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- ナノ -
ガルグ=マク大修道院の傍にある市場はいつも活気づいている。
朝はこれから物流が捗るであろう場を整えるために行商人が行き交い、昼は生徒達が武器を吟味したり小物を調達したり。
夜は夜で勤務を終えた騎士団の者達が一日の疲れを癒やすために食品を買いに来たり、交流のある行商人達と会話に花を咲かせに来るのだ。

大修道院内の施設である食堂で雇って貰えることになったnameの朝の仕事は市場に赴くことから始まる。
食堂で本日の献立を決めた後、食料庫の中の食材を確認して足りないものを雑紙に書き留める。
それから優先すべきではないけれど買い足したほうがいいものも書き足して。
大きなリュックサックを背負って麻袋をふたつ両手に携え、食堂を後にした。


食堂から釣り池までの階段を一段ずつ下りる。
朝食の時間までまだあるからか、すれ違うひとはおらず、nameが履くブーツが奏でる音のみが辺りに響く。
最後の一段を下りきったところでnameの死角からひょっこりと登場してきたのは、桃色の髪を揺らす少女だった。

「nameさん、おはようございますー」
「ヒルダちゃん、おはよう。早いんだね」

桃色の髪を高い位置でふたつに括った愛らしい少女、ヒルダは大きな丸い瞳をくりくりと瞬かせながら後ろ手を組んで上機嫌に歩み寄って来た。
彼女が歩くたびに丈の短い制服のスカートが揺れる。その服に皺が一つも無いところを見るに、朝早くとも彼女の身だしなみは完璧なのだと感心した。

「nameさん朝早くから仕事してるって聞いて、ちょっと覗いてみようかなーなんて」
「そのためだけに早起きしてくれたの?ヒルダちゃん、いつも朝食の席に着くの遅めなのに」
「うっ、それは言わないでくださいよー。あたしだってやる時はやるんですから」

朝食の席は各々自由に着くため集合時間等設けられていないのだが、ヒルダの朝は他の生徒達と比較すると少々遅めだ。
食事を出すことに困ることもないため、今まで特に話題に挙げていなかったのだがこうまで早く顔を見ることができるとは思っておらず、nameは素直に驚きを露わにした。
照れくさいのかなんなのか、ヒルダは両手の人差し指をつんつんと合わせてもじもじと恥ずかしげに微笑んだ。
その姿がとても可愛らしくて、nameから微笑みが零れてしまうのも無理はない。

「来てくれて嬉しいんだけど、これから仕入れのために市場へ行くところなの。朝食はまだ出来ていなくて」
「朝食ねだりに来たんじゃないですよー。あたしもついて行っていいですか?」
「うん、いいよ。一緒に行こうか」
「へへへ、役得ってやつですー」

何が役得なのだろう。ただついて来るだけで面白いこともないだろうに。
ああ、今日の献立を予想したいのだろうか。訊ねてもらえれば答えるのに。
それでもヒルダがにこにこと笑うものだから、彼女が楽しならまあいいか、なんてこちらも楽しくなってきてしまうのだ。



道具屋と武器屋の行商人が親しげに会話しているのを横目に、市場へと足を踏み入れる。
離れた所では騎士団ギルドの者も依頼書なのか調書なのか、紙の束を捲りながら同業者とああでもないこうでもない、と示談している様子が確認できた。
ああ、これから一日が始まるんだな。なんて朝の始まりを感じて、その足取りは軽やかなものになっていくようだ。

nameの目的地は市場の奥まった所にある。
ガルグ=マク大修道院から見て西や東、北や南等々あらゆる所から商売目的でやって来る行商人が持ち寄ってくる食材はなかなかお目にかかれないものが多いのだ。
その分値段が高いものがあるけれど流通がよい品は格安で手に入るため、値が張るから、と踵を返すのはなんとも勿体の無いことなのである。

「そちらの肉と葉野菜を麻袋に詰められるだけお願いします。それから調味料は」

市場に並んでいる食材を吟味して注文を取り付け、行商人に麻袋と紙幣を渡す。
行商人が品を詰めてくれている間に調味料を見繕っていると、ヒルダが感心した様子でnameを横から見上げてきた。

「nameさんって毎朝こういうことしてるんですか?」
「うん。食料の備蓄はあるけど、日持ちしない新鮮なものは毎日買い足さないといけないし、流通も日によって変わってくるから」
「すごーい。あたし達が毎日のご飯を心配しなくていいのってnameさんのお陰なんですね」
「そんな大袈裟なことじゃないよ。自分にできることをしているだけだから」

元より食に関することは自分の中で得意な分野に位置づけられている。
こうして毎日の献立を考えたり、限られた資金で食材をやりくりしたりするのも苦ではない。
特別なことをしているわけではないが、素直に褒められ、感謝されることはなかなかに嬉しいものだ。
はにかみながらヒルダへ笑いかける。
すると目の前のヒルダの頬がやや赤らんで、目を開いたまま固まったのを見てnameが首を傾げた時だった。

「お、ベリーが売ってるな」

にゅ、とnameとヒルダの間から出てきた腕が、売り場に陳列してあるベリーの小袋を摘まみ上げる。
その腕を辿って後ろを振り向くと、そこに立っていたのはクロードだった。
彼がいつも身に着けている制服は膝まである長い丈の上着が特徴的なのだが、朝早いからかそれを着ていない彼の姿が珍しく目に映った。

「やだ、クロードくんつけて来たでしょ」
「人聞きが悪いな。別に朝早くからこそこそと何処かへ行くヒルダを見掛けてつけ回したとかそんなんじゃないぜ」
「nameさんでしょ」
「おーご明察」
「おはよう、クロード君も早いんだね」

ヒルダとクロードが軽口を叩き合うのだが、ふたりの間でしか伝わらない会話内容なのだろう、やけに饒舌で早口だ。
一呼吸入ったところで朝の挨拶を告げれば、クロードはにこにこと人の良い笑みを浮かべながら「おはよう」と返してくれた。
それから食料を詰めている行商人へ向けてベリーの小袋を追加するように申しつける。
勝手なことしてる、だなんてヒルダが諫めるように唇を尖らせるが、クロードは飄々としてその言葉を流していた。

「なあnameさん、あれ作ってくれよベリー風味のキジロースト」
「クロード君の好物だったよね」
「嬉しいねぇ、覚えてくれてたんだ」
「あーずるい、nameさんあたしもあたしもー。桃のシャーベットがいいなー」
「リクエストが多くて嬉しい。桃のシャーベットは昼のデザートにしようか」
「やったーありがとうございます」

るんるん、と上機嫌なヒルダがぴょんぴょんと跳ねる。その可愛らしい挙動を見て思わず頬が緩むのはもはや条件反射のようなものだ。
献立を考えることに苦はないが、こうしてリクエストしてもらえるとなんだか嬉しいのである。

「お待たせしました」

行商人が売り場を出てわざわざ通路まで食料が詰められた麻袋を持ってきてくれた。
そのことに会釈をしつつ袋を受け取ろうとすると、両脇から伸びてくる腕。
nameの両手をすり抜けた麻袋はそれぞれクロードとヒルダに回収されてしまったのだ。

「あの、それ」
「女性に物持たせて男が手ぶらってのは頂けないだろ?なあヒルダ」
「ちょっとーあたしも女の子なんですけど」
「ヒルダちゃん、それ私が持つから」
「あ、いいですいいです。あたし荷物持ちのために来たようなものですからー」

肉が詰め込まれた大きな麻袋はクロードが。それから葉野菜等の軽い食料が入った麻袋はヒルダが預かってくれている。
nameはと言えば果物と調味料が入った軽いリュックサックを背負っているだけだ。
年下の子達に荷物を持たせてしまうことに申し訳なさを感じるのだが、ふたりはなんてことない様子で軽々と歩き出した。
クロードはともかくとして、ヒルダは誰かにものを頼む側の人間だ。
頼んだ相手が手間取っていたりすると自ら率先して手伝う様子を見掛けるのだが、それ以外は、言葉が悪いが他力本願のような一面がある。
そんな彼女がこうして自分から荷物持ちのために来た、なんて言うことが珍しくて、失礼ながら少々目を丸くしてしまったものだ。
クロードも驚いた様子だったけれど、何を察したのか納得したのか、含むように微笑んでから歩き出してしまったのでその真意はわからないまま。

「ありがとう、ふたりとも」

先を行くふたつの背に声をかけて、早足で追いつく。
まるでそこが定位置かのように間で挟まれるnameは、上機嫌に食堂までの道を三人で辿るのだった。




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■リクエスト内容

さつばつとしていない学生時代の話が読みたい

山野様、この度はリクエストありがとうございました。
殺伐としていない学生時代、とのことでしたので、学校生活の一部を切り取って書かせて頂きました。
夢主のことをひよこのように慕うヒルダが降りてきたので直感で筆を執りました。
あとクロードはヒルダがなんか階段のとこにいるな、って部屋の中から見ていて、夢主が出てきたところで事態を察して上着も着ないで慌ててふたりを追ってきた、という流れです。
金鹿の級長腹心コンビが好きなので、こうして書くことが出来てとても楽しかったです。
リクエストありがとうございました。風花雪月もぼちぼち書いていきたいので、また気が向いた時にでもお越しくださいね。



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