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・ウソツキは尾形だと思う

尾形さんが嘘を吐いていると思う。
でも証拠は何も無い。寄せ集めの証言の中、彼が嘘を吐いているとした方が色んなことの辻褄が合うという、ただそれだけの理由。
月島さんより先にコーヒーメーカーを使って珈琲を淹れて毒を盛り、小父さんに飲ませ、台所に舞い戻って後始末をした…というのが私の予想だ。
後は尾形さんの荷物から毒物が見つかれば証拠となる。
台所からは毒を入れていたらしい容器などは見つからなかったので、多分まだ持っていると思われる。

「…あれ? 尾形さんは?」

尾形さんを暫く自室に戻らせない様足止めすべく、お風呂の準備が出来たと告げに来たのにその姿がロビーにない。

「尾形なら毛布をとりに部屋に戻ったぞ。 直ぐ戻ると言っていたから待っていたらどうだ?」

寛いでいたアシリパちゃんの言葉を皆まで聞かず、私は走り出していた。
まずい、尾形さんに割り当てられた部屋は5メートル先に崖がある。そこへ向かって証拠品を投擲されたらもう彼を糾弾する術がない。

「尾形さん、尾形さん!? お願いします、開けて下さい!」

階段を駆け上がった先の扉をノックしながら声を張り上げる。
扉の向こうからのそりのそりと重い足音が聞こえて、薄く開けられた隙間から洞穴の様な瞳が覗いた。

「なんの騒ぎだ」

ぼそりと問われて言葉に詰まる。なんと言って彼を部屋から連れ出したものか。これ程焦って呼びに来た結果がお風呂はどうですかなんて怪しすぎる。

「あの、あのっ」
「まあ調度いい、入れ」

ぐいと手を引かれて部屋の中に引き込まれる。
…ほんの半日程しか居ないはずなのに、私に割り当てられた部屋と同じ仕様のはずなのに。私物をそこかしこに配置されたそこは、すっかり尾形さんの部屋になっていた。
中でも一際目を引く窓際のそれに、私は言葉を失う。

「あの、これ…本物じゃないですよね…?」

小父さんは山荘の管理人なんてしている以上、熊よけの為にも猟銃を所持している。普段は弾を込めていないから触ってもいいと言われているが、銃なんておっかなくて持つ気になれなかった。
その小父さんの猟銃よりもスマートで、単眼鏡に似たスコープが装着された銃がいま目の前にある。銃口はささやかに開けられた窓の隙間に挟み込まれていた。

「こんなとこまでわざわざレプリカ持ち込む訳ねえだろ」

見てろと渡されたのは双眼鏡だ。尾形さんは銃の前に置いた椅子に座り、スコープを覗いて銃口の向きを定め始めた。
まるで獲物に照準を合わせる動きだと考えて、最悪の予想が頭を過ぎる。双眼鏡を覗いて尾形さんの定める方向を探れば、そこにはある人影が。その手に握られた猟銃はきっと小父さんの物だろう。

「俺がやりたかったことをやってくれたんだ。 その礼として一思いに、苦しませずに逝かせてやる」

止めてと止める間も無かった。
ドンと腹に響く発砲音と、取り落とした双眼鏡が床にぶつかる音が重なる。直後、雪景色の中で赤がぱっと広がるのが肉眼でも見えた。
…死んだ。目の前で殺されたんだと、遅れて理解する。

「邪魔だったんだ、ずっと」

銃を構えるために前傾姿勢になっていた尾形さんの背筋が伸びる。静かな口調だけれど、抑えきれない昂りによって声が震えていた。

「紹介してくれって何度も頼んだのに、大事な娘同然の子をお前には会わせられないってその度に断られた。 酷いと思わねえか?
確かに結婚詐欺紛いのことして稼いじゃいたが、俺みてえに出自からしてケチがついてんのは金がなきゃ真っ当に嫁さんも貰えねえんだ。
…その貯め込んだ金を注ぎ込める相手に漸く巡り会えて、本気だからちゃんと手順を踏んで結婚を申し込もうとしたってのに。 あんまりだろ、邪魔するなんて」

かたりかたりと音を立てながら、尾形さんは極めて平然と銃を片付けていく。楽器を収納する様なケースに小ぢんまりと収まっていくそれを黙って見ているしか出来なくて、その銃口がこちらに向けられないことに心底安堵していた。

「なあ、俺のこと、まだ分からないのか」

ケースの留め具を下ろして、尾形さんの瞳がこちらを向く。とろりとした甘さを乗せた視線に射抜かれて、何故そんな目で私を見るのかと身が竦む。
…まさか。
今の話って私のことで、邪魔者って小父さんのことじゃ。

「電車の中で、体調悪くした俺に席を譲ってくれただろ。 降りる駅まで着いてきてくれて、その間もずっと背中さすってくれて…あの日からずっと好きだ。 なあ、俺と来てくれ、大事にするから」

そんなこともあったなとか、そんなことでこうまで惚れ込むのかとか、思うところは色々あった。
でも私が一番心配だったのは、私が断ったら、この人は何をするんだろうということ。
小父さんを守らないといけない。生きていると知られない様足止めしないと。

「…よろしく、お願いします、尾形さん…」