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・ウソツキは月島だと思う

月島さんが嘘を吐いていると思う。
最初におやと思ったのは証言を求めた時。月島さんは真っ先に「自分より先に台所を使っている人間がいた」と示したことが気にかかっていた。
普通、自分が何をしていたかを言ってから周りのことを話すものではないだろうか。
勿論難癖と言われればそれまでだが、月島さんの証言は自分から疑いを逸らそうとしている様に思えてならない。
居もしない「一人目」を作り出そうとしている様に。

「…月島さん?」

問い質すべく月島さんの姿を探し求めていると、その後ろ姿を思いもよらないところで見つけた。
管理人室。
月島さんの姿が見えないならこの隙に証拠品を見つけられたらと、マスターキーを取りに来た先で見つけてしまった。

「どうしたんですか…?」

管理人室に鍵はない。もしもの時の為の備えが管理人室にあるから、マスターキーとかその他の貴重品をしまう金庫が厳重にしてある以外、その他は緊急時に具えて開放されている。
そこへ月島さんは何の用があるのだろう。

「…熊が出たんだろう。 銃を出しておいた方がいいんじゃないか」

振り返らない月島さんの声は硬い。
この人が小父さんに毒を盛った犯人だと思うと怖かったけれど、まだ感づいていない振りをすれば大丈夫かも知れない。そっと背に近寄って、ドアノブにかけたままだった手に手を添える。

「弾は別に保管してあって、それは小父さんしかどこにあるか知らないんです。 きっと救助の方が先に来ますから、ロビーで一緒に、」

一瞬だった。
添えていた手が絡め取られて、管理人室に連れ込まれる。暖房が切られて久しいそこは冷え切っていて思わず身体が震えた。

「賭けだった。 あの人なら感づいて飲まないんじゃないかと、それならそこまでだったと諦めようと決めていた。 でもあの人は飲んで、胸を掻きむしって倒れて…人間だったんだな、あの人も」

私の身体を壁に押し付けながら誰ともなしに語りだした月島さんの声は不思議と静かで、瞳も感情が凍った様に凪いでいる。

「なんで、小父さんを」

やっぱりこの人が小父さんに毒入りの珈琲を飲ませた犯人だったんだ。壁に縫いとめられた手がびくともしない。

「…君は、善くない男に目を付けられていた。 俺はその男から君を守る様鶴見さんから言い付けられて、暫く君のボディガードの様なことをしていたんだ」

…そんなこと、全然知らなかった。月島さんとは今日が初対面だと信じて疑わなかったし、今もその顔を見て思い出すところは無い。余程上手く影に潜んでいたのだろう。

「最初は指示された時間だけ警護…と言うか、尾行していたが、それ以外の時間も俺は自主的に動く様になった。 早い話、ミイラ取りがミイラになったんだ」

自嘲気味の笑みを浮かべて初めて、月島さんは私を見た。じっと食い入る様に見つめるその視線は、何かを探っている様にも見える。

「君が好きだ」

予想外の告白に言葉を、前後を忘れる。私が受けるべき告白はもっと血腥いもののはずなのに。

「鶴見さんは思ったよりも君に過保護だった。 俺の気持ちを気取るなり二度と近付くなと、警告を聞き入れなければ警察に言うと。 俺のことよりもあの男のことを通報すべきだろうに…告白さえ許して貰えなかったことが悔しかった」

自分の全く預かり知らぬところで二人の男性に想いを寄せられていたという、突然の暴露に先ず現実味が無い。剰え、それが原因で小父さんがあんなことになんて。

「私…小父さんにあんなことする人を、好きになんて」

なれないと続けようとした唇に口付けられる。強く押し付けられた唇は乾き切っていて、頬を撫でる手は震えていた。

「君に嫌われたら死ぬ」

わずかに離された唇から零れた言葉は脅迫だった。
月島さんの背後には小父さんの猟銃がある。弾は同じケースの中に揃えられていて、猟銃を手にするべくケースを開ければ容易く見つかってしまうだろう。
小父さんをあんな目に遭わせたこの人を警察に突き出すには、今、嘘でもこの人を受け入れなければならない。拒絶すれば最悪私も巻き込んでこの人は自決する、そういう確信があった。

「……死なないで下さい、月島さん」

月島さんの服の裾を握って懇願する。その私の返答が本心でないことを知っているかの様に悲しげに笑う月島さんの唇は変わらず乾いていて、でも酷く熱かった。