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回想・恋

誘拐犯と被害者が再び道行きを同じくするとは、何とも奇妙な縁もあったものだと尾形は嗤う。
不死身の二つ名を持つ男とアイヌの少女に構われて、尾形が浚い出してきた少女は屈託なく笑っている。どうやら自分から逃げ出した足で二人に保護されたらしく、会って間も無いだろうに無邪気に懐いていた。喪服で義兄を迎えに来た時の様な、墓土に似た湿っぽさはもう無い。

「花沢少尉殿の納骨はもう済まされたのですか」

旅路を共にして直ぐの頃、敬語も敬称も要らないと言われてはいた。それでも時折態と使ってやるのは、彼女が「花沢かなみ」であると突きつけてやりたかったからだ。杉元やアシリパに「日鳥かなみ」として扱われる彼女は全く見知らぬ人間の様に思えて、気に入らなかった。

「姉さんが、離さなくて」

暫しの沈黙の後、彼女はか細い声で答えた。焚火の赤に照らされているにも関わらず、宵闇に消え行ってしまいそうな風情は初めて会った時と同じだ。喪服のあの少女が目の前に戻って来た様で、尾形は思わず手を伸ばす。
が、その手は届かない。

「てめえ、思い遣りってもんがねえのか」

不動明王も斯くやと杉元が聳えた。
この時だけでは無い。杉元は事有る毎に尾形とかなみの間に立ち塞がり、尾形から彼女を遠ざけた。
赤の他人のくせにまるで身内の振る舞いで庇護するその姿にも、周囲がそれを当たり前の様に受け止めていることも酷く尾形を苛立たせた。
けれど尾形はそれを解消する術を知らない。杉元を殺すかかなみを隠すかしか思い浮かばない頭で、悶々と旅を続けた。こんな旅の最中でさえ無かったらどちらも直ぐに実行出来たものをと歯噛みしながら。
代わりにとばかりに、アイヌに成り済ましていた脱獄囚達を撃ち抜いて行く。囚われたアシリパを求めて飛び出していった杉元が討ち漏らした者、怖れを成して逃げる者を淡々と。
一発撃つごとに腹の底に凝っていたものがすうと溶けて行く。
傍らにかなみがいるのも良かった。どこで調達したのか、木刀を静かに構える姿にそう言えば剣術が使えるのだったなと思い出す。万一背中から忍び寄る者が居れば打倒してくれる気らしく、チセの戸口を睨む張り詰めた横顔はいじらしかった。
やがて屠殺が終わり、文字通り死屍累々となったコタンの中を連れ立って歩く。
あの「不死身の杉元」に一撃必殺を狙われた脱獄囚達はまともな死に姿では無い。しかしまだ人の姿を保てているだけマシだと、日露戦争から生還した尾形は思う。最早肉片としか呼べない姿になった者らを多く見て来た。
しかしそれでも、戦地を知らない者にとっては十分凄惨な光景だろう。案の定蒼白になっているかなみの視界を塞ぐよう、外套の下へ招き入れる。軍服の裾を掴む手に己の手を重ねてゆったりと歩き出した。

「護ってやるから離れるなよ」

つるりと己の口から零れた言葉に、誰あろう自分が一番驚いた。握り込んだ小さな手がじわじわと熱を帯びていく。このままどこかに隠してやりたいと湧き上がる衝動が何と呼ばれるものか、この時の尾形にはまだ分からなかった。
己の中に病魔の如く巣食うその正体が判明したのは、空の上だった。
第七師団に捕まった白石を奪還し、兵営内に踏み込んで飛行船を奪い空へと逃げる。身の置き場が骨組みの上だけとあって不安がる彼女が余りに震えているから、いつか手を滑らせて落ちるのではないかと見ていられなかったから。己の身体と、手に入れたばかりの最新式の小銃で挟み込む様にして抱きかかえた。胴に回る腕の震えはやがて止み、戦慄いていた唇からは安堵の溜め息が漏れる。

「ありがとうございます、尾形さん」

それは彼女が初めて自分に向けた、自分の為だけの笑顔だった。
安堵に蕩ける身体が体重を預けてきて、服越しの胸に寄せられる柔い頬に血の気が戻る。嗚呼と頭を抱えた。

「おまえにきめた」

ぎゅうと抱き締めた身体からは、酷く甘い匂いがした。