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宮野さん、寝落ちる

「初めまして、シェリー」

バーボンですと言いながら差し出された手はなんなのだろう。家に帰ることも出来ず研究所に泊まり込むこと三日目、私がカンヅメ状態であることを聞きつけてやってきたスコッチについていたおまけは随分と小奇麗な青年だった。

「ほらシェリー、握手しようって。 このサンドイッチ作ってくれたの、バーボンだぞ」

およそ三十時間振りの固形食物を齧る手が止まらない。手を差し出した格好のまま困り顔の相方を見かねたらしいスコッチに手を取られる。使い捨てにも関わらず柔らかい肌触りのお手拭きで掌まで綺麗に拭われたならこうするしかないだろう。

「御馳走様、とっても美味しいです」
「うん、先に挨拶しような」

触れた掌は可愛らしい顔立ちとは裏腹に随分と硬い。苦笑交じりに握り返す力はきちんと加減されたもので、毒の無い容姿と言いこれは多分ジンに嫌われるタイプだと直感した。そう言えばバーボンと名乗っていたか。そうか、彼が噂のバーボンなのか。初めて正面から顔を見た。

「初めまして、バーボン。 お噂はかねがね」
「えっ、どんな噂ですか? 変な話じゃないといいなあ」

握り合った手を一頻り上下させて離す。爽やかな、けれど明らかな愛想笑いはライの立ち姿と同レベルで隙が無い。だめだこれ私も嫌いなタイプだ。多分。

「ジンやウォッカがしょっちゅうここで愚痴っていくからね。 底意地が悪いの、あいつら。 能く出来る新人相手じゃ叩き様が無くて地団駄踏んでる」
「はは、怖いなあ。 そんなにしょっちゅう言われてるんですか、僕?」

心にも無いことをさらりと口にして見せるあたり実に手慣れている。こういう手合いとの腹の探り合いは何より大嫌いなので、手軽に情報を引き出せる馬鹿と思ってもらった方が余程気楽だろう。と言うかスコッチにいくらでも情報を渡すから直々に来るのはご遠慮願えないか。

「褒めてんだか貶してんだかよく分からないことばっか言ってるよ。 ちょっと顔がいいから調子に乗ンなよとか」
「おや、僕の前じゃガキ臭い面だとしか言ってくれないのに。 ちなみに貴女は僕の顔、どう思います?」
「うっざ」
「こら」

悪い評価を貰うとは露程も思っていない笑顔での問いかけについつい本音が漏れた。スコッチに小突かれるのを甘んじて受け入れる。バーボンはと言えば間髪入れずの悪態に流石の笑顔も崩れたが、瞬時に直されてしまった。作り慣れ過ぎだ、形状記憶合金か。

「まあ俺も今のはうざいと思ったけどな」
「でしょ?」
「僕嫌われ過ぎじゃないですか?」

が、その合金を相棒のスコッチが打ち砕く。情けなくハの字を描く眉の方が余程好感が持てるのだが、まあうちの組織から標的にされる人間には先程の合金笑顔の方が好かれるだろう。あからさまな媚びが分かり易くて良いとばかりに胸襟を開いてくれる。SPを侍らせているのは一種のステータスで、実はそこまで危機感を抱いていないのが殆ど。それはそれはちょろいだろう。

「仕事相手には好かれるんだからいいんじゃない」
「かと言って仕事仲間から理不尽に嫌われるのは困りますよ…と言うかシェリー、貴女よく食べますね? 足りますか?」

会話の合間にも決して止まらない私の手元口元がとうとう見咎められた。研究にかかりきりの間も小休憩と称してゼリー飲料みたいな手軽な栄養摂取はしていたが、やはりこういうきちんとした食事の体を成した物でないと食べた気にはならない。普段なら残したであろう量のサンドイッチも今や三切れを残すばかりとなり、それに気付いたバーボンは目を白黒させていた。

「普段からまあ食べる方だけど、確かに今日はちょっとすごいな。 あんまり一気に食べると腹下すぞ?」
「大丈夫、トイレ直ぐそこだから」
「…スコッチの言い方も大概ですけど、シェリー、貴女のその返しも大分アレですよ…」

呆れましたと言わんばかりの溜め息にスコッチと顔を見合わせる。大概だのアレだの、もっと具体的に言ってくれないと分からない。普段から察しが良い方ではないが、カンヅメ三日目の今は特に駄目なのだから気を遣って欲しい。

「で、用件はなに?」

最後の一切れを食べ終えて煎茶を啜る。満腹による多幸感がバーボンに対し生まれた苦手意識を和らげてくれている今なら、多少のお喋りには付き合えそうだ。と、今度はバーボンとスコッチが顔を見合わせている。何を驚いているのだろう。

「サンドイッチを届けに来ただけ、とは思わないんですか?」
「思わないけど」

バーボンのことは以前から聞き知っていたが、実際に顔を合わせるのは今日が初めてだ。任務の協力要請に応えたとかそういう経緯も無い。そういう初めて接触しようと言う人間への思いやりだけで動く人間では無いことは、この十数分のやりとりだけでよく分かった。ライの様に目的があって自分に取り入ろうとしている、この確信で間違いない。そして何よりも。

「そんな親切を本心から出来る様な人間がこんな組織に入るワケない」
「―――言いますね。 スコッチから聞くに任せず会いに来て正解でした」

薄皮一枚剥げた、様な気がする。わざと明るく張らせていたらしい声音が幾分か低くなり、研究室内をそれとなく、しかし注意深く見回していた視線がこちら一点をひたと見据えてくる。中々の威圧感だがこれが地とも思い難い。演技臭いなと思ってしまうのは少々穿ち過ぎだろうか。

「スコッチ経由で受け取りましたよ、例の試作品。 貴女の想像の通り、どんなに理由をつけてもジンは僕らに回してくれなかったので助かりました。
 で、何故彼の意向に逆らうと分かっていて寄越してくれたんです? 貴女とジンの関係が良好でないことは聞いています。 でもそれはあくまで個人同士の範囲内。 命令となれば違反したことの無い模範生である貴女が、何故?」
「長い。 一言で」

は、とバーボンの目が点になり、スコッチが思い切り噴き出す。だってむり、最初の三文字以降頭に入ってこなかった。寝そう。仮眠室へ行かせて欲しい。

「え、ちょ、寝ないで下さいよ!? 腹が膨れたら即眠くなるって子供じゃないんですから!! 答えて下さい!」
「すこっち」
「おーよしよし。 あのな、なんでこの試作品俺達にくれたのか訊きたいんだ。 毒なんか作りたくないって言ってただろ?」

瞬きの為に一度瞼を閉じるだけでもう離れないのではないかと危惧するくらい、眠い。寝起きの凝りを考えると恐ろしいが、このまま机に突っ伏して眠ってしまいたい。スコッチが頭を撫でてくれる手つきがたまらなくきもちよくてほんとむり。なぜわたしたって、だからそれは。

「のっく」
「―――ん?」
「だから、じょうほうを…ここ、つぶして…」
「シェリー、おい、起きろ」
「……ゼロ」

すこっちのこんなこわいこえ、はじめてきいた。