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きみのこと

「では改めて。 月島の為にも各自、名乗った上でかなみとどんな関係にあったか改めて説明していくとしよう。 最初は…そうだな、やはり杉元からだ」

一頻り騒いだ後、場を仕切り直したのはアシリパだった。ぱんぱんと紅葉の様な手で凛々しい音を立てて注意を集め、一同の顔を見渡す。杉元と、恐らく自身とどちらが先に語るかで迷ったのだろう。しかし直ぐに杉元を名指しし、一同の意識は自然と彼に誘導された。

「任せてアシリパさん、ちゃんと昨夜の内に纏めてきたからね。 まあ月島ぐ…じゃなくて、月島相手にももう自己紹介は済ませたけど一応。
 俺は杉元佐一。 前は戦争で死ななかったから、今は柔道で負けなしなんで不死身の杉元なんて呼ばれてる。
 前世…って言うとなんかちょっとやっぱ恥ずかしいな…ともかく、前のかなみちゃんとは一番長い付き合いだったんだ。 俺は軍人で、かなみちゃんは軍の駐屯地近くにある大店の奉公人。 俺達みたいな一介の軍人でもちょっとした贅沢品が手頃な値段で手に入れられる店ってことで人気の大店だった」

杉元曰く。
かなみはそこで看板娘を張る様な器量では無かったが、その素朴さが郷里に残してきた姉妹を思い出すと人気の売り子だったらしい。少ない手持ちをやりくりして自分の楽しみを買いに来るはずの兵卒が、かなみの喜ぶ顔見たさに甘味を手土産にやって来るなど珍しいことでは無かったとか。

「お前の甘味好きがその頃からの筋金入りだったとは…」
「基ちゃんうるさい」

月島の呆れた様な視線を悪態で跳ね返す。
杉元はそれに苦笑しつつ、話を続けた。

「俺の親友で寅次って言うのが居たんだけど、そいつ、店先にいるかなみちゃんを初めて見た時にいきなり号泣しちゃってさ。 あの時は俺もすごく驚いたけど、かなみちゃんはもっと仰天してたな。 理由を聞いたら、かなみちゃんが郷里に残してきた娘にすごく似てて一気に里心が湧いてきたんだと。
 そんなことがあったからかなみちゃんは一発で寅次の顔を覚えて、一緒に居た俺のことも覚えててくれた。 そっから店に行く度に何かと立ち話するくらいには仲良くなって…戦争が終わるか、満期除隊で郷里に帰れることになったら、寅次の娘ちゃんを一緒に見に行こうって約束したりしてさ。 まあその前にかなみちゃんは北海道に行っちゃったんだけど」

あの居酒屋で出会った日にされた説明よりも詳細なそれに、そうだったのかと新鮮な心地で納得する反面、脳裏に蘇る映像がある。
まだ顔に傷の無かった杉元と、真っ赤な眼で鼻水を啜りあげる立派な体躯の誰か。その丸い目に優しく見つめられていたことがあった気がする。それこそ我が子に注ぐ様な暖かい眼差しを思い出して胸が痛むのは、白い骨壺の映像が示す通りなのだろうか。

「かなみちゃん、気弱そうに見えて結構頑固で図太くて、でも俺の知る限りいちばん優しい子だったから。 きっと何処に居たって幸せでいてくれてるって、信じてたよ」

男らしい端正な顔立ちをしているのに、酷く柔和に笑んでみせる杉元の口元には笑窪がある。よく笑う人なのだろうと、かなみは知らず安堵していた。彼が眉一つ動かさず返り血を浴びる様などもう見たくない。

「へーえ。 かなみちゃんと杉元って随分仲良いよな〜とは思ってたけど、そういう仲だったワケね」

白石の声は独り言にしては大きく、けれど素直な感想を口にしただけという体の自由さに苦笑が漏れる。白石のこの人懐こさは天賦の才だろう。白石の言葉に大きく頷いたアシリパがおもむろに口を開く。

「ああ、だから杉元はかなみが尾形に誘拐されたと知った時、あんなにも怒ったんだ」
「ゆ、」

誘拐。まさかの物騒な言葉の登場に、かなみは思わず言葉を失くした。
傍らの尾形をぱっと見上げてみるが、顔色どころか表情すらしらっとして何ら変化が見られない。寧ろかなみの視線に気付くと、どこか嬉しそうに口元を緩めて指先で頬を撫ぜてくる始末だ。
と、不意に項がちりと焼ける様な気配を感じた。酷く覚えのある殺気に後ろが振り向けなくなる。

「誘拐とはどういうことだ」

本日二度目の、本気の怒りの籠った幼馴染の声だった。ひえと白石の悲鳴が上がる。そしてその問いに答えたのは尾形当人ではなく、語り部の杉元だった。

「かなみちゃんはお姉さんの嫁ぎ先に養子として迎え入れられて北海道に移り住んだんだが、その先でそこのクソ尾形に目を付けられちまったんだよ。 惚れた女を浚い出すなんて言えば聞こえはいいが、やってることは完全に強盗か山賊だからな分かってんのかオイ」
「聞こえも良い訳あるか!!!」
「はい、仰る通りです」

月島の最もな怒号を受けて杉元がしゅんと項垂れる。かなみの髪を指にくるくる巻いて遊んでいる尾形は、自分が原因だというのにそちらには目もくれない。本当に興味が無いのだろう。何と咎めたものか、かなみは言葉に困る。
と。

「では次は私だな」

そう声を上げたのはアシリパだった。気合の咳払いと共に姿勢を但し、かなみと月島の方へくるりと身体の向きを転換させる。尾形を挟んで真っ直ぐに見つめてくる藍色の瞳は溌剌と輝いていた。

「私はアシリパ。 本名は小蝶辺明日子だが、アシリパと呼んでくれ。 その方が馴染みがある。
 前の私達が出会ったのは、尾形から逃げてきたかなみを、私が山中で見つけたことが切っ掛けだ。 放っておいたら直ぐ死んでしまいそうな貧弱な見た目に反し、中々気骨のあるかなみとは直ぐに仲良くなってな…杉元の知り合いということもあって暫く共に旅をするのに抵抗は無かった。 楽しかったぞ、本当だ」

きっぱりとした語り口は聞いていて気持ちが良い。更にその中身が、若干引っかかりはあれど自身を褒めてくれる内容であるなら尚更だ。

「かなみとは旭川で別れる予定で旅をしていた。 しかし道中で色々あってな、結局は樺太まで着いて来て…最期まで私と共に居てくれた。 金塊に興味なんか無かったのに、何度も恐ろしい目に遭ったのに、私のことが心配だからとそれだけでお前は共に来てくれた。
 まあ、尾形が逃がさなかったというのもあるが」
「だからなんなんだその男は」
「基ちゃん落ち着いてやめて拳構えないで」

アシリパがあまりに感慨深げに語るのでしんみりとしていた空気が、その最後の一言で一変する。
膝で立ち上がりかなみの向こう側にいる尾形を鋭く睨みつける月島の拳を両手で包み、必死に取り押さえるのはやはり被害者と暴露されたかなみ自身だった。かなみに宥められては拳を振り上げることも出来ず、月島は渋々と再び腰を下ろす。

「かなみは本当は網走で第七師団に捕まった杉元の為に残ろうとしたんだ。 それを尾形が許さず、かなみを力尽くで取り押さえて舟に乗せ、樺太へ連れて行った。 私が間に入れたら良かったんだが…あの時は私も少し、色々あって…止めることが出来なかった。 白石も居たが、白石が役立たずなのはいつものことだし…」
「アシリパちゃん酷くない!? あの時は俺だってちょっと頑張ったんだよ!?」

アシリパの放言に、白石が待ってましたとばかりに声を上げる。声の悲痛さとは裏腹に顔が少し笑っているのは、悪意から詰られているのではないと分かっているからだろう。

「あ、俺、白石由竹。 脱獄王ってネットで検索すると前の俺について色々出て来るから、ま、暇があったら見てみてくれや。
 前のかなみちゃんともとーっても仲良かったから、今度も仲良くしてくれると嬉しいな〜って痛って!!! 尾形ちゃん止めて蹴んないで!!」
「嘘こいてんじゃねえよバカ石が」

どうやらテーブルの下で小競り合い、否、虐待が行われているらしい。蹴られたらしい脛を抱えてくーんと鳴く白石を、尾形は呆れつつも睨んでいる。

「ホンット尾形ちゃんって何にも興味ありませんよ〜って顔しといてかなみちゃんのことになると分かり易いって言うか男らしくなるって言うか。 前ン時だって俺とかなみちゃんが仲良くしてると直ぐ銃床でド突くわ銃口向けてくるわ、俺が何っ回流血沙汰になったことか! 俺にだけなんだよ? 酷くない?」
「お前の頭殴りやすいんだよ」
「初めて言われたけどそんなこと!?」
「分かる分かる、あと握り易いんだよな」
「キロちゃん!?」

けらけらと笑うキロランケの襟首に酷い酷いと掴みかかるが、前言通り片手で頭を握られ悲鳴を上げる白石の姿は滑稽と言わざるを得なかった。まるで事前に申し合わせた様な見事な連携に、かなみはむずつく口元を抑えきれず噴き出す。

「ふふ、ふっ」

と、あれだけ自分で喚いておきながらこちらの声を耳聡く聞き取ったのか、キロランケの手から逃れた白石がぱっと振り向く。そしてかなみの笑顔を確認すると、その大きな口で半円を描いた。

「ほら見ろ! やーっぱかなみちゃん笑わせるなら俺が一番ってな! これに関しちゃ俺は杉元にもアシリパちゃんにも負けねえ自信あるぜ! な、かなみちゃん?」

ぱちんと軽やかにウィンクを決めて見せた白石の言葉に、かなみは大きく頷いた。別段笑いのツボが浅いつもりは無いが、どうにも白石を見ていると何か楽しいことをしてくれるに違いないと言う期待を持ってしまう。それに天然であれ計算であれ、応えてくれると知っているからこそついつい彼に目が吸い寄せられるのだろう。踏ん反り返る彼に誰もが冷たい視線を注いでいる光景の温度差にまた腹筋が震える。

「おいクソ石なんで俺を引き合いに出さねえ。 その弛んだドテッ腹ブチ抜いてやろうか」
「えー…いやいや尾形ちゃんはかなみちゃんのこと割と泣かしてたし怯えさせてたじゃん…自覚あるっしょ?」

言い返しつつ腹を抱え込んで庇う素振りを見せる白石を睨む尾形の眼が更に眇められる。しかしそんな尾形よりも泣かせたという単語に再び立ち上がろうとした月島を抑える方がかなみにとっては優先事項である。どちらかと言えば低血圧なのに、妙に喧嘩っ早いところのある幼馴染が自分のこととなると更に導火線を短くすることは承知の上だった。その点、腰をどっしりと据えて動く気配の無い尾形にはまだ余裕が見える。

「尾形さんと基ちゃん、足して二で割ったら丁度良いのにねえ」
「ねえ待って? 今どうしてそんな話になったの? って言うかその仮定めちゃくちゃ怖いからやめて? 目力絶対半端無いやつだよ?」
「折角足したものをまた割ってしまうのか? それでは元通りにならないか?」
「アシリパちゃんもそこじゃないからァ!」
「違うよアシリパさん、そこはミックスジュースとかカフェオレの発想で混ぜて割るってこと」
「いやいやなに冷静に訂正してんだよ杉元。 違わねえけどそうじゃねえだろ」
「白石うるせえ。 話すことねえなら黙ってろ」

くーんと白石が身を縮こまらせて鳴く。その隣で屈託なく笑うキロランケに、何故かかなみはほっと胸を撫で下ろした。