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「ホンット菊田次長禿げれば良いのに」

まずいところに立ち会ってしまったと足を止める。
喫煙所に隣接されたドリンクコーナー、そこには社員なら無料で使用出来る自販機がある。そこのレモンティーを飲みたくて来たのに、聞き覚えのある声が悪態を吐いている場面に思いがけず出くわしてしまった。去年の、あの忘年会前の私なら平然とその横を通り過ぎることも出来たが今は色々と状況が違う。
声の主、宇佐美くんのありありと滲み出た苛立ちの矛先は私の恋人だったから。
…自分で言っておいてちょっと不安になるけれど、ラブホに大晦日まで連泊して、開放された数時間後に元旦デートするぞと連絡が来てその日に指輪を渡されている。これが恋人じゃなかったら愛人だろう。でもあの人は未婚だから、うん。恋人でいいはず。

「僕、ずーっと狙ってたんだよあの人のこと。 それを横から掠め取って…絶対本気じゃないくせに!」

ええと。
ああ、そういえば菊田次長が言っていたっけ。宇佐美くんは私狙いだったとかなんとか。あまり本気にしていなかったけれど、今の彼の様子からすると本当だったのかも知れない。

「有古からも言ってくれない? いい加減な気持ちで人の恋路に茶々入れるなってさあ」

驚いた。宇佐美くんて有古さんと同期だったっけ。中途採用だったこともあって有古さんの年齢は掴みづらく、取り敢えず自分の同期として接していたけれど、宇佐美くんと同期になるならさぞ居心地の悪い思いをさせてしまったに違いない。先輩から馴れ馴れしくされるなんて嫌だっただろう。

「…菊田次長はそれなりに本気だと思うが」
「は? なにを根拠に?」

ぼそりと零された有古さんの言葉にすかさず食らいつく宇佐美くんの声は剣呑そのもので、私が営業部に行く度に尻尾を振って甘えてくる時の可愛さなど微塵も無い。成人男子らしからぬ甘え上手さからして素の顔は別にあるんタイプだろうなとは元々思っていたが、やはり実際に目の当たりにすると衝撃が違った。これ以上は知りたくないと踵を返した私に構わず、有古さんは切り出す。

「あの人はこれまで面倒事を嫌って社内の人間には手を出さずにきた。
 …鶴見常務の目に触れたら堪らんというのもあったとは思う。 だから、そういう人が踏み出したなら生半可な気持ちでは無いんだろう」

…言われてみれば。菊田次長は伊達男だったという評判は聞いたけれど、その毒牙にかかった女の子の嘆きは聞いたことが無い。少なくとも社内では。

「なにそれちょう迷惑」
「味方出来なくて悪いな」

そうして二人の話題がまだ変わらない為に私はレモンティーを諦め、来た道を戻る。デスクに戻る前に、この顔の火照りを冷まさなければ。