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地獄で溺愛

父が無実の罪で捕まったのは、その年の冬で一番寒い日だった。
私を生んで直ぐに亡くなった母の分も慈しんでくれた父は、誓って人殺しなんかできる様な人では無い。いや、何よりも被害者が殺された日は熱で伏せる私の傍にずっと居てくれたのだから、旭川から苫小牧まで行く時間なんて無かった。
しかし私が娘であるが故に、その主張は退けられた。父を庇おうとして嘘を吐いている可能性があるとされて、実は共犯ではないのかとまで言いがかりを付けられた時、父は自分一人でやったと嘘の自白をしてしまった。私を護る為だったとは言うまでも無い。
…その父が脱獄したと聞いた時、私はあの気弱な父に何があったのかと呆然とした。
だって父が収監されたのはあの網走監獄だ。脱獄不可能の要塞から、鶏を絞めるのにだって腰が引けていた様な人がどうやって。

「お父さんは僕と同じ様に、こういう刺青を彫られたんだと思います」

父の脱獄を教えてくれた辺見さんが、徐に袖を捲り上げる。北海道の夏は内地の夏に及ぶべくも無いが、それでも彼が長袖で過ごす理由を知った。

「これはアイヌが隠した金塊の在処を示す暗号なんです。 全部で二十…何人だったかな? 確かそのくらいだったと思うんですけど…まあとにかくこの刺青を持った僕らは揃って脱獄しました。 いや、脱獄する為に刺青を入れたと言いますか…ああ、このあたりの話は関係ないですね、飛ばします。
 単刀直入に言えばあなたのお父さんは既に網走監獄には居ません。 ここ最近、訪ねても面会が叶わなかったのはそういう理由です。 お父さんは必ずあなたに会いにくるでしょうが、既にあなたには軍の監視が付いている。 僕も掻い潜るのに苦労しましたが、約束しちゃいましたからね。 あなたのお父さんと、あなたに脱獄したことを必ず知らせると」

監獄の中でとても親切にしてもらった恩返しだと笑うその人も、到底人殺しには見えなかった。しかしあなたも冤罪で捕まったのですかという私の問いに、その人は顔色一つ変えずにいいえと首を振り、誰かを殺すことに罪悪感を感じないんですと衒い無く言ってのけた。

「暫くは何も知らない振りをしてここで暮らした方が良いでしょう。 少なくとも半年か、もう少し。 監視を撒けとは言いませんが気を付けて下さい。 お父さんは無実の人と言えど今は脱獄囚で、金塊の暗号を持っている」

つまり命を狙われているのだと、皆まで言われずとも理解した。
そして私は、身元の知れない人間でも働ける口を知らないかと訊ねてきた辺見さんにモッコ背負いの仕事を紹介した足で網走監獄を訪ねた。父に面会がしたいという申請に返されたのは、入院中だから会えないという、以前と同じ回答で。
嗚呼辺見さんの言っていたことは本当なのだなと確信した。

「ここに珍しい刺青を探してる人間が居ると聞いてきたんだが」

辺見さんに言われた通り、私は十ヶ月程待ってから家を引き払い、小樽へ移り住んだ。毛皮商の雑用として働く内、来る人来る人に同じ質問をしていた為か、ある日その人はやって来た。
二十七の肩章を付けた、軍服の人。軍帽の影から覗く薄暗い瞳は獲物を探していた。

「アンタだな、お嬢さん」

店の主人は新たに手に入った毛皮をお得意さんのところに見せに行っている。見事な銀狐の毛皮だったからきっと高く売れると飛び出していったのと入れ違いに入って来たのは、きっと最初から私が目当ての人物と分かっていたからだろう。他の雑用は毛皮の運び手として付いて行ってしまった。

「…妙だな。 刺青を入れる様なヤクザとつるむ様な女には見えないが…てめえの男を探してるってワケじゃないのか?」

そういう誤解をされているのかと仰天する。道理で当初はしつこく口説いてきたあの若い猟師さんに遠巻きにされていると思った。
しかし何と答えたらいいのだろう。
辺見さんは言った。私を監視しているのは軍部だと。
だが私を今も監視しているのなら今回接触してきた目的が分からない。私服で来て探りを入れてくるのなら分かるが、軍服で表から訪ねてきたら隠れて監視してきた意味とはなんだったのか。

「人に頼まれたんです、珍しい刺青の男の情報を集めてくれと」

少し迷って、私は嘘を吐くことにした。出来るだけ当たり障りのない、なんだと諦めてくれる様な事情を咄嗟に練り上げる。

「誰に」
「父の知り合いだという人から」
「名前は」
「確か、カズオさんだったと思います。 いつもおじさんとしか呼んでいなかったので自信がありませんが…」

辺見さんの苗字は珍しいから、下の名前を借りることにする。
この私の嘘から足が付く様なことになれば、あの温厚な人は私を殺すのだろうか。殺すのだろう、嬉々として。

「何故探している」
「さあ…久々に会いたいからとか、そういう理由だと思っていました。 古い友人を探しているということでしたから」

アイヌの金塊の在処を示すという暗号。それを身体に刻んだ人間は二十人余りいると聞いているが、ここは一人だけなのだと思い込んでいる芝居を打つ。いや、それ以前に刺青の意味などまるで知らない振りをしなければ。

「ふうん」

気の無い返事だが、その視線はじっと私を捉えている。それから無人の店内をぐるりと見回し、店の戸口を振り返る。まるで誰か探している様な素振りだが、今この店には私しか居ないのに何を感じ取ったのだろう。
…監視されているという辺見さんの言葉が脳裏に過る。
もしかして誰かしらの視線を、気配を気取ったのか。

「気に入った物がありましたか」

しかし素知らぬ振りを、壁にかけられた毛皮を物色しているのだと勘違いした振りをする。
いいやと首を横に振るその人の視線が私に帰って来て、沈黙が降りた。

「また来る」

が、何を言われるのだろうと戦々恐々としていた私を嘲笑う様に、その人はあっさりと踵を返した。無駄の無い足取りでさっさと店を出て行く後ろ姿を唖然と見送って、残された言葉を反芻する。

「…またって、どうして…」

翌日、私は店の主人に頭を下げて暇を貰った。こんなあからさまに逃げては怪しまれるだけだと分かっていても恐ろしくて駄目だったのだ。父に会うまで、捕まるのも死ぬのも絶対に出来ない。

「成程。 だからあんなに途方に暮れた顔で歩いていたんだな」

焚火の向こう側、アイヌの少女が大きく頷く。
彼女は毛皮商のところで働く間に知り合った顔の一つであり、今は頼もしい旅の導き手となっていた。アシリパというその名前には、未来という意味があるのだとか。
そしてその傍らには精悍に歪な十文字傷をこさえた偉丈夫の姿がある。退役軍人なのに未だ軍人さんの格好をしている彼は杉元さんと言って、アシリパちゃんとは金塊を探す仲間なのだと言う。

「その軍人、多分第七師団の兵士だろうな。 逃げて正解だったと思うぜ、かなみちゃん。 俺なんか掴まって尋問されたから」

言って頬の傷を指して笑う姿は朗らかなものだが、これが敵を前にすると一転して悪鬼も斯くやとなるのだから分からない。今まで通り彼女、アシリパちゃんに敵対することがなければいいのだろうが、父と彼女、どちらを優先するかとなれば答えは決まり切っている。まあ、そんな究極の選択を迫られる状況にならないことを願うばかりだが。

「しかしかなみちゃんのお父さんねえ…俺も脱獄した奴らの顔を全部知ってるワケじゃないが、少なくとも監獄の中じゃ似てる顔は見なかったぜ。 本当に似てるの?」

私の直ぐ横に座り、暫く難しい顔で黙り込んでいた白石さんが口を開く。
彼は父や辺見さんと同じく暗号の刺青を身体に刻んだ脱獄囚で、今はアシリパちゃんや杉元さんと手を組んで金塊を追っているらしい。杉元さんは彼に気を許しちゃだめだと言うが、その締まらない振舞を見ているとどうにも毒気が抜かれてしまう。

「はい、私は似てると思ってます」

写真が無いので示しようがないが、私は父の面影を濃く残す自身の顔が好きだった。父の知り合いに会えば先ず間違いなく似ていると言われることも気に入っている。
だから父の足取りを追おうとするなら、私の顔が道標になる。
小樽の街で出会ったアシリパちゃんと杉元さん、刺青人皮を追う二人に自らを売り込んだ文句に嘘は無い。少なくとも私は父を探す手掛かりにはなれる。
そしてそれ故に私は第七師団に捕まってはならないということが、アシリパちゃん達と行動する様になってから分かった。
第七師団の人達は金塊の独占を狙っており、その手掛かりである刺青人皮を持つ囚人達を殺すのに躊躇いが無いと言う。寧ろ殺すことで管理しやすくしたがっている節があるとは杉元さんの読みだった。

「何にせよ、どうにかして鶴見中尉より先に見つけよう。 もしかしたらお父さんはかなみちゃんのこととっくに見つけてて、話しかける機会を窺ってるかも知れない。 今まで通りあちこちに伝言を残しておく方法が良いと思うよ」

杉元さんは無実の罪で投獄された父にいたく同情してくれていて、見つけても絶対に殺さないと約束してくれた。所詮口約束ではあるが、それに私がどれ程安心したことか。
父にこの二人、いや三人は信用出来る人達だから安心してという言伝を小樽の知り合い数人に託してきた。脱獄囚の人達は小樽に行けという指示を受けていたらしいから、きっとどこかしらで拾ってくれると信じている。
…そう、信じていた。

「もう直ぐトンネルが開通するってよ」

川の向こう、聳える堅牢な外壁の向こうに網走監獄はある。父と面会する為に何度も通った場所だが、こうして裏手から忍び込もうという意思を持って見ているとどうしようもない不安が込み上げて来ていた。
今、杉元さん達がその壁の下を潜り抜ける為のトンネルを掘っている。
鮭の獲れるこの時期でないと出来ないその掘削作戦は白石さんが練り上げたもので、当然力作業だからと私やアシリパちゃん、インカラマッさんは近くのコタンで支援に回されている。
そしてもう一人、男手ながら掘削作業に参加していない人が、今私の傍らに居た。

「結局アンタの親父さんは影も見えなかったな」

尾形さん。どういう事情があってかは知らないが、第七師団を、鶴見中尉の元を抜けて私達と行動を共にしているこの人は腕の良い狙撃手だ。狙撃するに当たって大事な指先を痛める訳にはいかないからと、私達と同じく支援に回されている。
私は、この尾形さんが苦手だった。
なのに尾形さんは気が付けば近くにいて、何かにつけて父の話題を振ってくる。まるで私が不安がるのを楽しんでいる様に。

「アイツら、今は仲間面してるが金塊の在処が分かったらそっちを探しに行くぞ。 第七師団はその後を死に物狂いで追ってくるだろうな。 で、アンタは親父さんとの再会が最優先だから当然ついてくるワケにはいかねえ」

この人が言わんとしているところは分かる。
網走監獄でアシリパちゃんがのっぺら坊と会って、実際にお父さんだったのなら金塊の在処を伝えられるだろう。それさえ分かれば杉元さん達に刺青人皮を追う理由はなくなり、私が求めるものが金塊でない以上、彼らとは別れるしかない。

「…なにしょぼくれてんだよ、いいじゃねえか。 第七師団の追跡が無くなれば親父さんとは大手を振って会える。 元居た町で待つことも出来るだろ」

旭川は第七師団のお膝元だ。早々父がうろつけるとは思えない。腰を据えて待つならやはり小樽の方が良いだろう。

「尾形さんも行くんですか」

返事を待たれる沈黙が痛くて、けれど求められている返答をするのが悔しくて話を逸らす。そろりと見上げた先で、尾形さんはきょとりと目を瞬かせていた。

「…そりゃどっちの意味だ」
「え?」

どっちとは何だろう。今私が投げかけた問いに何か含むところがあったかと自問するが有る筈も無い。
尾形さんも金塊を追って行くのかと、それだけの意味でしかない。
…数歩離れた木陰に立っていた尾形さんが、こちらへ近付いてくる。
川の只中で鮭漁に励む谷垣さんとキロランケさんが遠く見えていたのに、尾形さんが私の目の前に立ち塞がったことで見えなくなってしまった。

「俺がどっちに行くか、気になるのか」

見下ろす瞳は黒々として底が見えず、善くないものを覗いてしまった時の背徳感が背筋を舐める。一歩退こうとしても木に凭れ掛かっていた私に後は既に無く、木と尾形さんの間で立ち往生することになった。

「…ついていってやろうか」
「、」

口を開こうとして止めるのを五度繰り返し、六度目も同様になるだろうと油断していた私の耳にそんな言葉が届く。何処にと訊き返そうとするが、眼と鼻の先まで迫る異性の顔に怖気付いて息を呑んだ。

「別に、俺は金塊が必要なんじゃない。 だから、まあ…お前がどうしてもって言うならついていってやる」

尾形さんの目的が金塊でないことは何となく察していた。他の人達が真っ直ぐな所為か、尾形さんの異質さは常に際立ち、どうしたって目についたから。
じゃあ何が目的だったのか、その真意が気にならないと言えば嘘になる。しかしそこを追及して応えられてしまったら取り返しがつかない気がした。この人にそこまでさらけ出させたきっと逃がして貰えない。

「でも、尾形さんがいないと皆きっと困ります」

尾形さんの銃の腕は頭抜けている。杉元さんや土方さんさえ警戒しながらも当てにしている節があり、今回の網走監獄の潜入でも後方支援を一任されている程だ。

「どうだか。 居なくなって清々するんじゃねえか」

…皮肉げに口の端を釣り上げて嗤う姿に既視感を憶える。この人の、この素直じゃない笑い方は今までも何度も見て来たが、その度に覚える既視感は未だ解明出来ていない。

「…今答えないとだめですか」

本当は正直に要らないと答えたかった。けれど潜入直前のこの大事な時期に、どんな些細なものであれ罅を入れる様な真似は憚られる。なんとかはぐらかして誤魔化さないといけなかった。
尾形さんが一歩引く。恐る恐る見上げると、薄暗いままに爛々と輝く瞳に捕まった。

「決行する日が決まったら、その前夜に答えを聞きに行く。
…大丈夫だ、俺はお前を拒まない」

それは初めて聞く、尾形さんの優しい言葉だった。



自分がこれ程真っ当な恋をするとは思っていなかったと改めて感嘆しながら、尾形は小さな手を引いて夜の森を走る。足元に気を付けながら後方を窺えば木々の合間に松明の灯りが見えて、しかしこちらの物音に気付いた様子は無い。いや、聞こえていてもこの暗闇で、鬱蒼とした森の中で音の方向を特定するのは容易ではないだろう。
今夜、網走監獄への潜入作戦は決行された。
前夜にもらえるはずだった彼女からの返答は、互いが準備に奔走していた為にまだ貰えていない。仕方なしにコタンで待機するはずだった彼女をこっそり狙撃地点まで連れ出したが、狙撃に影響が出るといけないからと今度は自ら先延ばしにさせることになってしまった。
彼女からの返答が待ち遠しくて仕方ない。一緒に来てくれと望んでくれるなら、樺太からトンボ返りしても良いと本気で思っている。
あの日、珍しい刺青を探す女が居ると言う話を聞いて小樽の毛皮商を訪ねた日のことを思い出す。
てっきり脱獄囚の誰かの情婦だろうと思って訪ねた先、思いの外若い女がそれだと知れて驚いた。年若いのに少し草臥れた風情が妙に色っぽくて、けれどきっちりと着込んだ小袖と羽織る褞袍は野暮ったい。男に惑う女にも、金塊を血眼で欲する輩にも見えずに戸惑った。
その日は一先ず探りを入れるだけで帰ったが、調べてみて成程と納得した。
彼女は脱獄囚の一人である、ある毒殺犯の娘だった。一貫して容疑を否認する彼は反省の色無し、再犯の可能性有りとされたことから網走監獄に投獄された様で、実際に無実であったなら無力な一般人でしかないだろう。脱獄したい一心で刺青を入れたことは想像に難くない。
ならばきっと娘の近くに現れるはずだと張りこもうとして、しかし彼女があの日の翌日に辞めていたことを知る。住んでいた長屋も引き払って足取りは追えず、彼女が頼れる様な親類は父親の投獄に伴い絶えている。元々住んでいた旭川にも戻っていないと来ればお手上げだった。上司である鶴見に報告だけしたこの直後、尾形は杉元から手痛い反撃を受けて数ヶ月の入院生活を送ることになる。

「いつか報告にあった脱獄囚の娘だが、彼女は杉元達と行動を共にしている様だぞ」

漸く固形物を食べられる様になった頃、見舞いと称して釘差しに現れた鶴見から齎された情報に目を瞠る。
どこでどういう縁があってそういうことになっているかは分からなかったが、金塊を求める理由がある杉元と手を組んだのならこの先行き会うこともあるだろう。その時に彼女の知らぬ真実を暴露してやるのも面白いとほくそ笑んだ。
彼女は知らない。
自身が熱を出して寝込んでいたのは一日では無く二日で、父親は薬を調達してくると言って看病を隣人に任せていた時間があることを。隣人はその時間を丸一日と証言しており、馬があれば苫小牧まで行って帰ってくることが出来る。
彼女が父親を無実と信じている根拠は半日程度では犯行が出来なかったという認識にある。本当は自分の時間感覚が熱で朦朧として曖昧になっていたと知ったら、それでも尚、父親の無実を信じることが出来るだろうか。

「杉元ものっぺらぼうも死体を確認してきた。 間違いなく死んでる」

悲痛な声を上げてアシリパの小さな身体が傾ぐ。白石がそれを支えるのを眺めながら、尾形は未だ手を握り込んだままの彼女を振り返った。
彼女は知っている。
自分が物見小屋の上で何発か発砲したことも、杉元達の死体を検めていないことも。
蒼白の顔は驚愕と恐怖を湛えて尾形に向いている。それに穏やかに笑いかけて乗り込む舟は小さく、最後に乗り込んだ尾形達は端に寄るしかなかった。

「なんで、あんな嘘を」

震える声が責めてくる。波音に掻き消されてしまいそうな小さな声は、直ぐ傍の尾形にしか届いていないだろう。

「俺は誰かの親父さんと違って正直者なんでね。 これが誠意ってやつさ」

彼女の父は娘の誤認を知っていて放置した。故に尾形も彼女の父親は無実の人間などではなく、間違いなく手を汚した人間だと確信している。
真相を知った時に寄る辺を失くし、呆然とする彼女が唯一縋れる存在になりたい。旅の中で幾度も見せられた、父を信じる彼女のひたむきさが全て自分に向けられる日が待ち遠しい。

「前にも言ったが、俺はお前を拒まない。 お前も、お前の望むものも護ってやるよ」

しかし、例えば彼女が真相を信じず、受け容れないのだとしてもそれはそれで良いと思っている。彼女より先に父親を探し当てて撃ち抜いてやればそれだけで事足りる。もう誰も、彼女に彼女の望まない真実を突き付ける者は居なくなる。一生お蔵入りだ。

「さあ、どうする」

外套の内側へ引きずり込んだ身体は震えている。嗚呼護ってやらなければとこみ上げてくる心地が何と呼ばれたものか、尾形はまだ知らなかった。