小説2 | ナノ

不安そうな顔を僕に向けて、消え入りそうなこえで僕の名前を呼ぶ。
そんな花子を見ると、僕はどうにもこうにも、気持ちが抑えられなくなるほどに嬉しくて跳ねる心を沈めることばかりに必死になってしまって、もう邪な気持ちばかり先行する自分に嫌悪する感情ばかりに支配されて、そのせいで花子に向けるハズの意識が余計なモノに注がれていることに苛々して、とにかく僕の外見は涼しい顔をしていても内面は大忙し。ドタバタ騒ぎよろしく展開してしまう、というわけで。ああ。

いままさにそんな状況の僕がここにいる。
目の前で俯いている花子はまだ制服のままだ。どうやら家に帰ってすぐに僕の家へやってきたらしい。

「かずま。」
「今日は…どうしたの。」
「うん、ちょっと。」
「そう。」
「うん。」
「三之助と左門に、」

そこでわざと言葉を切ると、花子がすこし体を縮こまらせた。それは予想通りでいつもの花子の行動だから、僕は何も驚かずにそのまま続きの言葉を口にする。

「…かまってもらってる?」
「…うーん。」

笑って濁すように、笑えば濁されると信じているように。花子は自嘲気味に笑った。痛々しさを必死に隠しているのがバレバレで、余計にその姿が痛々しくうつっていることも知らずに。

「今日もふられたの。」
「うん。今日も作兵衛と、ふたりで帰ってきた。」

悲しそうに事実を告げる彼女の頭を、触れるか触れないかくらいで撫でてしまったのは無意識だった。でも彼女は、僕のいとおしい気持ちなんて全く気がつかないというように、いや実際彼女は気がついていないのだろうけど、僕の手を振り払うように上を向いた。

ひとつ注釈しておくと、僕の内面がドタバタ大騒ぎだからといって彼女の話に集中できないほど僕の感情が暴走しているわけではないのだ。なんせ僕の体は彼女に反応すると言っても過言ではないほどに、実際彼女を前にしてみるとすうっと冷静になれるようになっているのだから。本当に僕は、僕のことをよくわかっている。

ぼんやり曇った空を見上げたまま、さっきから彼女は動かない。

「ねえわたしがほんとにほんとに欲しいものって、なんなんだろう。それがわかれば、決心できるのに。覚悟も決められるのに。ねえかずま。かずまは、そういうの、ある?」

いつもなら深刻そうな顔で僕に愚痴みたいな悩みをただ話すだけなのに、今日の彼女は僕が思わず焦ってしまうほど、僕にとってだいじな問いかけをしてきた。

「僕は、あるよ。」
「…そう、だよね。」

悲しそうに顔を伏せた彼女に、慌てて取り繕うように僕は言葉を継ぎ足す。

「でも焦らなくていいと思う、まだきめなくて。」
「…うん」

ね?いちばんに欲しいものなんて、無理にしぼることないし。それにもっというとそんなの、どうでもよくない?つまりさ、きみが今悲しい顔をする理由なんて本当は何ひとつないってこと。
そして僕のいちばん大切なものは、きみだとすぐに言ってあげたいところなんだけど。それはなんだか安っぽい本音だからやめておくよ。だいたい、僕が顔を真っ赤にしながらどもりながらすすすす好きです!…なんて滑稽以外の何ものでもない気がする、し。ああなんか想像しただけで寒気がしてきた。まそうやって雰囲気壊しちゃうのはいただけないと思うわけだ。

そうして僕は、これまでずうっとそうやってきていて、そして、これからも。
ただただ、真っ暗な夜空に青白い光を放つ、美しい月が現れるのをずっと待つばかりなのだ。
そうして夜がやってきて。彼女にその美しさを伝えようと決心した頃には、もう花子は僕を頼ってきてはくれないだろうと、薄々わかっているのに。

いちばんに欲しいものを決めることなんか、ああ、ほんとうにどうでもいいんだ。
それよりもはやく、夜になって、そして煌々と輝く月が顔を出してくれますように。


だから今は月待ち

かみなりはひとりじゃないなら怖くない
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