小説2 | ナノ

目の前の彼女は、困ったというように少し眉を下げた。

ああ実際困っているのだ彼女は。私が乱太郎に頼まれた手紙、明らかな恋文を差し出したら彼女は途端に悲しそうな顔をしたもの。ついに来てしまった、たとえるならそんな言葉が彼女の綺麗な顔には表れていた。横たわる微妙な沈黙で、彼女の気持ちは嫌でも伝わってきてしまう。
自身の表情も暗くなっていたらしい。彼女は気がついたように私の顔を見て、申し訳なさそうに下を向いた。

「…花子ちゃん、わざわざ乱太郎くんの手紙を持って来てくれたのになんだか…ごめんなさい。」
「え、そんな、謝らないで。あの、手紙は貰ってくれるかな。」
「もちろん貰うわ。きちんとお返事も伝えます。」
「うん。私でよければまた手紙渡しに行くから…」
「ううん。私が直接会って伝えたいの。」

きっぱり彼女はそう言った。
そうだやさしい人なのだ彼女は、彼と同じで。当たり前だ。だって乱太郎が選んだ人だもの。

「乱太郎くんは…本当やさしいひとだよね。」

彼女の言葉が私の耳に届いて、そのまま体内に入り込んで身体をからからに乾かしていく。そうだよいい人だよ、知ってるよ。

―じゃあなんで、

ぽっと浮かんだ、彼女のためにも乱太郎のためにもならない、自分本位の塊みたいな私の疑問。
それはすぐに胸の奥に押し込めて、私は彼女と同じように下を向いた。


*


気が重い。
おそらく乱太郎がいるであろう庭を前にして、ひとつ深呼吸をした。そうしてなんでもないような顔一歩を踏みだす。目当ての人物はすぐに私を見つけて、小走りでこちらに近づいてきた。

「花子ちゃん、ありがとう。」
「別にいいよ。手紙は確かに渡したからね。」

それじゃ、と踵を返したところで乱太郎に呼び止められた。どきりと、心臓が跳ねる。

「…何て言われたか当てよっか。乱太郎くんいい人なんだけどね、でしょう。」

いつもの柔らかな笑顔でそんなことを言われたものだから、思わず乱太郎を睨みつけてしまった。

「あの子はそんなこと言わないよ。乱太郎がいちばんわかってるでしょ。」
「…うん、ごめん。」

本当はこんな乱太郎の傷ついた顔を見たいわけじゃない。でもこんなとき、私は猪名寺乱太郎という人間に無性に腹がたってしまう。自分の傷を舐めてもらうために私を困らせて、なんとか良い人である自分を必死に保とうとするから。

良いだの悪いだの、そんなものは生を受けた瞬間に定められるものなんかじゃない。人の心なんてまばたきひとつする間にがらりと変わってしまうんだから。いくらあなたが誰もが認めるいいひとでも同じなんだから。なのに。

「ぼくは今知らない間に大事な人をけなそうとしてしまったね。」

それでも乱太郎はいいひとであるのだと、根拠もないくせに絶対的な自信をもって彼を信頼する私は…一体なにがしたいんだろうか。
ねえ乱太郎、私は乱太郎が好きだよ。

「ありがとう花子ちゃん。」

ふ、とこちらに向けられた笑顔があまりにも綺麗で純粋で泣きそうになる。
どういたしましてなんて言葉はどうやっても言えそうにない。

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