小説2 | ナノ


高く上がった陽が、露出した肌を照りつける。眩しくて、無意識に片手で目元の陽を遮った。今日はずいぶん暑い日だ。
水が跳ねる音を消し去る程の歓声に包まれながら、ぼんやり水しぶきのあがる方を見ていた。プールでは一人だけがずば抜けて速いスピードで泳いでいる。速いなあ、まるで、

「誰、あの4コース。水泳部より速いんじゃない。」
「池田じゃない。なんか意外だね。」

ざわざわと周りが騒ぎ立てている間に池田はゴールした。

読み上げられたタイムが速いのかはよくわからなかった。でもどよめきが起こったから、きっと速かったのだろう。
そりゃあそうだ。だって、ひとりだけ魚みたいに泳ぐんだもんな。

池田はたくさんの水を体から滴らせて、億劫そうに水からプールサイドのコンクリートへ移動していた。興奮して話しかける誰かに、愛想笑いで答えている。なんだか、あんまりうれしくなさそうだ。

嫌いなのかなあ、泳ぐの。もったいない。
わたしなんか足元に及ばないほど速く、魚みたいに泳ぐのに。



*



泳いだあとはいつもどっと疲れがくる。水泳の授業のあとのけだるさが、べったり体にまとわりついているようだ。
重い体を引きずって、わたしは早足で教室を目指していた。休憩する時間が欲しくてさっさと着替えた甲斐あって、誰よりもはやく更衣室を出ることができたのだ。次の授業が始まるまで、ほんの五分くらい眠れないかなあ。

そんなことをひとり考えていたわたしの前方に、だるそうに歩く男子がいた。
池田だ。


流石に男子の着替えの速さには追いつけなかったらしい。必然的に池田の後を追うような形で足を進めた。
追い越してしまいたくはなかったけど、早足で歩いていたお陰で追いついてしまった。そのままなんとなく気まずい気持ちで池田に並んでみた。対して話もしない仲だからそのまま通り過ぎてしまえばよかったのだけど。でもなぜか気が向いて、「さっき、すごかったね。」とだけ声をかけてみた。
すると池田は突然歩みを止めてこちらを見てきた。その予期せぬ彼の行動に驚いて、「いや、別にただ凄いなって思っただけ、で」なんてしどろもどろに言い訳をするハメになって。どうしてこんな必死に言い訳しているのかワケわからないし池田は止まったまま何もしゃべらないしで、いつの間にやらわたしは気まずくて仕方ない状況に陥ってしまった。

やっぱり話かけるんじゃなかった、と後悔しはじめたあたりで池田が再び歩きだした。と同時にずっと閉じていた口を開いた。


「今日」
「え?」
「今日の夕方ひまか?」


聞こえているのにえ?なんてもう一度問いかけた。でももう池田は何もしゃべらなかった。


「ひま、だよ。」


なんだろう、この展開。
わたし、こんな話するほど、池田と仲よかった、っけ。

そのとき高い笑い声が後ろから聞こえてきて、突然現実に戻された気がした。私が池田と話している間にみんな、着替え終わってしまったらしい。


「ちょっと時間くれ。じゃ…後で。」


そう言って池田は、さっきよりもだいぶ早いペースで私から遠ざかっていった。じいじいと、やけに蝉の音がうるさいことにそのとき気がついた。

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