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クラウドと夢主は『相手の身体の一部を潰さないと出られない部屋』に入ってしまいました。
120分以内に実行してください。




何度繰り返しその文字列を読み返しても文章が変化する筈が無い。
「相手の身体の一部を潰す」
辺り一面を白に覆われた部屋に閉じ込められ、脱出の手掛かりを探しているさなか見つけた一枚の紙切れに書かれた言葉は、なんとも理解し難いものだった。

「name、何か見つけたのか」

nameと同じくこの部屋に閉じ込められたクラウドは手分けして部屋に変化が無いか探索していたが、黒衣を揺らしながらこちらへ歩み寄ってくる。
何故だかクラウドにこの紙の内容を知られたくない思いがあったが、閉じ込められているというこの状況下で情報を共有しないのは命取りになってしまう。
何せ隠すのもおかしな話だ。せっかく見つけた脱出の手掛かりなのに。

「あの、これ」

テープで壁に貼り付けてあった紙を引いて剥がす。
それをクラウドに差し出すと、革のグローブに覆われた右手がそれを受け取った。
澄んだ青色の瞳が文字列を辿り、横へ動く。
クラウドの反応が気になるnameはその様子を不安げにじっと見つめることしかできなかった。

「なるほどな」

思っていたよりも随分と軽い口調だった。
クラウドはnameの横の壁に手をつき、その紙をまた貼り付ける。
盗み見たクラウドの横顔は薄らと微笑んでいて、この状況下に相応しくない表情が気に掛かった。

「nameは俺の剣、持てるのか?」
「剣って、今背負ってるそれのこと?」

クラウドは常に大剣をひとつ、帯刀している。
彼の愛車、もといバイクには複数の大剣が積んであるのだが、現在持ち歩いているものが一番扱いやすく、気に入っているらしかった。
その大剣はクラウドの背丈程の長さで、nameの身体をまるまる覆い尽くす、とまではいかないがそれなりの大きさだ。
小柄なユフィあたりだとすっぽりと覆い隠されてしまいそうだ。
それを持ち上げるなんてことはおそらく難しいだろう。
もう少し細身の剣ならば頑張ればなんとか持てたかもしれないが、これは少々厳しい。

「どうだろう。難しいかもしれない。でも、どうして?」

今話し合っているのはこの部屋からの脱出方法についてだ。
それとクラウドの大剣をnameが持ち上げられるかどうかという話題がどうにも結びつけられず、nameは首を傾げてクラウドを見上げた。
右手と左手のグローブを脱ぎだしたクラウドは、さも当然のように言い放った。

「身体の一部を潰さなきゃ出られないんだろ。nameは力が無いし、道具に頼るしかないから俺の武器で、と思ったけど」
「え、な、なに、クラウド、何言って」
「ティファみたいな奴じゃなきゃ素手で人体は潰せないからな。name、なんとか頑張って剣で潰してくれ」

脱いだグローブを懐にしまったクラウドは大剣を軽々と持ち上げ、刃の尖端を地につけて柄の部分をnameに差し出した。
なんでもないかのようなその態度が酷く混乱を招く。
確かに紙には相手の身体の一部を潰さなければ部屋から出られないと書いてある。
でもこれを信じるのはまだ早いし、他に脱出方法がある可能性も捨て切れていない。
それにnameがクラウドの身体の一部を潰すという流れになっていることがまずおかしい。
そうするのが当然とでもいうかのようないつも通り平静なクラウドを見ると混乱し、動揺しているこちらがおかしいように思えてしまうが、決してそんなことは無いのだと言い切りたい。

「待ってクラウド、落ち着いて。私はこの紙に書かれたことなんてしたくない。きっと他に脱出方法があるはずだよ」
「ひと通り探索してみたがこの紙以外変わった所は見当たらない。nameだってわかってるだろ、これが唯一の脱出方法なんだって」
「そ、そうかも、しれないけど、でも、そんなこと嫌。私はしない、クラウドを傷つけない」

剣を差し出してくるクラウドから一歩、二歩退く。
頭を横に振ることで絶対的な拒否を表すと、クラウドは静かに眉を顰めてnameに詰め寄った。

「だとしたらこの部屋から出るには俺がnameの身体の一部を潰さなければならない」
「い、痛いのは、嫌……だよ」

潰す、というのはそういうことだ。
精神的苦痛。肉体的苦痛。喉を酷使して声が出なくなることを喉が潰れるということがあるが、そういう意味合いではないのだ。
傷つける。血を、肉を、骨を曝け出すという意味での「潰す」。
そんな猟奇的なことをしなければこの部屋から出られないというのであれば、nameとしてはずっとこのままでもいいと思えてしまうほどだった。
けれどそれは現実的ではない。生活感のない、物のない此処では生命を維持することは不可能だ。
部屋から出たい。出なければならない。そのためには。

「安心してくれ。俺がnameを傷つけることは絶対にない、有り得ない」
「私だってそうだよ、クラウドに酷いことしたくない」
「分からず屋だな」

急に距離を詰めてきたクラウドの勢いに驚き、大きく後退する。
けれど後ろは壁で、これ以上距離を空けることが叶わずにクラウドに詰め寄られてしまった。
強引に手を取られて大剣の柄を握らされる。
柄から感じる無機質な冷たさがnameの恐怖を煽るだけだった。

「右手でも、左手でもどっちでもいい」

大剣の柄を離そうとしたが、クラウドの手がそれを阻む。
自分の手の上に重ねられ、柄を握りしめることを強要する力強さにnameは肩を震わせた。

「指一本でも、腕ごとでも。なんなら足でもいい」

耳元で囁かれるクラウドの恐ろしい言葉。
クラウドの中ではもう自分の身体がnameの手によって潰されることは確定事項なのだろう。
どうしてそんなに嬉しそうな声色なのか。
かたかたと震えるnameの肩を、クラウドがゆっくりとなだめる。
髪を梳かれ、頭を撫でられ、抱き締められる。
恋人でも無いのにまるでそんな関係であるかのように接してくるが、胸はときめくどころか血の気が失せる一方。

「頭は潰されると困るな、さすがに死ぬ。ああ、でも目なら大丈夫かな。その場合は片方にしてほしい。nameの姿を見たいから」
「やだ、クラウド、お願い、私はそんなことしたくない……っ」
「name、俺はnameに傷つけられたいんだよ」

何と言った?傷つけられたいと、そう言ったのか?
驚き、目を見開くnameの顔をクラウドが覗き込む。
なんて嬉しそうな表情をしていることだろう。
微笑む様子が時折見られるようになったとはいえ、その回数は極端に少ない。
クラウドが笑うのはname関連のことだけだよ。なんてユフィが愚痴っていたのを思い出すが、それでも昔よりはずっと表情が生き生きしている。
そんなクラウドがここまで嬉しそうに口元も、目元も弧を描いているなんて。

「ずっと思ってた。nameが俺を傷つけてくれたら、消えない傷跡を残してくれたらどんなに幸せだろうって」
「なに、なんで」
「でもnameは優しいから。俺がどんなに頼み込んでも絶対にやってくれないって、わかってるから」

唇が触れあってしまいそうな程の距離でクラウドが甘く囁く。
これがこのような状況でもなければただのお遊びだと片付けて流してしまえたのに、言葉も、行動にも移せない。

「こんなにもいいチャンスに恵まれることなんて滅多にない。nameが俺を傷つける正当な理由がある」

部屋を出るため、クラウドの身体を潰す、傷つける。
name本人は絶対にしたくないのにクラウドひとりが乗り気で、自分が痛い思いをするというのにそのことに対して喜びを感じている。
視線が熱い。吐息も熱い。
興奮しているのか、密着するクラウドの身体の火照りが伝わってくるが依然としてnameはガタガタと震えていた。

「nameは大変かもしれないけど、結果として部屋から出られる。そして俺は望みが叶う。なあ、それでも、嫌か?」

吐いてしまいそうだ。当てられる狂気、感じる恐怖、逃げ場のない選択肢。
血を、肉を、骨を曝け出すクラウドの姿を想像してしまい、口元を押さえる。
それをするのは。クラウドをあんな目に合わせるのは、いったい誰だろう。
真っ青な顔で俯くnameを微笑みながら柔らかく見つめるクラウドが、その額に唇を落とす。
額に感じる熱。軽い調子でなあに、と言える精神状況では、ない。

本当に、やらなければならないのか。
この大剣で、クラウドを傷つけないといけないのか。
したくない、やりたくない。でも、そうしなければ、出られない。
いっそ自分自身を、なんて有りもしない想像をしたが、条件に「相手の身体」とある以上自害はカウントされないだろう。そもそも試したくもない。
武器を握るなんて、ひとを傷つけるなんて、やりたくない。

諦めたくない。

絶対に他の方法を見つけよう。
誰も傷つけず、傷つかずに出られる方法がきっとあるはず。

nameは必死に思考を巡らせる。
その間もクラウドがnameの身体を堪能しているが、それに気を回している余裕は何処にもない。

紙には「相手の身体の一部を潰す」と書いてあった。
「体」だと手足、頭を除く胴体を指し示すことになるが、この場合は違う。それはまず前向きに捉えてよいだろう。
身体というのは人体を形成する部分の全て。人間のみに使われる言葉。
痛みを感じず、血を流さず潰すという行為を成せるところ。


あった。


まるで天恵のようだった。
絶望の中に射し込んだ一筋の光。そんなふうに思ってしまうほど、希望に満ちた閃きだった。

「クラウド!」

がばっ、と唐突に顔を上げたnameの勢いに、nameの腰を撫でていた手が止まる。
見開かれた青色の瞳がまた弧を描くが、nameは負けじと睨むように見上げていた。

「覚悟できたか?」
「しない、いらない、そんな覚悟」

握らされていた大剣を横に倒す。
ガシャン、という大きな金属音。壊れてはいないだろうか。自分がしたことなのに心配になり、ちらりと横目で大剣を盗み見るが静かに白い床の上に伏すだけだった。
口元を引き締めたnameが再度クラウドを見上げる。
不思議そうに首を傾げる様子がやけに子供のようだった。

「どうして」
「私はクラウドを傷つけない、絶対に」
「でも部屋から出られないだろ」
「大丈夫、出られる」

確信はないけれど、きっと、大丈夫。この部屋から出られる。
いつになく強気なnameの様子をまじまじと眺めるクラウドに両腕を伸ばした。
つま先立ちをして、背伸びをする。
そうでもしなければ届かないから。


「……name?」


もふり。

クラウドの整えられた髪の上にnameの両腕が乗せられる。
ぽむぽむと幾度も、しつこく優しく叩かれ、自分が何をされているのかイマイチ掴めていないクラウドがnameを呼ぶ。

「潰してるのっ」
「は?」
「クラウドの髪!」

クラウドの髪はツンツンと毛先が上を向いている。
それは寝癖でもなんでもなく、クラウド自身がスタイリングしていることをnameは知っている。
昔はもう少し毛量があったが、二年経った今、以前よりも落ち着いたフォルムになっていた。
だがそれでも毛先の鋭さは相変わらずで、仲間内で密かに「チョコボ頭」と言われていることを彼はきっと知らないのだろう。
そんなチョコボ頭が身体の一部に入るのなら。
天を向く毛先を上から押し潰せば条件達成に充分届く。

もふもふもふもふ。
これでもかというくらいにクラウドの頭頂部を押していれば何処からとも無く風が吹く。
その方向を向くと白い壁の一部が長方形にくり抜かれており、セブンスヘブンの裏口が遠くに見えていた。

「やった!開いた!やったよクラウド!」

こんなにも嬉しいことは久しぶりだ。
いい大人のくせに子供のように跳ねる自分を心の何処かで恥じるが、本当に心の底から嬉しいのだ。
どこも傷ついていない、傷つけていない。血を流してなどいない。
一時はどうなることかと思ったが、こうして外への脱出路が現れると安心感が溢れてくるよう。

ほっと息をついてクラウドを見上げる。

酷く残念そうに顔を歪めているクラウドの青が、ゆらりと一度、波打った。




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