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・杉元さんを呼んでもらう

杉元さんは最初の入居者ではない。
そう判断したのは台所での様子と、出窓の鉢植えの話を聞いたからだ。
シンクにあった自分の物でない洗い物を処理していたのなら、それは杉元さんより先に台所を使っていた人がいるということ。月島さんが出張で留守にしていたことを踏まえれば尾形さんの残した形跡だったのだろう。
そして鉢植えだが、月島さんが気づく場所にある出窓というなら共用スペースの出窓だと思われる。鉢植えなんてダンボールに仕舞うものでなし、恐らく引っ越してきたその日に日当りの良さそうな場所として出窓を見つけ、そこに置いたと推測出来る。
そして尾形さんはその鉢植えを見て杉元さんが「来ると分かっていたら」と口にした。尾形さんの方が後なら「いると分かっていたら」という言い回しになるのではないか。
つまり杉元さんは最初の入居者、つまりインカラマッさんの警告に該当しない人物ということになる。
以上のことから私は月島さんに杉元さんを呼んでくれと頼み、渡り廊下でその訪れを待った。月島さんはシェアハウスのルールは守れよと苦言を呈しながらも断ることはしなくて、本当に良い人だと思う。

「…あの、杉元ですけど…」

恐る恐ると言った体の声に振り向く。がっしりとした身体を縮めながら顔を覗かせるその人は、思ったよりも怖くなさそうな人だった。

「俺に用事があるって、月島サンが」
「はい。 あの、実はひとつお願いがありまして」

事情を話す。
以前ストーカー紛いのことをしてきた男がそちらに入居したかもしれないので、妙な動きを見せるようなことがあれば教えて欲しいと。
月島さんに頼めなかったのは、ただでさえ忙しそうなあの人を巻き込むのは気が引けたからだ。

「…ふうん」

私の話を聞いた杉元さんの第一声は、なんともピンと来ませんと物語るものだった。
然もありなん、私だってこんな頼み事をされたら困る。

「無理にとは言いません、確証は無くて、私の勘違いかも知れませんし…」

インカラマッさんの占いが、お告げが外れることはそう無い。けれど当人の努力次第では結果を「超える」こともあると言っていたから、ならば私の頑張り時はここなのだろう。
私を見下ろす杉元さんの黒々とした瞳を食い入る様に見つめる。どうかこの必死さが伝わってくれる様にと。
と、不意に杉元さんの口元が孤を描いた。
朗らかさとは程遠いそれになんとなく不穏を覚えて、一歩後ずさる。

「いいぜ。 何かあったら連絡するから、連絡先教えてくれ」

言いながら差し出された物を見て面食らう。てっきり杉元さんのスマートフォンが来ると思ったのに、私の鼻先に突き付けられているそれは手帳とペンだ。
呆気にとられながら受け取って、ページを捲る。とりあえず空いたページに書けばいいだろう。
と。

「……え」

ひとつの番号とメールアドレスが走り書きされたページを見つける。対のページが空いていたからそこに書き込もうとして、つい視線を走らせた先客の内容を見て───愕然とした。
だってそれは以前使っていた私の連絡先だ。走り書き故に多少崩れてはいるが私の字だと断言出来る。
…そういえば前にもこうして手帳を差し出されて、そこに連絡先を記したことが無かったか。新幹線の中、隣に乗り合わせた人と話が弾んで、機会があれば食事でもなんて流れになって。
伸ばしてるところなんだと髪をかき混ぜる仕草を思い出す。その分厚い前髪のカーテンの向こうから覗く、黒々とした瞳も。

「ああ、もう聞いてたんだったな。 こりゃ失礼」

わざとらしいことを言いながら、杉元さんが私の手から手帳を抜き取っていく。にんまりと笑うその人の顔を今一度正面から見て、顎の左右にある縫合痕を視線でなぞる。
…私に付きまとっていた男は、警察の調べで名だけは判明していた。聞き覚えのない名だった。だから顔も分かる訳がないと、改めて知りたくないと写真を見ることを拒否したが、確か顎に特徴的な傷が出来たから覚えておいて下さいと刑事さんは言っていた。
…顎に傷。縫合痕は傷と言うのだろうか。

「ああ、この顎か? 妙な正義感で俺とお前の仲を邪魔しようとした顔見知りにこっぴどくやられたんだ。 仕返しに宿無しにしてやったらこんなとこで再会して、今度はどうしてやろうと思ったが…お前がいるなら大立ち回りはやめとくさ。 ひとつ屋根の下とも言い難いが、お前と同じ住所に住めるってのは悪くない」

この人は杉元さんじゃない。そう確信しながらも私はその場から逃げられず、どうしてオガタと聞いた時に分からなかったのかと己を責めることしか出来なかった。