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「#エロ」のBL小説を読む
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眩しい太陽がその輝きをゆっくりと潜め、青みを見せながらも大地を仄かに橙色に照らす秋の季節。
まだ夏の気配を残しているけれど、肌を撫でる風は秋の色を思わせる。
稲羽市の商店街や街中に植えられている街路樹の葉は瑞々しい深緑色から黄金色や赤色に。
薄らと緑を見せるが、紅葉の足音はすぐそこまで歩み寄ってきていた。

「付き合ってくれて、ありがとうございます」

普段目にしている高等学校の制服ではなく、ラフで動きやすい軽装に身を包む青年が隣を歩きながら僅かにこちらを向く気配がした。
そちらを見上げれば気配通り、その錫色の瞳はこちらを向いている。
涼やかな風に撫でられる短髪は瞳の色と同じで、彼が瞬きをする度に少しばかり長い前髪が睫に掛かっていた。

「どういたしまして、むしろこちらこそありがとう。私も鳴上君に相談しようと思っていたから、誘ってくれてとても嬉しいよ」

口角を上げながら隣の青年に微笑みかける。
すると彼は僅かに目を見開いてから、その後何かを堪えるように唇を噛み締めたのち、こくり、と頷いて静かに前に向き直ってしまった。
最近よく目にするようになった不思議な挙動だ。
こちらの笑顔が相当耐え難いほどに不気味だったのかと勘繰ったこともあったのだが、きっと、おそらく、何か違う感情があるのだと察したため、あまり深く考えないようにしている。



やがて小さく咳払いをして、まるで自分を落ち着かせるようにため息を吐いた青年、鳴上悠。
およそ半年前に稲羽市に越してきた高校二年生の彼とnameは、数奇と呼べるほど稀有な出会いをしたわけではないが、何かに導かれるように出会い、知り合った。
その過程を語ることはさておき、知り合うだけで終わりではなく、彼、鳴上悠との親交はそれはそれはよく築かれている。
nameが街を歩けば悠と出会い、nameが家にいれば電話が鳴る。
なんだか引き合うように顔を合わせる回数が多い彼のことは、不思議とnameも気になってはいた。
言葉を重ねるうちに知ることとなった彼自身の生い立ち、住まい、性格、趣味等々。
今回そんな彼と肩を並べて歩道を歩き、商業施設へと足を進めるのはそれらの情報のうちの一つが関係していた。

堂島菜々子。六歳の幼い少女は悠の妹である。
正確には妹ではないのだが、血縁者であるためその呼び名に違和感はないだろう。
愛らしい笑顔がとても可愛い菜々子はnameにとっても関係が深くなりつつある大切な子だ。
何時の折だったか、悠から紹介されて顔を合わせてから、それはそれは大層懐かれた。
その過程もさて置くが、ここまで親交を重ねたからにはnameと菜々子はただの他人ではないのだ。

そんな菜々子の誕生日が来月に迫りつつある。
来たる十月四日を前に、妙に真剣な顔つきで悠から相談されたのは菜々子へ贈る誕生日プレゼントの件だった。
悠に兄弟はおらず、年下の親族は菜々子しかいないのだという。
また、引っ越す前の地域でも幼い子供との親交もなく、度々菜々子との付き合い方について相談されたことがあった。
悠も悠でとても菜々子のことを大切に思っているのだ。その気持ちは普段彼が菜々子のことを語る表情や言葉からよく伝わってくる。
nameも菜々子のことを妹のように思っているし、懐いてくれている彼女のことを可愛く思っている。
菜々子の誕生日に何か贈り物をすることを考えていたnameと悠の思惑は見事に一致し、こうしてふたりで商業施設に赴くこととなったのだ。



「菜々子ちゃんに欲しい物とか訊いてみた?」
「はい。でも、何もないって。筆記用具も間に合っている、と」
「うーん……菜々子ちゃん、本当に謙虚というか何というか」

遠くに見えてきた商業施設、ジュネスへと足を向けながら肩を竦める。
菜々子は六歳という幼さでありながら、周りへの配慮ができ、とても気配りができる子だ。
そうなる要因……というとなんだか悪い聞こえになってしまうが、そうに至るのは彼女の家庭環境にあるそうだ。
菜々子は実母をおよそ一年前に無くしている。
実父の堂島遼太郎は刑事であり、彼の有能さゆえ、朝早くに家を出て帰って来るのは夜遅いことが多いそうな。
甘えたい盛りの女の子にとってとても寂しい環境だ。

菜々子は理解してしまっている。自分のために働いてくれている父に我が儘を言うと迷惑がかかることを。
家計が切迫しているかどうかまではさすがに訊くことができないが、年頃の女の子が欲しがるようなキャラクターグッズも、食べたい物も滅多にねだらないと悠は言う。
六歳の女の子にしては本当によく理解が行き届く。行き届いて、しまう。
そんな菜々子が喜ぶ物をあげたいと思う気持ちは、nameも悠も同じだった。

「菜々子ちゃんが喜んでくれそうな物、探そうね」
「……はい」

意気込みを改めて悠を見上げる。
ゆっくりと頷いた彼は、nameと目が合う也静かに微笑んだ。



◇◆◇



エブリデイ、ヤングライフ、ジュ・ネ・ス

陽気な音楽と歌が奏でるのはジュネスという商業施設を象徴とするテーマ曲のようなものだ。
足を踏み入れれば必ず一度は耳にする。
菜々子はジュネスがとても好きらしく、よく口ずさんでいたことを思い出した。

建設されて一年経つジュネスは、稲羽市の市民がよく足を運ぶ商業施設だ。
一階は食品売り場になっており、様々な職種に就く人は利用しやすいよう、二十四時間営業されている貴重な売り場だ。
二階は日用品や家電コーナー、衣服売り場等が収められている。
屋上にはフードコートや小さな子供たちが遊べる遊具も整っており、なるほど、何故ジュネスに人が集まるのか理解に苦しむことがない。
菜々子の誕生日は来月だ。誕生日ケーキ等の食品類は前日に揃えるため、今回は一階の食品売り場に用がない。
nameと悠は菜々子の様子を語りながら二階へと向かう。

休日はやはり人が集まる。親に連れられて買い物をする子供を眺めながら、nameは菜々子が今どうしているか気に掛かった。
悠に訊けば、菜々子は学校の友人の家に遊びに行っているらしい。
日曜にも拘わらず相変わらず仕事に追われる父のいないあの家に、菜々子は一人でいるのかと不安に思っていたが杞憂に終わり、安堵の息を漏らした。
その様子を隣で悠が目を細めながら見つめていたことにnameは気がつかず、エスカレーターの近くにある館内マップを見上げて指で辿った。

「何処から見て回ろうか。とりあえず雑貨と、あと衣服売り場を見てみない……、鳴上君?」
「えっ?あ、ああ」

後ろを振り向けば悠がぼんやりと立っていて、目が合う。
振り向きざまに目が合うということは悠がnameを見ていたということで、共に館内マップを見ていたと思っていたnameは僅かに驚く。
が、そのnameの心の動きよりも悠の驚きようのほうが随分と大きく、普段物静かで冷静な彼にしては珍しく慌てた様子で言葉に詰まりながら何度も首を縦に振っていた。

「行こうか」

先導するように前を歩き出す悠の後ろをついて行き、やがて隣に並ぶ。
たったそれだけで、床を踏む悠の足音が乱れたような気がしたのだが、それも気のせいだと、変に耳に入りすぎだと片付けて気にせず隣を歩き続けた。

「筆記用具は間に合ってるって言っていたかな。でも、普段菜々子ちゃんはどんな物を使っているの?」
「そうですね……俺が見る限り、流行りのキャラクターが書かれた物はあまり使っていないです。以前叔父さんに文房具を買ってもらっていましたが、それもシンプルな物ばかりでした」
「じゃあこういう可愛いのは持っていないかな」
「おそらくは」

文房具コーナーの一画。女児向けであることが一目でわかるほどに淡いパステルピンクの物が多い商品棚の前に屈み込み、nameは悠に商品を差し出して訊ねながら吟味していた。
悠から聞く菜々子の人物像は本当に物欲が無いように思える。実際に会って話しているnameからしてみても同じ評価に至るのだが。

流行りのキャラクターが大きく描かれた自由帳やピンク、オレンジ色のインクペン。
菜々子が喜ぶだろうか、と顎に手を当てて考え込むnameの隣に悠が同じく屈み込み、その手元を覗き込んだ。
この商品が気になるのだろうか。近くにある錫色の髪を眺めながら商品を差し出せば、悠は二度、三度瞬きながらそれを受け取ってnameから少しばかり距離を取った。

「小学校ってこういう色ペンって持ち込んでいいんでしたっけ」
「うーん、どうだったかな。思い返すと私は赤とかくらいしか使った記憶がないかな」

自分の小学生時代を思い返すnameの記憶は遠い。それはそれは、遠い。
悠にも誰にも告げていない自身の秘密を言葉にすることない。またその必要も、きっとないのだ。

「だからこそこういう色ペンって喜んでくれそうだよね。学校での授業が楽しくなるかも」
「確かに。居間で宿題をする菜々子のノートは黒とか赤しかありませんでした」

悠の同意も得られたし、第一案としてパステルカラーの文房具は有りだろう。
他の所も見てみることになり、一足先に悠は腰を上げる。
それに続くnameも立ち上がろうとしたが、視界に差し出される手の平。
視線を辿れば悠がこちらに手を差し出していて、静かにnameの挙動を待っていた。
転んだわけでもなければ立ち上がるのが困難なほど珍妙な体勢ではない。
それなのにどうして悠がこちらに手を差し出すのか。彼の意図が全く読めないのだが、折角の好意だ。断るのも気が引けるし、受け取るとしよう。

差し出された手に自分の手を重ねる。
それからやんわりと引き上げられながら立ち上がり、悠へ向けて礼を言えば、悠は手を離そうとはせずにじっとnameを見つめるだけだった。

「あの、鳴上君?」

何か顔についているのだろうか。だとしたら恥ずかしいので指摘して欲しいし、鏡を見て確認したいものだ。
小首を傾げて自分の目線より高い悠と目を合わせれば彼は、はっとした様子で慌てて手を離し、すみません、と謝罪を零した。

「謝らないで。鳴上君のこういう紳士的なところ、とても素敵だね」

そういえば、先程ジュネスに向かう時に急勾配の階段を下ったのだが、その時も手を取られた。
それだけではなく、悠はさり気なく車道側を歩いてくれたり、その長い足での歩調を緩めてくれたり、なにかとこちらに気を使ってくれていた。
心配りのできる心地の良い青年だ。さぞかし異性に好感を持たれることだろう。いや、異性だけではなくきっと同性からも好かれる気質だ。
にっこり微笑みながら称賛の言葉を告げると、悠はもごもごと口を開閉する。が、言葉はない。
不愉快に感じさせてしまったような気配はないため、きっと照れているのだろうと納得した。

「次は衣服売り場に行ってみようか」
「……はい」

衣服売り場へ足を向け、悠に背を向けるname。
その後ろで、悠はnameに触れた手をじっと見つめ、大切なものを握りしめるかのようにゆっくりと手を握り、開き、また握りしめた。



◇◆◇



「菜々子ちゃんのお洋服ってこんな感じのをよく着てるように思うんだけど、菜々子ちゃんの好みなの?」

菜々子はこの季節、よく白いセーターの上からピンクのワンピースを組み合わせて着ている。
夏は白地のキャミソールだっただろうか。菜々子を思い浮かべると白色と桃色を連想するようになっていた。
その記憶通り、白色のワンピースと桃色のフリルスカートを手に取って悠に訊ねると、その分野については疎いのか、首を傾げて僅かに眉を顰めていた。

「すみません、菜々子の服の好みまでは訊いたことがなかったです」
「そっか」
「あ、でも」

菜々子の好みの服を想像で当てるしかないのかと。菜々子が喜んでくれるものを選べるだろうか、と悶々と悩んでいると、悠は閃いたように言葉を続けた。

「その……菜々子の母親が亡くなってから、きっと洋服を買ってないんじゃないかと思います。叔父さん、きっとそこまで気を回せていないだろうから」

遼太郎と直接その話題を共有したことはないそうだが、悠の見解はこうだ。
遼太郎は菜々子をとても大切にしているのだが、今は仕事で忙しない日常を送っている。
時折帰宅して共に食卓を囲んでも、疲れている父に遠慮して菜々子は早めに会話を切り上げて就寝を促すのだそうだ。
もっと話したいことがあるだろうに。もっと欲しいものがあるだろうに。
菜々子の遠慮と、遼太郎の不規則な生活。その中で遼太郎が菜々子の衣服事情にまで気が回せるのだろうか。
母親、男親。そんな性差別をするわけではないのだが、遼太郎はあの性格だ。きっと、できていないのだろう。

「五ヶ月くらい一緒に暮らしていますが、菜々子の洗濯物で新しい服を見たことがないです」

悠が来てから五ヶ月。母親が亡くなってから一年と五ヶ月。
可愛い物を好む幼い子供がそれを強請ることもせず、きっとそれだけの日が経っているのだろう。
想像してしまうと遼太郎が情の無い親のように捉えられてしまうかもしれないが、断じてそのようなことはないのだ。
遼太郎は菜々子のことを大切にしている。とても大事な一人娘を、心の底から愛している。
妻を亡くしてそれほど月日が経っていない。親とはいえ、遼太郎だって人間だ。行き届かない部分もあるだろう。
それをこうして気がつくことができるのが周りの人間、今でいう悠やnameだ。
足りないところはフォローしてあげよう。足りていても、気を回してあげよう。
それがきっと、遼太郎や菜々子、そして悠への優しさになるだろうから。

「服、プレゼントしようかな」

手にした衣服を戻し、別の色合いの服が掛かったハンガーを指で辿る。

「流行りの服だけじゃなくて、菜々子ちゃんらしい可愛いお洋服」

あたたかい橙色のワンピース、そして透き通る淡い水色のスカート、若葉色のカーディガン。
服の系統や色。たくさん揃えてプレゼントすれば、きっと話の種になる。
遼太郎に新しい洋服をお披露目する菜々子と、愛娘の可愛らしい姿に微笑む遼太郎を想像して、nameも笑みがこぼれた。
嫌いな色や好みでない色だった場合は、まあ、あまり考えたくはないのだが。

「そして、今度は菜々子ちゃんも一緒に服を選びに来ようか」

今回は菜々子を驚かせるためのサプライズ。次は、菜々子が欲しいものを買ってあげるためのショッピング。
この誕生日プレゼントは、きっときっかけなのだ。喜んでもらうための。次に繋げるための。

そっと微笑んだnameを見て、悠が目を見開く。
それからゆっくりと細められていく瞳はとても優しくて。
頷く悠の頬は微かに色づいていた。



◇◆◇



太陽が青空の頂点から席を外し、幾何か時間が流れた頃。
夏の季節よりも日の入りが早くなり、辺りは徐々に夕焼け色に染まってゆく。
元来た道を並んで辿る悠とnameの手元にはそれぞれ大きさの異なるショッピングバッグが握られていた。

nameは服を。悠はステーショナリーを。
菜々子のことを思い、ふたりが購入した物の重みは、物量だけではなく他のものも感じられるようで。
ぎゅ、と大事そうに握りしめたnameは、悠と共にジュネスを後にして堂島宅への道を歩いていた。

「菜々子ちゃん、喜んでくれるといいな」
「大丈夫ですよ、菜々子は喜んでくれます。絶対に」

ふたりで並んで歩く道程は夕焼け色で。
橙の混じる悠の姿を見上げたnameはその言葉に希望を持つように頷いてみせた。
そんな後ろ姿にかかる声。ふたりの長い影を踏むのは幼い少女だった。

「お兄ちゃんとnameおねえちゃん?」

鈴を転がしたかのような愛らしいころころとした声にふたりは振り向く。
聞き慣れた声の主は菜々子本人のもので、いつも目にする桃色のワンピースに身を包んだ菜々子はふたりが振り向くなり嬉しそうに小さな歩幅を早めながら近寄ってきた。

「やっぱり!お兄ちゃんとnameおねえちゃんだ!」
「こんにちは菜々子ちゃん」
「今帰るところか?」
「こんにちは!うん、いっしょに帰ろう!」

菜々子は今日、友人の家に遊びに行くと言っていた。
悠の言葉に元気よく頷くところを見るに、とても楽しい時間を過ごせたことだろう。
いっしょに帰ろう、と悠の手を握る菜々子。
その姿を見たnameはここで別れようかな、なんて考えていたのだが、自然な流れで菜々子に手を取られてしまった。
紅葉のような、小さくて愛らしい手。
菜々子のあたたかい手に僅かに驚きながらもそちらを向けば、とても愛らしく微笑む菜々子の姿があった。

「nameおねえちゃん、晩ご飯いっしょにおうちで食べて」
「いいの?」
「うん!みんなで食べたほうがおいしい!」

にこにこと上機嫌に笑う菜々子を見てからその片方の手に繋がれた先の悠を視線で辿る。
菜々子に尋ねたように今度は言葉なく視線で窺えば、悠もまた菜々子と同じように笑ってみせた。

「じゃあお邪魔させてもらおうかな」
「やったぁ!晩ご飯張り切って作るね」
「菜々子ちゃんが作ってくれるの?嬉しい。私にもお手伝いさせてもらえないかな」
「nameおねえちゃんとお料理?もちろんいいよ、楽しみ!」

真ん中に菜々子を挟み、その片方の手に繋がれる悠とnameの手。
三人の影が並ぶ。
楽しげな談笑を交えながら歩く道程は、とても心地の良いものだった。




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■リクエスト内容

ペルソナ4の主人公との話(ほんわか、切、ほの暗い……何でも)

ガメ様、この度はリクエストありがとうございました。
ペルソナ4主とのことだったので、名前を鳴上悠で書かせて頂きました。
佐森は月森孝介のほうが見慣れていたのですが、アニメや漫画版では鳴上悠表記が多いようですのでこちらを採用しました。
ガメ様が月森孝介表記をご希望でしたらば差し替えますのでご一報くださいませ。

ペルソナ4主とプラス菜々子のほんわかした話になりました。如何でしたでしょうか。
菜々子がかわいすぎて天使すぎるので是非このふたりは一度セットで書いてみたかったのです。
ガメ様が少しでもこのお話を気に入ってくださいますように。
リクエストありがとうございました。



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