小説2 | ナノ

静かだった。
チラチラ点いたり消えたりを繰り返すお化け街灯だけがある以外、何もない目の前の闇。何の音もしない無の世界に私たちはたたずんでいた。
吸い込んだ空気からは夜の匂いがする。

「そろそろ、帰ろう。」

私の手と繋がっている手がくい、と動いた。

「ん…」
「まだ、ここにいたいか。」

私は返事をせず、代わりに彼―三郎次くんの手を引っ張って我が儘を主張する。

三郎次くんは、付き合って一ヶ月の彼氏だ。
わたしがずっとずっと、片思いしてきた三郎次くんが想いを受けてくれたときは、明日世界が滅んでもいいとさえ思った。陳腐な表現だが、本当に夢みたいだった。未だに、本当にこの人は私の彼氏なのだろかとわからなくなったりする。


三郎次くんが柄にもなく夜景を見に行こう、と提案してきたのは今日のお昼だ。それを私が断るはずもなく、一緒に夜景を見ることになったのだ。三郎次くんが連れてきてくれたところは隠れた夜景スポットらしく、周りに人は誰もいなかったためキラキラ輝く街並をふたりきりで堪能することができた。
今はその帰り道。
私は三郎次くんの車に戻るのが惜しくてたまらずまだ帰りたくない、と小さな抵抗を示してみたのだ。


三郎次くんは私の我が儘を受け入れてくれたらしい。引っ張った手を下ろし、私の手を握り直してくれた。彼の手から伝わる温もりが私の手をじわじわ温めていく。

「なんかさ。」
「ん?」
「こうして誰もいない闇のなかに立っていると、おっきい世界を手にいれた気分になるな。」

この場所でたった今存在しているのは私と三郎次くんだけ。そんな錯覚を起こさせてくれる景色が、ここにはある。

「手にいれたところで、俺らにはこの世界はでかすぎるよ。」
「私のものだっていう、意識が欲しいんだよ。安心感みたいなものが。」

私は目を閉じて耳を澄ませる。しん、とした闇の空気に酔いしれていく。

「どうせ手にいれるんだったらこんなひっそりした世界じゃなくてさ、あっちで見た夜景の方がよくないか?」
「…どうして?」
「綺麗だろ、そっちの方が。女ってそーいう方が好きそう。」

三郎次くんは、白い息を吐きながらそう言った。


好きそうって…三郎次くんは誰を基準にしているの?


「夜景は…いいかな。」
「そっか。」
「こっちの方が、ひっそりしていて好きだよ。」
「お前は変わってるからなあ。」


そうかな、
少し笑って返答する。
その彼に対する返事をあまりにも普通に返せたことに私自身驚いていた。意外と私って感情を隠すのが得意なんだ。知らなかった。


変わっているって、誰と比べて?
ねえ、三郎次くん。夜景とか本当は興味なさそうだけど、この場所は誰に教えてもらったの?前は誰と来たの?


私の疑問は汚泥みたいに汚くこびりついて蓄積していく。

嫌だ嫌だ。どうして、私はそんなどうでもいいことをいちいち考えてしまうのか。


「…、今何考えてる?ごめん、俺何か無神経なこと言ったかな。」


どうも感情を隠せていると思っていたのは私だけだったらしい。
三郎次くんを見ると、口をぎゅっと結んで私を気にかけるようなひどく優しい目をしていた。

「ううん、違うの。」
「違うじゃ、ないだろ。言ってくれ、頼むから。」
「ちがう、ちがうの!」
「おい、」


だってだって、言える筈がない。
あなたの過去まで欲しいなんて。

今まで三郎次くんが付き合った女の子のことなんて、今更どうしようもないことなのに。
その過去まで欲しいなんて、三郎次くんを困らせるだけの欲望なのに。

わかっているのにそんなことを思ってしまう私は本当に本当に、
ただのよくばり。



「ごめんなさい…」
「なあ、言ってくれ。頼むよ。」

悲痛な表情の彼に、私は何も返してあげることができない。

「ごめ、んなさい、」

私は三郎次くんの顔を見れずに、ただ彼の温かい手を握り直すことしかできなかった。

- - -

付き合いたてのもどかしさみたいなもの。
TOP


×