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初めまして?

指定された駅は、かなみや月島の住む町からそう離れていなかった。普段使用しない路線に乗り換える緊張感はあったが、先導してくれる月島が勝手知ったるという風に進むので不安は無い。

「次だぞ、かなみ」
「うん」

休日の昼前、車内は随分と空いていた。かなみを席の端に座らせた月島は、車内アナウンスを聞いて準備を促す。
古潭駅。駅前のロータリーはゆったりと広いのに、人影は随分少なかった。

「改札前で佐一さんとアシリパさんが待ってるって」
「そうか」

傷んだコンクリートの階段をゆっくりと登る。踊り場を一つ設けて、更に十三段が築かれたその上に改札はあった。木製の扉の車掌室の前にある最新式の改札にICカードを押し付け、辺りを見回す。杉元もアシリパも目立つ容姿だから直ぐに分かるはずなのに、姿が見えない。

「あの待合室の中じゃないのか」

月島が指したのは待合室というプレートが掲げられた、ガラス戸の一室だった。成程、この中にいても確かに改札前と言える範囲だろう。ひょいと覗けばやはり二人はそこに居た。

「佐一さん、アシリパさん!」

ガラス戸を開け、大きな声で二人を呼ぶ。何故だろう、会うのは二回目なのにその姿を見るだけで胸が弾んで仕方ない。

「! かなみ!」
「かなみちゃん!」

長椅子に座り足をぶらつかせていたアシリパが、こちらを視認した途端ぱっと駆け出してきてくれた。続く杉元は間違ってもアシリパを蹴らないようにだろう、先行する彼女とは少し距離を置きつつ早足でやって来る。

「かなみ! 来てくれたんだな!」
「ぐっ」

駆けてきた勢いを殺さぬままに飛び付いてきたアシリパを抱き留めたものの、容易く後ろへ傾いでいく己の身体を律することが出来ない。しかしあっと口を開けた杉元の手が届くより早く、かなみの肩を抱き留める腕と身体があった。

「大丈夫か、かなみ」
「うん、ありがとう、基ちゃん」

いちサラリーマンとしては不自然な程に身体を鍛え上げている月島にとって、かなみとアシリパの体重など軽いものだろう。かなみの礼を受けてほっとした様な微笑を見せた月島だが、その腕に抱き留められたままのアシリパには厳しい視線を寄越した。

「きみの連れの男性にならともかく、この子に飛び付くのは危険だ。 以降、控えてもらいたい」
「す、すまない、つい杉元と同じ調子でやってしまった…かなみ、ごめん」
「大丈夫だよ、もうやらないもんね?」

しゅんとするアシリパをそっと下ろし、その綺麗な黒髪を撫で付ける。二、三度撫でてやる内にその表情は元の溌剌さを取り戻し、大きく首を縦に振った。

「ああ、やらない! 杉元と白石と尾形とチンポ先生にしかやらないぞ!」
「何その先生?!?」

杉元と尾形は勿論、白石も居酒屋で居合わせた地肌の坊主と分かるが、最後の呼称に思わず悲鳴じみた声を上げていた。きちんと年齢を聞いた訳では無いが、見たところアシリパは小学校高学年、もしかしたら中学生やも知れないのに、その単語を大声で言ってしまうのはどうなのだろうと首を捻る。

「こらアシリパさんっ! 牛山先生って言わなきゃだめだよ、もうアシリパさんも子供じゃないんだから!」

かなみの反応にまずいと思ったのか、杉元が慌てて訂正に入る。窘められ、むうと唇を突き出すアシリパの手はそれでもかなみの服の裾を掴んで離さない。

「…で、かなみちゃん。 言ってた幼馴染のお兄さんってのは…」

最後にだめだからね!と柔らかい念押しをして顔を上げた杉元が複雑そうな顔をする。嘘だろうと言いたげな視線をかなみの後方にちらちら投げかける様は、まるで思いがけぬ場所で知り合いを見た様な反応だった。

「はい。 私が赤ちゃんの頃から面倒を見てくれている、」
「月島基です。 今日は妹の付添で来たまでですので、どうぞお構いなく」

あの日居酒屋で事情を話すと約束してもらったものの、衝立の向こうにはかなみの友人達が居り、他人に聞かれる状況では話したくないと五人の意見が一致した為日を改めることとなった。
家が広く、尚且つ他に家人が居ないという理由で場所は尾形の家に決まったが、そうなれば自分ひとりで行くのは心許ないというかなみの不安を感じ取った谷垣が誰か信頼出来る人間に付き添いを頼めばどうかと提案し、今この場に月島が居る。
昔から勤勉にトレーニングを欠かさない月島の身体は正しく鋼の肉体だ。かなみは幼稚園の頃、お風呂に入れて貰う度にその筋骨隆々の身体を珍しがって撫で回していた。小さかった己の指が、筋肉の隆起に挟まって抜けなくなるのが無性に楽しかったことを覚えている。
しかし、かなみがそうして月島を頼みにしているのはその身体の頑強さからだけではない。
あれは大学受験の頃だった。予備校での受講を終えればとっぷりと日が暮れているのは当たり前で、なるべく人通りの多い明るい道を選んで帰る様にはしていたが、極稀に、少しでも早く帰りたいからと真っ暗な最短距離を通って帰ることがあった。暗いと言っても帰り道は住宅街の中を突っ切っており、民家の明かりがぽつぽつと道沿いに広がっている。小走りで家まで走れば、普段の道を使うより十分も短縮出来た。
そんな横着をしたのがいけなかった。ある日見たい番組があるからと暗い道を選んで帰っている最中、ある曲がり角に差し掛かった時だった。
教科書等を詰め込んだ通学用リュックが、誰かに引っ張られる。丁度片足が地面から離れた際の暴挙だった為に容易く尻餅をついてしまい、脳天まで突き抜ける痛みに息を呑む。そうして俯き、痛みに耐えるしかないかなみの視界に誰かの靴が映り込んだ。反射材の輝きが暗闇の中で眩しい、何の変哲も無い運動靴。かなり使い込まれたそれはもうどこに穴が空いてもおかしくない。声もなくその運動靴を見つめていると、右と左、行儀よく揃えられていたその内の一本がふっと持ち上がる。踏まれるのか蹴り付けられるのか、何れにせよ無事では済まないのだと悟って目を瞑り、身を固くして衝撃に備えた。
ちゃんと明るい道から帰れば良かったと後悔してももう遅い───はずだった。

「かなみ!!!」

幼馴染であり、兄とも慕う彼の声だと直ぐに分かった。
ぱっと顔を上げると、暗闇の中、白い残像が見える。次いでごつりと重い音がして、人の呻き声と地面を擦って何かが倒れる音が同時に聞こえた。

「無事か、かなみ!? 怪我は無いか!?」

音の方へ首を動かすと、月島の顔が真っ先に視界へ飛び込んできた。両肩を掴まれ、かなりの至近距離で見る彼は必死の形相をしている。

「だい、じょうぶ」

本当は臀部が痛かったが、今この場でそれを言えば、月島は倒れ伏して呻く不審者に追撃を加えるだろう。何故だかそう確信する自分に驚きつつ、かなみは月島の胸に顔を埋める。直ぐに腰に回された腕にぎゅうと抱き寄せられて漸く、自分が襲われたという事実を認識する。月島が助けてくれたという現状も。

「良かった…お前に何も無くて、本当に良かった」

そうして恐怖と安堵で腰が抜けて立てなくなったかなみを片手で抱いたまま、月島は警察を呼びかなみの両親に連絡を入れるなど、その後の始末まで全てやってくれた。駆け付けた警官には強く殴り過ぎだと口頭注意を受けていたが、同時に警察学校のパンフレットを渡された時の顔は見物だったと今でも思う。
谷垣に信頼出来る人間をと提示され、真っ先に思いついたのが月島だったのは以上の出来事が理由だった。彼が就職した際の珍事もある。彼ならば、杉元や尾形らまで前世がどうのと言い出しても耐性があるだろうと。
が。

「月島軍曹がかなみちゃんの幼馴染って、どういうことお?」

そういう展開は予想していなかった。