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「#エロ」のBL小説を読む
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大修道院内の各学級の教室がある場所から渡り廊下を挟んだ向こう側。
草花のパーテーションに仕切られたその一角には白いガゼボと、色調を乱さないように同系色で揃えられたガーデンテーブルとチェアで整えられている。
講義の無い時や中休みの時間帯は士官学校の生徒達がそこで談笑に華を咲かせることが多い。
昼下がりの午後、珍しく午後の講義が二つ休講になった本日。今こそ生徒達はこの中庭に集まって各々憩いの時を過ごすものなのだが。

白いガゼボの下、二組のチェアに腰掛けて向かい合う黒鷲の学級の女生徒とこじんまりとしたひとりの女。
情けなく眉を寄せて困惑したように女生徒へ向ける視線のその先。女生徒の背後には彼女の従者である男子生徒が厳しい目付きでこちらを睨めつけていた。

ただ談笑と共にティータイムを楽しんでいるようにも見えるその光景だが、いかんせん背後の男子生徒が放つ圧力が凄まじい。
蜘蛛の子を散らすような、とはこのことだろうか。他生徒はその場に近寄りもせず、遠巻きから覗き見ることもせず、見なかったことにして各々自分の持ち場へいそいそと足を進めるのであった。

「紅茶の味は如何かしら。城下町で偶然見掛けて、あなたにと思って用意したのだけれど」

背後の男子生徒の圧を知ってか知らずか、いや、確実に知りながらも女生徒は美しく微笑みながら上機嫌に言う。
一方、その言葉を向けられ、それから凄まじい圧を同時に受ける女は苦笑いをしながら小さく礼を言うことしかできなかった。



黒鷲の学級の女生徒、エーデルガルトはいたくnameを気に入っている。
アドラステア帝国の次期皇女ともあろう御方が、どうして大修道院の一般従事者であり何の取り柄も無いnameにそのような感情を向けるのか、name自身も謎なのである。
彼女との出会いはともかくとして、問題なのは彼女の従者、ヒューベルトにある。
ヒューベルトはエーデルガルトに忠実であり、彼の生は彼女と共にあると言ってしまっても過言ではない。
しかし、その忠誠の誓い方にも彼なりの流儀があるのか、全てが全てエーデルガルトの命令のままに動くわけではないと知ったのは最近のことだった。
まあそれもまたさておき、ヒューベルトがnameに気を許していないということが大きな問題点なのであった。

エーデルガルトのために生き、エーデルガルトに忠誠を誓っている彼が、突然彼女の前に現れたnameに対して不信感を抱くのは当然とも言えることだ。
主に敵意を向ける輩、害を成そうとする者。その全てを見てきた従者からしてみればnameもそれらに該当するものとして疑ってかかり主を危険人物から遠ざけようとするものである。
nameもなんとなくその気配を察知してはいた。彼から敵意を向けられていることも、その理由も。
だからnameなりに無害をアピールしようとしてなるべくエーデルガルトの周囲に近寄らないように配慮はしていたのだ。

しかし先も述べたが、どういうわけなのかエーデルガルトはnameを気に入っている。
いったいいつから、何がきっかけで。それらが不明である限り対処のしようがないのだが、まあつまるところ彼女からこちらに接触してくるのだ。
廊下を歩けば声をかけられ、部屋にいれば扉を開けられ、彼女が近寄らない温室にいれば図ったようにそこに現れる。
嫌な気持ちは全くない。エーデルガルトに対して負の感情を抱いていないため、好かれるのも、懐かれるのもむしろ嬉しいものなのだ。
けれどやはりヒューベルトは良い顔をしないわけで。

ヒューベルトは常にエーデルガルトの傍に控えている。よって、彼女がこちらに接触するたびに彼の目にも触れることになる。
敵意と疑いの眼差し。
私の主に何か無礼を働いてみろ。その首と胴体を未来永劫絶ってやりますよ。
視線にそんな意味が込められていることを察知できないほど、nameは鈍くはないのである。

よって、エーデルガルトと話をする時はいつも命がけなのだ。
言葉使い、仕草、それら全て彼の目に引っ掛かれば、その先に死が待っている。
どうしたら彼の警戒を解けるのだろうと思い悩むけれど、いつだってその思考は暗い眼差しにより閉ざされてしまうのだ。



「ええと、この度はわたくしのような者のために素晴らしい席をご用意してくださり光栄で」
「改まった言葉は使わなくていいわ。私とあなたの仲でしょう、どうか気を楽にしてちょうだい」
「ええ……?」

自分が扱えるだけの丁寧語を用いても却下される。
それにいつから「私とあなたの仲」になったのかも不明だ。
ヒューベルトを盗み見る。ほら、長い前髪で隠れた右目も、左目も、眼光が鋭い。

「ですがエーデルガルト様、私はただの一般人でして」
「name。エーデルガルト様と呼ぶのはやめてと言ったはずでしょう、これで何度目かしら」

呆れたように息をつくけれど、こちらの呼び方の訂正を苦に思っていないのか、微笑みながらエーデルガルトが言う。
これで何度目だろうか。ヒューベルトの眼光に怯んで、彼女と話すたびに一度はこの敬称で呼んでいる気がする。

「え、エーデルガルトちゃん……」
「なにかしら、name?」
「呼んだだけですごめんなさい」
「あら、何度だって呼んでくれていいのよ」

彼女の地位も何もかも知らなかった頃の呼び方で名前を紡ぐと、エーデルガルトはひどくしあわせそうに微笑む。
花が綻ぶように、とはまさにこのことだろうか。彼女の凜々しい容姿も相俟ってその笑顔はとても眩しいものだ。
ヒューベルトの視線がまた冷たくなった。これ以上冷たくなることなんて無いと思っていたのに。
肩身が狭くなったように思えて、nameは気持ち縮こまってヒューベルトの視線から逃れるように身を捩らせた。まあ無駄なことなのだけれど。

「訊ねたいことがあったの、今週末時間はあるかしら」
「今週末は、ええと」

ちら、とヒューベルトを見上げる。彼の鶸色の瞳がくわわっ、と見開かれてその圧にまたnameはびくりと肩を震わせた。
こうして予定を伺い立ててくるということは、おそらく何かのお誘いなのだろう。
ヒューベルトの反応を見るに、この質問に肯定を返すと更に冷たい視線に晒されることになるのだろうけれど、実際にnameは予定がない。
ここで嘘を吐くと、今週末エーデルガルトに暇そうな自分の姿を見られたら彼女からの信用を失ってしまうことだろう。
自分の保身のためとはいえ、容易に嘘を吐くようなことはしたくなかった。

「あ、空いてます」
「よかった。そのまま空けておいて頂戴。あなたの部屋でゆっくり話がしたいと思っていたのよ」

最近はずっと外でばかり話すでしょう?だからたまには室内でゆっくりしましょう。
そう言ってエーデルガルトは上機嫌に微笑んだ。

確かに、以前はエーデルガルトからよく部屋を訪問しに来てくれていた。
nameはそれが嬉しかったし、かわいい妹ができたみたいで次期皇女の立場など関係なく接していたのだ。
けれどそれはヒューベルトからの視線の意味を知らなかった時のこと。今はその意味もなにもかもわかってしまっている。
だから室内にいることを極力避けていたし、エーデルガルトが声を掛けてきそうな雰囲気を察知すると中庭や大修道院の玄関ホールにいそいそと移動したものだ。
しかしこうして約束するような形で予定を組まれると避けようがない。避ける理由はただひとつ、後ろの彼が怖いから、それだけだ。

「私は構わないんだけど、その」

そちらに視線を向けるのは本日何度目か。やはり冷たいヒューベルトの視線と絡んで、唇をぎゅ、と小さく結んだ。
けれどエーデルガルトはこちらとは正反対に微笑むだけで。
この場に助けは無いのだと、信仰していないこの世界の神を恨めしげに思ったりもした。

「ヒューベルトのことかしら?大丈夫よ、女性の部屋に男性が上がり込むだなんて事、あってはならないわ。ましてやそれがあなたの部屋なら尚のこと」
「エーデルガルト様」
「黙りなさいヒューベルト。私の決定に何か意義があるのかしら」

暗にヒューベルト抜きでの対話をエーデルガルトは申し出ているのだが、それを許しはしないのがヒューベルトという男だ。
彼の知らないところでエーデルガルトがnameの部屋に乗り込んでいたのは過ぎたこととして、今はヒューベルトの目が煌々と光っている。もちろん悪い意味で。
エーデルガルトを引き止める意味合いで彼女の名を強く呼んだが、エーデルガルトの言葉のほうが何倍も強かった。
ああ、どうしよう。私が余計なことをしたから。
自分の行ないを振り返り、ふたりが険悪になってしまったらどうしよう、と心配するname。
そんなnameを知ってか知らずか、エーデルガルトは徐に席を立った。

「そういうことだから、今週末頼むわね」

どういうことだから?
急な会話の区切りについていけず、曖昧に頷くことしかできないname。
使用した茶器をヒューベルトが手際よく片付けていて、ワゴンを押しながら中庭を去る時、やはりこちらに一瞥くれてから草花のパーテーションの向こうへと消えるのだ。
なんだかどっと疲れたような気持ちだ。主にヒューベルトの視線からくる疲れなのだが。
本当に今週末、エーデルガルトは来訪するのだろうか。
更にヒューベルトから嫌われてしまう未来しか見えず、nameはガーデンチェアに深く背をつけてため息をついた。



◇◆◇



上機嫌に先を行く主を数歩も離れた位置から追従する。
主の長い白髪がその歩みに合わせて右へ、左へ揺れるのを視界の隅に捉えながらただ前を向いて足を動かしていた。

「見た?nameのあの表情」

主は振り返ることをしない。
けれどその声色でどのような笑みを浮かべているかが手に取るようにわかる。
いつもよりも一段と高く、それでいて士官学校に通う同級生がただの一度も耳にしたことが無いような艶やかな色を纏っていた。

「びくびくと小さく怯えるように貴方を見ていて、本当に愛らしかったわ」

彼女の表情や言動を思い出したのか、主はくすくすと楽しそうに笑い声を滲ませた。

主は他者を陥れたり貶したり、辱めたりするような趣味趣向の持ち主ではない。
必要とあれば手段を講じるのだけれど、あくまで必要に迫られた時だ。士官学校で生活する上で、政治的意味を持つ心理戦の応酬は必要がない。
あるとすれば唯一、nameに対してだけだった。

主はいたくnameを気に入っている。いつ、どこで、何がきっかけで。それらを主が語ることはないのだけれど、nameという存在を特別視していることは誰の目から見ても明らかだった。
いつの日のことか。主が気に掛けるその人物についての調書が上がらず、ならば自分の目で見定めようと彼女との接触を試みたのが始まりだっただろうか。
主と談笑していたname。その姿を影から見ていたのだが、主があまりにも心を砕いて話すものだから、そのnameという人物についてほんの少しばかり興味が湧いたのだ。
ただの気まぐれと言ってしまえばそれまでだが、ヒューベルトからしてみるときっかけなどその程度のものだった。

が、主への忠誠心か生来の気質か。nameという人物を見定めようとするヒューベルト自身の眼差しは、彼女にとって怯えるに値するものとして捉えられてしまったらしい。
疑う気持ちはあれど、おそらく、彼女自身が思っているほど敵対心を燃やしてはいないのだ。無駄なことに気を割く性分でもないのだから。

問題なのはここからで。
ヒューベルトを認識したnameの怯み上がりっぷりを見たエーデルガルトは何かに目覚めてしまったようなのだ。
加虐趣味。そんな陳腐な性癖を高潔な主が有していることなど信じたくなかったが、どうやらその傾向にあるそうだ。
怯むnameを見ればにこにこと微笑み、小さく縮こまりながら言葉を詰まらせる彼女を見ればその笑顔が咲いた。

nameがヒューベルトの眼光を恐れている。
それを察したエーデルガルトはそれはそれはもう新しいおもちゃを見つけた子供のように目を輝かせた。
nameと会うときは必ずヒューベルトを侍らせてその反応を伺い、心の底から楽しそうな笑顔を見せたものだ。

もう一度告げよう。主に加虐趣味はなく、あくまでもnameという人物に対してのみ有効な趣向なのだと。

「今週末はあなたのタイミングでいいから、nameの部屋に来てくれないかしら。あなたがくるとは思っていないでしょうから、青くなるnameを見ることができそうだわ」

くつくつと笑う主はとても楽しそうな声色をしている。
なんて可哀想なname。こんなにも面倒な構われ方をしてしまって。

普通にnameと接して話してみたいだけのヒューベルトのささやかな願いは、本日も一向に叶いそうに無かった。




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■リクエスト内容

FE風花雪月で佐森様の書きたいと思うキャラクター、お話が読んでみたいです!

紗耶様、この度はリクエストありがとうございました。
黒鷲の子たちで何か一本書きたいと思っておりましたので、黒鷲主従でしたためました。
ヒューベルトいいキャラしていて好きです。エーデルガルト一筋なところも好感度高いです。
エーデルガルトはエーデルガルトで、娯楽を切り捨ててきたけれど、漸く見つけた楽しみが夢主という存在まるまるだったらいいな、なんて勝手に妄想しております。
楽しく書くことができました。風花雪月のリクエストありがとうございました。




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