小説2 | ナノ

クリスマス?何いってんだ俺らは日本人だろ?そんなもの昔は存在しなかったんだ。みんなして企業の戦略に踊らされてんだぞ。
俺は別にクリスマスとか全く気にしてねーし。冷めた目で傍観してやるよ。別に、クリスマスとか!関係ねーし!!!

俺は四郎兵衛が去っていった方を睨みつけて、左近に向き直った。

「な!左近。クリスマスだからって俺らみたいな独り者がコソコソしなきゃいけないなんて間違ってる。堂々とラーメンを二人で食べにいこうぜ。」
「いや…僕は…」
「左近、恥ずかしがることないんだ。別に俺らは何も恥ずかしいことなんてしてないんだから、な?」
「いや、そういうことじゃない。ちょっと…これから予定が…」

…は?
俺は固まった。

そんな俺を見て、左近は慌てて手と顔を横にふる。

「ち、違うんだよ。彼女とかじゃなくて…その、前に気まぐれでマフラー貸してあげた女が、お礼したいって、言って…その…」

顔を真っ赤にして弁解をする左近の言葉は、俺をなじっているようにしか聞こえなかった。
左近は俺の罵倒に備えて身構えているように見える。でも俺はもうなんだか自分がとんでもなく虚しく思えてきて、一気に怒鳴る元気もなくなってしまった。

「そっか…お前もか…。」
「…あ、ああ。」
「楽しんでこいよ、」
「…え?さ、三郎次?どうした?」
「じゃーなあ。」

三郎次ー!と叫ぶ左近の言葉も耳に入らずフラフラ歩き俺は学校をでた。そのまま行くところももちろんないので家に直帰だ。


部屋の電気をつけると、見慣れた部屋がいつもと何ら変わらずあった。暖房をつけて、テレビもつける。
「さみぃ…」
嘆いた声は悲しく響いて消えた。

全く面白くもないテレビから笑い声が聞こえる。うるせえなぁ。
それでも消す気はさらさらない。無性に寂しかった。
そのままぼうっとテレビを見ていたら腹が減っていることに気がついて、俺は重い腰をあげて台所に行く。なんかあったかなぁ。ラーメン…はねぇか。一昨日食べたな。…おいおい食うもんねーじゃん。マジかよ。今日はできれば出歩きたくない。一人で外食なんて絶対に嫌だ。クリスマスなんて気にしてないとは言ったけど、俺にもプライドはある。

そこでぐう、と図ったように腹が鳴った。
…仕方ない、諦めてコンビニに行こう。



本当に俺惨めだな。

適当にはおった上着の襟元を抑えながら、俺は暗い夜道をひとりとぼとぼ歩く。一番近いコンビニの灯りが煌々と輝いているのが見えた。うわ、客いねーじゃん。カップルがいるよりはマシだけど店員にコイツ独り身か、とか思われるのが嫌だ。

何食わぬ顔でとりあえず店内に入る。「いらっしゃいませー」とやる気なさそうに響く店員の声。さっさと買ってさっさと出よう。俺は弁当を持ってレジへ行く。ああ、おでんもいいな。おでん買おう。俺の冷たい心をぽかぽかにしてくれそうだ。

「おでんください。」
「はい、何にしましょう。」
「たまごと、白滝、大根、厚揚げで。」
「からしは、お付けしますか。」
「いりません。」
「失礼しました。汁は半分でよろしいですか。」
「はい。」

ああ、いい匂いだ。早く食いてーな。

店員の掬うお玉を食い入るように見つめていると、俺の注文していない昆布がするりとカップに入った。あれ。

「メリークリスマス。かわいそうなあなたのために昆布のサービスです。」

そこで、俺は初めて店員の顔を見た。
満面の営業スマイルを貼り付けた、同じ専攻の花岡がそこにはいた。

「…花岡」
「今日はクリスマスイブなのにコンビニに独りでよく来たね。さっき時友くんが綺麗なお姉さんとお酒買いにきたよ。あと能勢くんも彼女と手繋いで来た。つい最近で言えば川西くんも女の子とふたりで来て痴話喧嘩してたし…なんだか池田くんだけ寂しいねえ。」
「大きなお世話だ。お前だってイブにバイトしてんじゃねーか。」
「仕方ないでしょ、私以外のバイトがみんな休み入れちゃったんだから。ま、どうせ暇だったし、人もこないから楽なんだけどさー。」

まさか、知っている奴に会うとは思わなかった。あーハズい。ま、お互い様ってことで。
それにしても花岡って彼氏いなかったんだな。良く可愛いって噂されてるし、てっきりいるとばかり思ってたけど。

「…池田くんって彼女いなかったんだねー。意外。」
「ほっとけ。なんだよお前こそ意外だよ。おおかた、高望みでもしてんだろーな。」
「そうかも。だってわたしの条件にぴったりはまる人って…いないんだよね。」
「止めといたほうがいーぞ。人生妥協が肝心だ。」
「うん、じゃあ明日から妥協しようかなあ。」
「明日からってのは絶対達成されないお約束だよな。」
「いや、高望みは今日限りにするよ。」

花岡は俺のおでんをなれた手つきで袋に入れて、弁当と一緒にレジを打ち始めた。えーと、おでんが350円で弁当が498円だから千円出せばいっか。

「池田くん、わたし嘘ついた。条件にぴったりはまる人、本当は一人だけいるんだよ。彼女いると思って諦めてたけど、クリスマスに独り寂しくおでん食べるみたいだから狙ってみようかな。」

世間話みたいに花岡が淡々と言って、「848円になります。」と続けた。

俺は既に用意していた千円札を片手に出したままぽかんと口を開けた。その千円札はひょいと俺の手から抜き取られる。
千円お預かりいたします、152円のお返しです。
事務的な声の後に花岡が俺の手に小銭を握らせてきた。
俺のものではない体温に触れ、そこでやっと正気に戻る。

「え?」

やっと返せた一文字の言葉に対して花岡は恥ずかしそうに笑った。
胸の鼓動は早くなる。え、いいのか?俺、幸せになっていいのか?

「…花岡、今日何時に上がるの。」


咄嗟に絞り出した声が少し震えた。

走り出した気持ちはきっともう止まらない。

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