×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
レノと夢主は『カラオケで96点以上出さないと出られない部屋』に入ってしまいました。
40分以内に実行してください。




あんまりだ。こんな仕打ち、あんまりである。
貸し与えられている部屋の寝室にいつの間にかセフィロスが忍び込んでいて我が物顔でベッドに潜り込んでいる状況を打破する困難さよりも、三日三晩不眠不休でジェネシスのLOVELESS語りに付き合わされる肉体的かつ精神的苦痛を与えられることよりも、アンジールとバノーラ産の林檎で作られたワインの飲み比べをして早々に潰れた彼を介抱する大変さよりも、今の状況はnameにとって何倍も深刻なものであった。
握りしめている一枚の紙が手の中でぐしゃりと音を立てる。
現実を直視したくなくて、いっそ丸めて放り投げてしまいたかった。

「なぁにぷるぷる震えてんだよ、と」

ぽん、と肩に置かれた手。声が聞こえてきた方向が背後であったため、顔だけそろりと振り返る。
途端、頬に刺さる人差し指。肩に置いた手の人差し指が突き出されていて、振り返ったnameの頬に見事命中したのだ。
ぷす、と口から空気が漏れる。リアクションを取れる程の気力が無く、からからと笑うレノをじとりと見上げた。

「要は96点以上叩き出せばいいんだろ?余裕だぞ、と」

何が楽しいのか、ぷすぷすとnameの頬を突きながらレノはにこにこと笑みを浮かべている。
入口も出口も無い怪しい空間に閉じ込められはすれど、こうして脱出の条件らしきものが提示されている時点で彼にとっては取るに足らない事象なのだろう。
流石タークス、なんて褒めちぎることも出来なければ意欲を出すことも出来そうに無い。


nameは歌が苦手である。下手である。壊滅的である。
音楽は好きだ、聴くのも好きだ。けれど自身が歌うことに関しては殊更好意を持つことができない。
どうして歌が下手なのか。尋ねて欲しくないことなのだが、簡潔に答えるとするならば「そういう星の元に産まれたからだ」としか言いようがない。
幼い頃は何も気にすること無く歌うことができたのだが、空気を読む、という日本人特化スキルの発達により、周囲の反応からnameは察してしまったのだ。私は歌が下手なのだと。
それからというもの、人前で歌うことを全面的に避けてきた。限定的ではあるが、特定の人物に強請られて悪声を披露してしまったりもしたのだが。
けれどこの世界の知り合いには誰一人としてこの歌声を聞かせていない。歌が下手であることも教えてなどいなければそれを察知されるような言動も素振りもしていない。
一度、タークスの忘年会に引っ張り出されて歌唱大会というnameにとって地獄の催しに参加させられそうになったことがあったが、全力で酒を注ぎ回って参加者を潰すことで事なきを得たのだ。

別に音痴であることが周囲に知られたとて、困るわけではない。減るものもないのだが、ただ嫌なだけなのだ。削れる。主に心が。
それなのにここにきてカラオケという無慈悲な条件。
真っ白な部屋の中央で存在感を放つカラオケの機械とスピーカー、それからモニターが置かれている。
モニターの液晶画面にはnameの手の中で潰れている紙に書かれている文章が映し出されていて、その下部に余計な文字が追記されている。
『nameさんの番です』と。

何故だ。何故名指しなのだ。百歩、五百歩譲って96点以上はまだ許せる。レノは歌に自信がありそうだし、彼の歌唱で一発脱出が狙えるのだから。
しかしトップバッターを指名されているこの状況はなんとも度し難い。怒りも悲しみも湧いてこない。あるのは虚無だけだ。
レノが歌えば脱出できる。けれど何故か、絶対に、確実に、条件を達成できない自分を最初に据えられている時点で一曲披露しなければならない。
何かの拷問だろうか。これなら鞭打ちのほうがまだマシだ。いややっぱり痛いのは嫌だ。音痴を晒すほうがよいのかもしれない。
比較対象を据えることで歌うことのほうが幾分楽になるような気がして、悶々とnameは思考を巡らせる。

そもそも此処には己以外レノしかいない。タークスメンバー全員でもなければあのソルジャー1st三人でもない。
レノが口の堅いほうであるかどうかはわからないが、きっと、お願いすれば音痴であるということを広めずにいてくれるはずだ。
前向きに考えよう。一曲歌えば次はレノの番。一曲歌えばいいだけ。それもたったひとりの前で。何も大勢の前で醜態を晒すわけではないのだ。
覚悟を決めろ。吹っ切れろ。
ぐぐ、と拳を握り目をかっ開く。
未だに頬で遊んでいたレノがnameの気迫に何やら驚いたのか、その指を離して面白そうに覗き込んできた。

「珍しい顔してんな。なに、やる気充分?」
「……やる気?ええ、うん、そうとも言える……言うしかない……」
「なんか変なnameだな。おもしれーぞ、と」

こちらとしては何一つとして面白いことなど有りはしない。
けれどレノはその大きな手の平でわしゃわしゃとnameの髪を撫で回すのだ。
レノはnameよりも年下だ。肉体年齢的にも生きた年数からみても。
name自身から身の内を全て明かしたわけではないのだが、それとなく年上であることは伝えている。
それなのにレノの接し方ときたら、年上の女性に対するそれではない。何も敬えと言っているわけではない。子供にするような触れ方を少しでも自重してほしいだけなのだ。
頭を好き勝手に撫で回し頬をつついて髪を弄ぶ。もう既に慣れきってしまっていることがなんだか悲しくもあり虚しくも感じてしまう。

いや、今はそんなこと隅に置いておこう。
今やるべきことはただひとつ。歌うこと。
己の悪声に晒される愚かな観衆ことレノには申し訳ないが、これも運命なのだと割り切ってもらう他無い。

カラオケ機器とモニターのある所まで一直線に向かう。
足取りが重く、のそりのそりと歩くnameの後ろをレノが楽しげに着いてきた。
機器の横に設置されているマイクを締め上げる勢いで握りしめ、機器のボタンを操作する。
軽快な音が白い部屋の中に反響し、続いてモニターに表示されたのは。

「へぇ、課題曲があるんだなぁ、と」

あんぐりと口を開くnameの真後ろに立ち、その頭頂部に顎を乗せるレノがおどけたように呟いた。

モニターに表示されているのは三つの文章。
文章というよりも、そう、曲名に近いだろうか。曲名そのものなのかもしれない。
かもしれないというのも、そのうちの二つが妙に長ったらしいからだ。
共通する言葉はいずれも「LOVELESS」。破滅へ向かう愛と友情の物語を描いた作品で、舞台化され人気を博している。
ジェネシスがこの作品の熱心なファンであり、興味本位でその魅力を尋ねたところLOVELESS全巻を買い与えられ舞台公演に引き摺り回されることになったのは後悔すべきなのだろうか。
足繁く通わされた公演内に歌を取り入れた特別歌劇公演があった記憶がある。
おそらく、このカラオケのモニターに表示されているのはその曲目だ。人気過ぎてリクエストでもきていたのだろうか。
歌劇公演を鑑賞したとはいえ、それをまるまる暗記しているわけでもなければ勿論歌えるわけでもない。
であればこの二つの曲は即刻却下。nameは残る一つを選ぶしかなくなるのである。
その一つが。

「泳げ、たいやきさん……」

げんなりとした覇気のないnameの声がマイクに拾われてしまった。
なんだか聞いたことがある。聞いたことがあるどころではない。これは日本中の誰しもが一度は聞いたことのある曲のはずだ。
曲名がなんだか違う気もするが、これはまさしく。
この世界も日本との妙な共通点があるんだな、なんてモニターを見るnameの目は遠い。
実質これしか歌えるものがない。選択肢を与えられているようで与えられていない。
なんて理不尽。やはり歌に関することは私に牙を剥くのだ。
悲しみに暮れるnameの指はボタンに触れる。泳げ、たいやきさん。破滅へ導くその文字が数度瞬いた。

「レノ」

モニター内で揺らめく青い水底。潮の流れに遊ばれる海藻。優雅に泳ぐ魚達。
耳に馴染みのあるイントロに合わせて薄らと現れる曲名は、何故か血のように赤い。
子供向けのファンシーな映像を背にレノを振り向くnameの表情は、さながら戦地に赴く兵士のようだった。

「耳を塞いでいて。そして、できることなら記憶を消してね」

毎日毎日鉄板の上で焼かれ続けるたいやきさんの悔恨を自分の境遇と照らし合わせて声に乗せる歌と形容しがたい音が白い部屋に響き渡るまで、あと。




back