構い倒しそうな気がします。
大人夢主とは違う幼女夢主、お楽しみ頂けると嬉しいです。
リクエストありがとうございました。




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