小説2 | ナノ


「あついねえ」

恐らくは無意識に出たのだろうその声に、僕は備品整理の手を止めた。言葉にされた暑さは、意識すると急にやってきて怠さを置いていく。

「そうだな。」
「溶けそうだねえ。」
「そうかもな。」
「怠いねえ。」
「ああ。」
「あついねえ。」
「会話に生産性無さすぎるぞ。」

僕の冷めた言葉にも花子はなんの反応も示さず、そのまま動かなくなった。かと思うと持っていた救急箱を投げ出しだした。

「あああやってられないよ!こんな蒸し暑い保健室で作業なんて!」
「仕方ないだろ、今日は当番なんだから。とりあえず手を動かせよ。」

僕の正論に対し花子は歪んだ顔で返事をしてきたが、そこで色々と諦めたのかおとなしく投げた救急箱を手にとって包帯や薬を交換しだした。その間にも意識した暑さは僕らの間でじわじわ広がる。

「…わたしは保健室の風通しをもっとよくするべきだと思う。出入り口をもうひとつ作るとか。」
「暑いからって適当なこと言うなよ…」
「だって暑いんだもの!ああ、これからもっと暑くなるなんて信じられない。」

そんなことを溢しつつ、花子は右手を団扇がわりにしてどうみても気休めにしかならない程度の風を顔に送っている。その物憂げな横顔を目で追ってしまうのは…もはや仕方ない。
暑さは相変わらず僕らの間に横たわっていて、お互いの感情を覆い隠す。

保健委員の皆の気遣いによって、ここのところ僕と花子の当番の日は見事に被っている。余計なことを…とも思うが当番の日を心待にする自身がいるのも確かだ。そしてそれにより僕の感情を嫌でも悟ってしまった花子は、ここのところずっと夏に隠れっぱなしなのだ。
―本格的な暑さなんて、まだ来てもらっては困る。僕は早くおまえを夏から引っ張り出して、伝えなきゃいけないことがあるんだから。


夏が来る前に

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