×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
太陽が青空の真上から世界を見下ろす、爽やかな午後のことだった。

闇に包まれていた世界が光を取り戻し、ようやく朝を迎えたあの日から月日を数えること数ヶ月。
十年以上放置され、荒れに荒れたインソムニアもそうだが、ルシス領各地もまた同じように人の手が長いこと入らず、すぐに人が生活出来るような状態ではなかった。
ルシス復興の道程は遠い。
世界各地に残されたシガイの傷跡は今も生々しく残り、そして人々の記憶にも忌々しく刻まれているが、それでも世界中の人々は前を向いて歩いていた。

闇の中のあの十年間。
人々が心の拠り所として、それから生活の拠点として身を寄せ合っていたレスタルムは今日も多くの人々が物資を手に往来していた。
ルシス復興に重きを置くのは首都インソムニアであるが、インソムニアばかりに人手や資金を割いていては地方の再興などいつになるかわからない。
様々な拠点を同時に再興となると、人数的にも資材的面からしても問題は多くある。
けれどルシスの人々は皆一様にルシスの未来を考え、元の美しいルシスに戻ることを心の底から願ってくれていた。
そのためならば協力を惜しまない者が多く、復興作業を一職業として認めることで人々の生活は徐々に人間らしいものに戻ってきていた。

ルシスの人々が手を取り合って今日を生きている。

自分が守り、愛した国の人々が皆前を向き、胸を張って歩んでくれていること。
誇らしさを胸にレスタルムの街を歩くノクティスは眩しい太陽を見上げ、耳に掛かる闇色の髪を後ろに撫で付けた。



インソムニアの復興を指揮するノクティスがレスタルムを訪れているのは視察のためであった。
ルシスの復興はインソムニアだけではない、レスタルムや各地の拠点を十年前と同じか、それ以上のものにして初めて成るものだ。
まだ復興作業を始めて数ヶ月ではあるが、各地の情報はいつでも耳や目に入れておきたい。
資材は足りているか、不足分はないか、必要なものはないか、人手は十分か。
何もわざわざルシス王自ら足を運ばずとも、と側付きが渋っていたことを思い出したが、どうしても自分の目で、足で、感覚で確かめたかったのだ。

愛する国だからこそ。

これから愛する人と生きてゆく国だからこそ、自分のこの身で。



「ノクティス陛下」

復興作業に取りかかる者達に現状を訊ねていると、背後から女の声が掛けられる。
ゆるりとそちらを振り向くとそこには見知った顔、デリラがいてこちらに早足で近づいて来ていた。

王の剣として、百十四代目のルシス王に尽力してくれている彼女のことを見知った顔、と評価するのは彼女がnameと仲の良い間柄だからだ。
旅をしていたあの時から、そして自分が不在だったあの闇の時まで、そして今でもデリラとnameは親交がある。
インソムニアに戻ったとき、デリラのことを土産話にでもしてやれば、きっとnameは喜んでくれるだろう。
そんな打算的な考えはあるが、それを抜きにしても王の剣として鋭い観察眼を持つ彼女の意見は貴重だ。
先程まで話し込んでいた者達に片手で別れを告げ、それからデリラに向き直った。

「久しぶりだな」
「はい、お久しぶりです。お変わりなさそうで安心致しました」
「元気にやってるよ」

王の剣の白い隊服に身を包んだデリラは心から安心したように笑う。
現世に戻ってからまだ僅か数ヶ月しか経っていないのに、こうして自ら指揮を奮い視察にまで訪れるノクティスを思ってのことだろうか。
デリラの心配りは素直に嬉しく思えた。

「本日は視察目的でお越し下さったのだと聞き存じております」
「ああ、歩いて現地の状況を把握したい。案内頼めるか」
「勿論でございます。こちらへ」

デリラの手の平がレスタルムの街へ向けられる。
崩壊してしまった家屋や修理作業が行われている道をゆけば、誰しもがその作業の手を止め、こちらへ一礼を。
ルシス王としての自覚も責任も何もかも受け止めてはいるものの、奔放な青少年時代を送ったせいか、未だに頭を下げられることに対して慣れを感じられない。
楽にしていい、そのまま続けてくれ。
道行きながら言葉をかけると、皆再度深く頭を下げてから各々の持ち場へと戻り始める。
敬遠するようなその態度。当然のこととはいえ、一般市民と同じように生活してきたノクティス自身、なんとかもう少し歩み寄れないものかと考えはするものだ。
まあそれもルシス復興が成ってから。それにこうして視察で幾度も訪れれば自ずと皆慣れてくれるだろう。そう期待を込めて。

「必要な物資は来週こちらに届く予定です。食料についても、カエムの岬での収穫は滞りなく」

レスタルムの修繕状況、それから物資、資源、食料事情を事細かに話しながらデリラは先をゆく。
その話に相槌を打ち、脳内に書き留めながら前へ向ける足が、ふと、止まった。
あるものが気になってしまったから。

「ノクティス陛下?」

後ろで鳴っていた足音が途切れたことに気がついたデリラがこちらを振り返る。
離れた距離を埋めるかのようにこちらへ歩み寄ってきたデリラへ視線を向け、それから、自分が足を止めることとなった要因へ人差し指を向け、訊ねた。

「これは?」

黄色の大きな球体。
球技用のボールにしては大きすぎで、屋外用の装飾品としては使い所に首を傾げるただの球体。
それは道端に転がっており、静かに息を潜めるかのようにそこに鎮座していた。
破損しているようには見られないものの、所々汚れが目立つ。
ただの丸い物体にしか見えない黄色のそれが、資材が並ぶ脇にただなんの意味もなく置かれている理由がやけに気になってしまったのだ。

「ああ、そちらはインゲムと言いまして、帝国の技術で開発されたバーチャル戦術プログラムです」
「へえ、そんなのあったのか。ただ転がってるだけってことはもう使えないのか?」
「いえ、どうでしょう。ここ数年皆忙しなかったもので、誰も手をつけておりませんので……あ」

インゲムの詳細は知らないが、戦術プログラムという言葉で大方把握できた。
バーチャルということはこの機器により仮想空間及び仮想相手との演習が可能になるような物なのだろう。
帝国の進んだ科学力に興味はあるけれど、不自然に言葉を途切らせたデリラの反応が引っかかった。

「どうした」

窺うようにデリラを見れば、彼女は視線が合うなり気まずそうに目を細めて横へと滑らせた。
確実に何か含みのある反応だ。
無理に聞き出す気はないが、こうもあからさまだと余計気になってしまう。

「ええと、その」
「このインゲムってやつに何か問題があるのか」
「問題がある、というよりはその、あったというか。しかしながらノクティス陛下にお聞かせするほどのことではなく」

ああだのこうだの。
デリラの言葉は過去起きたであろう事実を雲のように覆い隠す。
その不自然な態度、言葉。
隠している、というよりは聞かれたらまずい、とも取れるその雰囲気に、ノクティスは首を傾げながらデリラを問い詰めようとした。
ルシス復興に少しでも障害のあるものならば、取り除くに越したことはないのだから。

「あのなデリラ」
「おーいデリラー!資材の追加発注のことで確認したいんだけどよ……」

ノクティスの言葉を遮ったのは高らかに響く男の声だった。
ふたりの背後から隠しもしない靴の音を鳴らし、歩み寄ってくるその正体を振り返る。
右手に紙の束を掲げ、そして左手に鉄の資材を抱えた男はトブールだった。
デリラと同じ王の剣所属のその男の武勇は耳に届いていたし、何よりあのひとが親しくしている王の剣のうちのひとりということで、ノクティスがその存在を見逃すはずもなかった。

「トブール、今はノクティス陛下をご案内中で」
「久しぶりだなトブール、調子はどうだ」
「これはこれはノクティス陛下!ようこそおいでくださいました。相も変わらず毎日こき使われてますよ」

悪態染みた小言を吐きながらも、その笑顔は随分と晴れやかだ。
しかしながら反するようにデリラが不服そうにするところをみると、トブールをこき使っているのはデリラであるということが想像できる。
このふたりの仲の良さは変わらずだ。これも帰城したら話してやろう。
城にて待つ最愛のひとを思い浮かべたノクティスの頬は緩むが、視察として訪れていることを思い出し、自身に喝を入れるようにその背を正した。

「話を遮ったみたいですみません。何してたんですか?」
「ああ、このインゲムという物についてなんだが」
「ちょ、の、ノクティス陛下」

再度インゲムを指差し、訊ね先をトブールに変えるとデリラはわかりやすく動揺を見せた。
視界の隅であわあわと行先のない小さな手のひらが空中をかいている。
デリラのその様子をちらり、と一目見たトブールは小さく首を傾げ、それからノクティスの指さす先を見ると豪快に口を開けて目を輝かせた。

「おー、インゲムだ!懐かしいなー!ここ数年ずっと見なかったからもう壊れたもんだと思ってたぜ」
「仮想空間での戦闘訓練を行えるプログラムなんだって?」
「はいそうです!俺たち王の剣はこいつに散々扱かれたもんですわ」

デリラから聞いた話と自身の推測を言葉にすれば、トブールからは肯定が返ってくる。
なるほど、本当にただの戦術プログラムなのだ。
だとすると、デリラが言葉を渋る様子が更に腑に落ちない。
横目で静かにデリラを窺うと、彼女は手のひらを祈るように重ねて組み、静かにトブールを睨めつけていた。
いったいトブールとこのインゲムの何が彼女をそうさせるのか。

「そんなにすごいのか、この機械」
「はい、そりゃもう!ホログラムとはいえ、実際に強敵を相手にするようなもんですから」
「トブール、その辺にしておいて。ノクティス陛下のご案内が」
「中でも大変だったのは帝国宰相と帝国将軍との戦闘訓練だったな」

思いついたようにからからと笑うトブール。
その爽やかさとは反対に、デリラは大袈裟に顔を引き攣らせた。
それからまるでトブールの言葉を遮る行為にでるように、大きく一歩を踏み出す。
それと小さな手がトブールに伸ばされるのは同時で。
だが、デリラの察知が遅かったのか、トブールから語られる言葉。

「なかなか勝てなくて、仕舞いにはnameさんを、もごごっ」

しっかりと、その名を、聞き取ってしまったのだ。

デリラが精一杯背伸びをしてトブールの口をその手で覆い、言葉を隠すがもう遅い。

name。

世界よりも何よりも一番大切なそのひとの名。
仮想空間で戦闘を行う機器に、どうしてnameが関与するのだろう。
デリラは言葉を濁して事実を隠そうとしていた。
それがnameに関係することならばノクティスが動かないはずがない、そう判断したのだとしたら。


「詳しく、話を聞かせてもらえるか」


にっこり。
社交の場ですらしたことのないようなノクティスの深い、深い笑みを見たデリラは顔を蒼白にし、トブールは何事かと瞳を瞬かせた。



◇◆◇



カツカツカツカツ。
戦闘用ではなく外歩き用の革靴が奏でるのは大理石でできた床との接触音。
主の帰城により広間に集った使用人に羽織っていた上着と荷物を押し付けて真っ直ぐに、一寸もぶれることなくそこへ向かう。
やや威圧的な足音だからか、それとも自身の顔面が鬼気たる何かを発しているからなのか、またはその両方なのか。
道を開け、廊下の端へ避ける使用人は何事かと声を潜めながらノクティスの後ろ姿を不安げに見送った。

サロンを通り抜けて突き当たりを右に曲がる。
それから吹き抜けの屋内庭園を通り過ぎて今度は左へ。
ノクティスの執務室に隣接するその部屋の扉に手をかけて、一気に開け放った。


「わ、び、びっくりした」


思いの外大きな音を立てて開けられた扉の先。
取り落としたペンを拾い上げもせずこちらを驚いたように見上げるのは、ソファに行儀よく腰掛けるnameだった。

何事かと気を張らせた彼女がこちらを見留めるなり、ほっと頬を緩ませる。
その形容しがたい愛しさに身を任せるがまま彼女に詰め寄りその身体を抱き締めてやりたかったが、今は、まだ、やるべき事がある。

後ろ手で閉める扉は、今度は静かに。nameを驚かせてしまったから。

「おかえりなさい、ノクティス君。視察お疲れ様」

ああ、近寄るのを堪えたというのに。
ソファから立ち上がり、こちらへととと、と小走りで寄られてはもう致し方がないというもの。
伸ばしたその両腕で遠慮せず、けれど潰してしまわないようにnameを抱き寄せた。

「ただいま、name」
「うん、おかえり。レスタルムはどうだった?」

胸に頬を預けるnameの言葉は少々潰れがちだ。
抱き寄せられたことに対してなんの動揺も戸惑いもなく会話を続けるところから察するに、やはりまだ親愛以外の情を抱いてくれていない。
ため息混じりの声を出さぬよう気をつけながら、nameの頭頂部に頬を擦り付けて腕に力を込める。

「みんな元気そうだったよ。デリラとトブールも相変わらずだった」
「デリラさんとトブールさん、会えたの?」
「うん」

ぱっ、と顔を明るくさせてnameが見上げてくる。
ああ、なんて、愛おしい。
湧き出るその感情のままnameをどうにかしてしまいそうだったが、天井を向いてぐっと堪える。
怪訝そうに覗き込んでいるであろうnameの肩を両手で掴み、とても、たいへん、それはもうとてつもなく名残惜しいがその身体を離す。

「ノクティス君?」

両肩を掴まれたnameが不思議そうに見上げてくる。
それから、心配そうに僅かに眉を下げたのが見えた。
その瞳に映る自分の表情は怒りとも欲情とも言えぬ複雑なもので。
まあ、後者は確実にnameは感じ取れていないだろうけれど。
とにかく、nameに確認せねばならないことがある。だから自分は真っ直ぐにnameのもとまで来たのだ。

「確認したいことがあるんだ」
「うん、なに?」
「あのさ」
「name、さっきの茶葉で淹れた紅茶良い香り……て、あれ、帰ってたの」

ガチャリ。
自分が入室した時より随分と静かに、そして上品に姿を現したのは暗茜色の髪を靡かせたアーデンだった。

焼きたてのクッキーが乗せられた皿と二人分のティーセットが揃えられたトレイを右手でバランスよく持っているアーデンは、扉の取っ手に左手をかけたままこちらを訝しげに見る。
そして言葉の前半と後半の声色の高低差から、ノクティスの存在を如何に鬱陶しく思っているかが明確だ。
こちらとて同じこと。
なんの因果か、ノクティスと共に現世に戻ってきたアーデンがこの城に、いや、この世界にいる限り互いの深い深い溝は埋まることがないのだ。

しかしながらnameの手前、暴力行為やそれに準ずる罵声の吐き合いなどできるはずもない。
本当は、nameに気づかれないように鬱陶しげに眉を顰めるこの弾かれた王様もどきを……いや、今は隅に置いておこう。
何千、何万と繰り返しこの男を殺め続けるのはいつだってできるのだから。

「視察ご苦労さまでした、ノクティス陛下。さぞお疲れでしょう、使用人が床を整えておりますのでどうぞ自室でごゆっくりおやすみくださいませ」

トレイを片手に先程自身が潜った扉を再度開き、手の平を廊下へ向けて恭しく、それでいて敬意に大いに欠けた腰の折り方をするアーデンに舌打ちを飛ばしそうになるところを寸で堪える。
言葉こそ丁寧ではあれど、その声色やこちらを下に見るような舐めた態度はあからさまだ。
また、王という高位の者に対して「ご苦労さま」という言葉を態と使うのなんて、この男くらいなもの。
そのような嫌味ったらしい所作も言動も、ひとつひとつ突っかかっていてはキリがない。

「ノクティス君、私に確認したいことってなに?」

アーデンに対する苛立たしさがnameの肩を掴む手に力を込める行為となって伝わってしまったのか、nameがにこりと笑ってこちらを窺った。
nameはとても鋭く、聡く、それでいて可哀想な程に鈍い。
どうしてノクティスやアーデンからの感情の真意に気が付かないのかと、もしかすると態と気がついていない演技をしているのではないかと疑うほどに。
まあ、彼女の場合は素で気がついていないだけなのだが。
そんな他人から向けられる感情に鈍いnameであれど、ノクティスとアーデンとの仲が良好でないことは感じ取れているようで。
心臓の音さえも潜まる緊張感を察したのか、助け舟のようにnameがノクティスの用件を反芻してくれたのだった。

「ああ、長くなるから、座って」
「うん」

nameの手を引き、ソファまで導こうとする。が、アーデンという男はそれを易々と許すような人物ではない。
nameを引き止めようと伸びてくるアーデンの手を遮るように先手を打ってソファへ誘導する。
背に刺さる恨めしげな視線を嘲笑うように横目で流せば小さな舌打ちがひとつ。
nameに見えないように、聞こえないように行なわれるそれらが如何に険悪であることか。

アーデンを無視してnameをソファに座らせる。
その傍らに腰掛けようとしたのだが、アーデンが我が物顔でnameの横に座ろうとするものだから、させまいとアーデンの首根っこを引っつかんでnameの向かいのソファに放り投げた。
それからとても不本意なことなのだが、アーデンがnameに余計なことをしないよう監視の意を込めてその男の隣に腰掛ける。
力加減など必要の無い相手だから気にも留めず叩き付けるように扱ったのだけれど、アーデンのバランス感覚がよいのかそれともこちらを諸共しないのか、片手に持つトレイの中身を零しも崩しもしないことにまた苛立ちがつのった。
じと。と、不愉快そうな視線を横から感じるのだが知らないふり。いや、無視だ。

「デリラとトブールから聞いた話なんだけど」
「うん」

こちらの静かな気迫を感じ取ったのか、nameが小さく頷きながら居住まいを正す。
nameはいつもそうだ。こちらの感情や空気を察して真剣に聞いて柔らかく受け止めてくれる。
その察しの良さを肝心なところで活かせないのがnameらしい。なんて可哀想なことだろう。


「インゲムって言葉に聞き覚えがないか?」


ぱち、ぱち。二度瞬きを落としたnameが考え込むように顎に指を添える。
それから悩むような仕草ののち、思考にインゲムというという単語が引っ掛かったのか、ぱっ、と顔を上げた。

「聞き覚えあるよ。確か黄色い球体の」
「ああ、そうだ。戦闘訓練に使われる疑似プログラムの丸いの」
「それがどうかしたの?」

話についていけないのか、隣の男が持ち運んできた紅茶をティーカップに淹れ始めた。長い脚を組み直すその所作がひどく鬱陶しい。
違うことをしているようで意識はずっと張り詰めたようにnameへ注がれているのがひどく気にくわない。
こんなにも隣の男が苛立たしく感じるのは、気が合わないのも大いにあるがこの話題に関与しているからでもある。

「その時のこと、覚えてるか」

意図せず声低く声を落としてしまった。
いけない、nameを怯えさせてしまうかもしれない。と、内心焦っても言葉を取り返せる筈もないのである。
しかしこちらの心配を余所に、窺うように見たnameは深く気に留めていないようだった。

「うん。戦闘訓練に協力したことだよね」
「は?なにそれ初めて聞いたんだけどどういうこと?王サマのところの下っ端はnameを危険な目に遭わせる奴ばかりなの?」
「王座で待つことしかできなかった奴は黙ってろ」
「大丈夫だったから。怪我とかしなかったから」

アーデンが知らない情報だったのか、戦闘訓練に協力したというnameの言葉に食いつくように言葉を並べる。
そのどれもがノクティス自身を責めるような言い方だったのだが、嗜めるようなnameの言葉に絆されてその牙を渋々と収めた。

怪我とかしなかったから。

怪我はなかっただろうさ。怪我は。


「怪我以外に、されただろ」


す、と隣を指差す。
ひとを指差しちゃいけません。そんなnameの言葉が飛んできそうだけれど、今は。


「こいつのホログラムに、いろいろ」


nameの視線がノクティスの指を伝い、差されたその先を視界に収める。

nameの瞳に、アーデンが映る。
その瞬間。


「え、あ」


見たことがなかった。

初めて恋を知った乙女のように頬を紅潮させるnameの姿など、一度も。


アーデンと目が合うなり、nameの頬はみるみるうちに赤く染まっていく。
乙女のように。恥じらうように。
今までnameに散々触れてきた。幼少期はさておき、二十歳の姿でも、この三十歳の姿でも。
その触れ合いのどれもがnameにとっては幼少期の延長線で。飯事のような触れ合いで。

だが、今はどうだろう。

nameは恥じらう。かつてインゲムの戦闘訓練に巻き込まれてアーデンのホログラムに触られた過去を思い出し、恥じらい、頬を染める。
トブールは軽口のように語ったが、その接触は想像すると随分過激なものだった。隣のデリラが顔を真っ青に染めるほどには。

「name?」

見つめられて言葉を発しないnameを、アーデンが不思議そうに覗き込む。
その動きひとつだけでnameは大袈裟に身を逸らし、唇を噛み締めながら泣き出しそうに眉を顰めた。


許さない。


アーデンのホログラムがnameに対して行なった行為も、nameがそれを思いだして頬を染め恥じらうことも、ここにいるアーデンを意識することも。
nameが意識すべきはノクティスだけであり、乙女のような反応を向けるのも、ノクティスだけであるはずだ。

心の内に湧き出る黒い黒い濃い感情に身を任せるがまま立ち上がり、向かいに座るnameの手を引いた。
がしゃん、と食器が鳴るのを無視してnameの手を掴み、執務室に繋がる仮眠室へ足を向ける。

「おい、ノクティス」

不機嫌を丸出しにしたアーデンの声が背にぶつけられる。それもそうだ。この立場が逆だったとしたら、今頃ノクティスの立場であるアーデンは串刺しだ。
どうしたの、ノクティス君。
立ち止まって引き止めようとするnameを力ずくで引き摺るのは、少々頂けない。
足を止め、nameを見下ろす。
その頬は未だ赤い。根本的な原因がノクティス自身でないことが、こんなにも、腹立たしい。

「nameに同じことをしたら、nameは俺を意識してくれる?」

nameの瞳に映り込むのは己の姿のみ。
こうして、ずっと、どんな時でも自分だけを映していてほしいのに。
そうはさせないのがこの邪魔を体現したかのような男だ。
掴まれていないほうのnameの手を繋ぐアーデン。その腕を切り落としてしまいたい。もちろん、アーデンの腕だけを、だ。

アーデンの手の熱を感じたnameがそちらを振り返る。
こちらからは見えないが、きっと、その瞳は揺れ、また頬を赤らめて恥じらって、いる。

「nameに何する気?」
「おまえには関係ねぇよ、すっこんでろ」
「nameのことで俺に関係ないことがこの世にあるはず無いだろう」
「大層ご立派で可哀想な思考回路をお持ちだな。nameが迷惑がってるの、その素晴らしく残念な出来の脳ミソ回してもわからないのか?」
「ふたりとも、喧嘩は」

いつもこうだ。
言い合い、貶し合い、睨みの応酬。
nameの前で情けない姿を見せることを抑えてはいるものの、どうにもnameのこととなると感情の制御がきかないのだ。
感情に流されるがまま、大の男ふたりに挟まれておどおどと慌てるnameの手を勢いよく引く。
アーデンの手が離れたのをいいことに、その身体を抱え上げる。勿論、乱暴な加減ではなく、努めて優しく丁寧に。

「なにをしている」
「見てわからないとは、頭だけでなくその目の出来映えもいいらしいな」
「あの、なに、えっと、ノクティス君、一旦下ろして欲しい」
「ああ、ちょっと待って。そこの仮眠室までだから」
「え?仮眠室に何の用事が」
「いい加減にしろよノクティス。おまえはいつもいつも」
「だりぃ小言なんざ聞きたくねぇんだわ。俺がいないのをいいことにnameにべたべたと」
「ノクティス陛下は王サマだろ?いやぁ、忙しい御身であらせられる陛下がそちらの女性にどれほど大切なご用件があるのか是非ともお伺いしたいところですね」
「だ、誰か……」

nameを抱えたまま仮眠室へ足を進める。
その間も棘のある言葉の応酬は止まず、挟まれるnameを困惑させるばかり。
そして。
ふたりの口論の終息が見えず、情けない声を出しながらこの場にいない誰かに縋るnameの言葉が。
ふたりの男の姿と共にひとつの部屋の奥に消えていったのだった。




――――――――――――――――

■リクエスト内容

@作品、お相手キャラクター
愛執 アーデン&ノクティス

A夢主傾向
愛執 夢主

B内容
短編の「アーデン&レイヴス勝利へのススメ」続編
夢主がちょっとえっちな目にあったことを聞いて駆けつけた二人の反応
ニアミスで一度すれ違い、途中ばったり鉢合わせして最終的に夢主を取り合いしてほしい

南天燭様、この度はリクエストありがとうございました。
短編の続きということで、過去に執筆した時の思い出に浸りながら綴らせて頂きました。
リクエストしてくださったふたりの反応やニアミスすれ違いなど、佐森の妄想力が足らずそのまま本文に描写できませんでしたが、少しでもお楽しみくださいましたら嬉しいです。
このふたりの夢主の奪い合いは刃と言葉と殺意の応酬であるイメージです。殺伐としていてくれると私はとても嬉しいな、なんて思いながら書きました。
リクエストありがとうございました。お時間のある時にまた遊びにいらしてくださいね。



back