「あ…消えた。」
「え?」
「水面の泡が。」
「…んなこと、どうでもいいじゃないですか、俺は、「死ぬときはこんな風がいい。」…っ、」
俺の言葉など耳に入っていないというように声を被せてきた花岡先輩の意識は水溜まりに集中したままだ。ぱらぱらと落ちる雨が、さっきから俺と花岡先輩に降りかかっては弾ける。
どうやら花岡先輩は俺を怒らせたいらしかった。俺は先輩の策略とわかっていながらも我慢できず、勢いよく地面を蹴りつけた。苛立ちが水滴と一緒にはじけとぶ。
「、めてください…」
「どうしてそんなコト言うの?三郎次には、関係ないじゃない。」
みんなわかっているくせに。花岡先輩はそう言うのだ。しかも、酷く悲しそうな顔で。衝動的に舌を打ちたくなった。こういう構ってほしがる女、俺が一番大嫌いなタイプだ。
でも花岡先輩はどうしようもなく弱い人で、きっと俺しか花岡先輩を理解してあげられなくて、
…ほうっておけばいいのに、結局俺は花岡先輩が好きで。
そうしてまた同じことの繰り返し。
「泡みたいに誰にも気がつかれずにいなくなりたいよ。」
弱々しく嘆かれた言葉に、きっと嘘はない。弁護する訳じゃないが、花岡先輩は俺に嘘はつかないし、いつでも本音を俺に漏らしてくれる。それは花岡先輩の弱さの捨て場が俺だから。
…そう、わかってる。俺がどれだけ都合のいい存在かってことくらい。わかってるんだ。それが悔しくて、悔しいくせに、嬉しい。
苛々する、花岡先輩に。それ以上に俺自身に。
「先輩は、消えません。」
「消えるよ、いつか。」
「そんなこと…俺は知らない。」
儚いものが美しいなんて誰が言った。
そんな風潮があるから、この人は調子にのってひたすらに自身を傷つけて貶めていく。
花岡先輩俺は、先輩のその儚くて消えそうな美しさに引かれているわけじゃないんです。
「三郎次くん、」
心の内でぐるぐる回る弁解を押しこめて。
呼ばれた返事の代わりに口を塞いだ。
とにかく花岡先輩を繋ぎ止めたい一心で、ただ抱き締めた。
結局俺は答えを出せずにただ自分と花岡先輩を甘やかす。
「ごめ、んね。」
謝罪の言葉も耳に入っていないふりをして。
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