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- ナノ -
ノエルと夢主は『どちらかが相手を拘束しないと出られない部屋』に入ってしまいました。
50分以内に実行してください。




辺り一面の白が目に痛い。
nameが現在居る場所はとある部屋。
ベヒーモスがまるまる一匹入っても余裕がありそうなその一室は、天井も床も壁も何もかもが白で統一されていた。
病院でさえ此処まで白を全面的に押し出してはいないだろう。
それからこの部屋には入口も出口も見当たらない。
通気口等の小さな隙間すら無いのは本当におかしなことだ。
では何故此処に自分がいるのかと問われれば、そういうことなのだ、としか言いようがないのである。

数度瞬きをして目を慣らしていると、部屋の片隅から声が掛けられた。
声の主はノエル。彼もまたnameと共にこの部屋に捕らわれている。

「name、紙が貼ってある」
「ほんと?なんて書いてあるの」

白い壁に貼り付けられている紙を摘まみ、引き寄せているノエルのもとまで小走りで駆け寄ってその手元を覗き込む。
真っ白な紙には手書きでは無い、機械で打ち込んだような文字が印字されていた。

「此処はどちらかが相手を拘束しないと出られない部屋、って、ええ?」

出口も入口も無い奇妙な部屋からの脱出方法がこれだとでもいうのだろうか。
仮にそうだとして、拘束されてもそれを判定する何かが必要な筈。
監視カメラの類いすら無い部屋においてこの脱出条件が如何に胡散臭くて怪しいのか、流石のnameも疑いを全面的に出してしまうのも致し方ない。
けれど脱出に至る唯一の手掛かりがこの紙に記されていることだというのも事実で。
ノエルの判断を窺うようにこっそり彼を見上げれば、ノエルもまたnameを見ていた。

「出れると思うか?」
「どうだろう。でも、そんな難しいことじゃないし、試してみる価値はあると思うよ」
「だな」

拘束の度合いはわからないが、その行為に至れば自ずと答えは出るだろう。
無理難題が押しつけられているわけでもない。比較的達成しやすい条件であるため、容易に挑戦できるのが救いか。
隠された文章が無いか紙を裏表観察し、特に怪しいところが無いことを確認したnameがノエルを振り向くと、彼は腕に巻いているアクセサリーのような紐をしゅるしゅると解いている最中だった。
何をしているのだろう。小首を傾げて見守っていたnameに、紐を握ったノエルの手が差し出される。

「ん」
「ん?えっと?」
「拘束。nameが俺を縛ってくれ」

察しが悪すぎた。拘束するといってもその道具すら此処には無かったのだ。
差し出されたノエルの手とその顔を交互に何度も見る。
そんなnameの行動が不思議なのか、今度はノエルが首を傾げてnameを見つめる番だった。

「ノエルが私を縛るんじゃ駄目なの?」
「どうして。どちらか、なら俺でもいいだろ」

確かに、この紙には「どちらかが」と書いてあり相手の指定まではされていない。
nameがノエルを縛ること事態に問題は無いが、nameには思うところがあり素直にその申し出を受け入れられずにいた。
痺れを切らしたのか、ノエルがやや強引にnameの右手を取りその手の平の上に紐を乗せて握り込ませる。

「俺はnameを不安にさせない、傷つけない、苦しい思いをさせない。拘束だって同じことだろ」

反論しようとしたが、ノエルの真剣な群青色の瞳が一心にnameを見つめていた。

ノエルはnameに対して過保護な面が多々見受けられる。
武器を握って間も無いセラよりも頼りなく見えるのか、目が離せないとまで言われてしまった時からnameは自分の情けなさを痛感しているのだ。
年下に気をつかわれる大人であることにショックを受け、ノエルに謝罪と気を回さなくていいということを直接伝えたことがあった。
けれどノエルは「俺がしたくてしてる。nameが頼りないとかじゃなくて、nameに気を回すのは俺がそうしたいから」の一点張り。
こちらの思い込みは正しいと感じていたがノエル本人から否定されるとなるとそちらのほうが正しいわけで。
ノエルがそうしたいのならばやりたいようにさせてやるべきなのか、と現在も手探りなのだ。

ノエルにとってなにかを守るということはおそらく、ノエルという個を形成する上で大切なことなのだろう。
息をするのと同じくらい、というのはなんだか意味合いが異なるし過剰な気はするのだが、それに近いくらい固執しているような気がするのもまた事実。
彼がいた時代、彼が育った境遇がそうさせているのではないかとぼんやり考えているけれど、それを言葉にする必要は無いしノエル自身に突きつける必要も有りはしない。
そんなノエルの中の「守る」という強い感情を向ける相手がnameであるのだが、それはこの「拘束」すらも嫌悪感を示す行為なのだろうか。
不安にさせない、傷つけない、苦しい思いをさせない。
幾度となく聞いてきた宣誓にも似た言葉達が、この部屋を出るための唯一の手掛かりである条件を拒む理由には、きっとならない。
そもそもnameが素直にノエルを拘束すればよいだけの話なのだが、nameには気がかりなことがあったのだ。

「ありがとう。ノエルの気持ちはとても嬉しい。でも、これが敵の罠だっていう可能性があるかもしれない」

仮にこれが敵の罠だとして。
nameがノエルを縛ったとする。拘束という条件を達成し、この部屋の扉が開く。
その時、name達を此処に閉じ込めた敵が雪崩れ込んでくる可能性があるかもしれない。
敵への対処ができるのはノエルしかいない。けれど拘束されたノエルはその奇襲に一歩も二歩も反応が遅れてしまう。
いくつか最悪のパターンを挙げてみたが、これが一番現実的だった。

自分の考えをノエルに伝える。
ノエルも納得できるところがあるのか、反論は出てこないのだが表情が如何せん不満そうだ。
危機に陥るリスクより、nameを不自由にすることのほうが余程嫌なのだろう。

「私なら大丈夫。何があってもノエルが守り切ってくれるって、信じてる」

守ることを相手に押しつけたくはないのだが、今のノエルを納得させるにはこの言葉しかないように感じた。
少しばかり長くなった彼との付き合い。その過程で培った深い信頼を言葉に乗せればノエルはひどく嬉しそうに表情を明るくさせてから、はっとしたように咳払いをひとつ鳴らした。
ノエルの手を取って受け取った紐を手の平に乗せてやる。
彼がそうしたように手の平を握り込ませると拒絶はされなかった。

「降参。nameが言うなら、仕方ないな」

困ったように眉を下げて微笑むノエル。意見を呑んでくれたことに対する礼に、ノエルは一度深く頷いた。
両手首を合わせてノエルに突き出す。されたことはないが、まるで警察に捕まって手錠を掛けられる時のようだ。
その両手を紐が締め上げていく。その都度痛くは無いか、苦しくは無いか、と再三問うてくるノエルに心配しすぎだと苦笑いを零してしまうのは仕方のないことだ。

「こんなこと言うの変かもしれないけど、縛るの上手だね」
「俺がいた時代は狩りが基本だったから。倒した獲物とかロープで縛って運んでいたし」
「だとすると、じゃあ私はノエルに狩られた獲物になるね」
「そうなるかな。まあ、大切なものが獲物なのはおかしい気もするけど」
「ん?」

ぼそぼそと呟いたノエルの言葉が聞き取れなかったが、一通り縛り終えたのか、ノエルはnameから身体を離した。
両手首から腕まで。きつくもなく緩くもない程度に縛り上げられた腕はまさしく拘束そのものだろう。
脱出条件を達成しているのであれば、おそらくこれで出口が現れる筈。
背負った武器に手を添え、警戒するように辺りを見渡すノエルを視界に入れながらnameもぐるりと部屋を一目見る。
その視線の先。白い壁が長方形にくり抜かれている場所があった。
まさに出口そのもの。けれどその先に見えた人物にnameは声を上げた。

「あ」

驚きでも悲鳴でもないnameの一音に反応したノエルが素早く振り向いてnameを庇うように前に滑り込んできた。
が、nameの視線の先を確認し、武器を握る手を緩めたのが見えた。

「ライトニング」

引き攣ったノエルの声。ノエルの背後にいるためその顔を確認することはできないが、おそらく冷や汗をかいていることだろう。

白い部屋の出口と思われるその先にはライトニングがいた。
腕を振り上げた状態で静止している彼女。
握られているのは彼女の愛剣で、遠目から見ると心なしか刃先が欠けているような気がする。
まるでこの部屋の外壁を何度も切りつけたかのように。
クリムゾンブリッツは修理ができる代物なのだろうか。nameはいらぬ心配を胸中思い描く。

そんなライトニングは美しい目元を驚いたように丸くさせていたが、部屋の中のふたりを見て鋭く視線を尖らせる。
正確にはノエルの背後にいる、両腕を縛られたnameの姿を。

「あ!開いたんだ、よかった〜!ノエル、name、大丈夫?って、え?どうしてnameが縛られて……え、そんな、ノエルってば大胆……」

ライトニングの傍からひょっこりとセラが顔を覗かせる。
そしてライトニングと同じように室内にいるふたりを確認すると急に慌てだした。
若干頬を赤らめ、恥ずかしそうに頬を覆うセラ。
なんだかとんでもない勘違いをされている気しかしない。いや、おそらく確実に勘違いをされている。
弁解よりも何よりも、とりあえずこの部屋からの脱出が先だろう。
ノエルの衣服の端をくいっ、と摘まんで脱出を促そうとすると、ライトニングが勢いよくクリムゾンブリッツを振り下ろした。
ガキン、という甲高い金属音が響いて肩が跳ねる。
それから苛立ったようにヒールの音を鳴らせて踏み込んでくるライトニングの綺麗な顔は、鬼と呼ぶに相応しいほどの形相だった。



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