小説2 | ナノ

朝起きて、すぐに憂鬱な気分になる。昨日のことを思い出した。

そういえば彼女と、ケンカしたんだった。


事の発端は昨日の学校からの帰り道をふたりで歩いている時。無難な会話ナンバーワンとも言える天気の話を僕がはじめたことだ。
明日雨みたいだな、と何気なくこぼした僕に、彼女が強く「晴れだよ。」と言うから。「天気予報で言ってたよ。」と返してみれば彼女は突然ムキになって晴れを主張しはじめたのだ。

「だって、伊賀崎が、綺麗だったから!」

そして彼女の口から飛び出したのは僕の友人の名前だったわけで。意味がわからずに僕は顔をしかめた。

孫兵?なんで孫兵が出てくんのさ。

そんな想いを滲み出した表情を彼女に向ければ、「ち、ちがう。さっき夕日が、夕日が綺麗だったから、明日は晴れなんだ。」と慌てて訂正した。
挙動不審な彼女に詰め寄って、なんで孫兵の話題が出てきたのか問いただしたかったけれどやめておいた。そんな余裕のない男にはなりたくないし、それに僕は彼女のことを信用しているつもりなんだ。

心情を出さないようにいつもの顔で「ふうん。」と返せば、彼女は言い訳するように話を続けた。

「さっき、偶然伊賀崎と会って教室でしゃべってたんだ。それでほら、伊賀崎ってとても綺麗な顔してるから綺麗な夕日に照らされた伊賀崎が絵みたいに綺麗だったの。それで、夕日が綺麗だと次の日が晴れってよく言うから。明日は晴れかなって思って。」

もうその時は夕日は沈んだあとで、僅かな明るさが僕らの足元を照らしている状況だった。僕の隣で歩く彼女はまっすぐ前を見ていて…たぶん記憶の中の孫兵を見てしゃべっていた。

「なんかさ、伊賀崎って何もかもわかってるっていうか…色々なものの覚悟ができてる感じが、するよね。」
「あいつ、変わってるから。」

それは僕のいつもの、冗談というか、仲のよさから来る親しみのこもったからかいというか。そういう類の発言だった。そこに嫉妬心がなかった、と言えばそれは嘘になるかもしれない。でも孫兵の行動は変わってるのは本当のことだ。何も間違っていない。
それなのに彼女は僕がそう言った途端、態度を一変させて怒り出し、「藤内はわかってない!」と言って怒り出し不機嫌になり、しまいには無言の争いをするハメになってしまった、というわけなのだ。

…わかってないのはそっちだ。一晩たって自身の行動をかえりみても僕自身に悪い点を見つけられないから余計に苛々する。

もう一度顔を枕に沈めて惰眠に浸ることにした。そのとき、振動音がした。眠い思考を引きずり出しながら片手で携帯を引っ張り上げ、耳元に機械を当てる。こんな時間に誰だよ。

「…はい。」
「…とうない。」
「…え?花子?」

かっと目が開いた。だってまさか、喧嘩しているはずの花子が僕に電話をかけてくるなんて。予想もしなかったのだ。
彼女は言いにくそうにあのさ、と続けた。

「今日、外、出た?」
「いや…今起きた。」
「ちょっと窓から外の天気みてみて。」
「天気?」

勢い良くカーテンを開けてみると暗い灰色が街を覆っていて、自然と苦笑いが漏れた。同時に体の奥に響いてくるような轟音が聞こえた。

「雨、は降ってないよな。」
「うん。曇り。」
「…なんだ、結局ふたりともハズレなんだ。」
「そうなの。正解は、曇りとカミナリ。」

ふ、と花子が笑ったのがわかった。それにつられて、自然と笑みがこぼれた。

「そりゃ当たるわけないな。」
「藤内。そのままついでに、道路見てみて。」
「道路?」

視線を下ろす。と、見慣れたベージュのワンピース、はにかんで見上げる花子がいた。

「え?わざわざ、来たの?って、連絡くれればいいのに!」
「藤内、怒ってるかなって思って。…その、くだらないことで怒ってごめんなさい。」
「…もう怒ってないよ。」
「うん、ありがとう。」
「ちょっと待ってて。すぐ支度するから。」
「あ、とうない待って…あのね、昨日は私、きゃっ!」

瞬間空が光って鈍い音が響き渡る。じっと僕を見あげる彼女がびくりと肩を揺らしたのがわかった。

「っ、すぐ行く。」

電話を切って、すぐに僕は階段を駆け下りた。

彼女は何を言いかけたのか、想像した。
孫兵のことだろうな、とは思った。でもそんなことはもういいのに。だって僕は、彼女を信じているんだ、から。ほら、天気も外れてくれたじゃないか。

変わらせないこと、が悪いなんて思わない。いつか変わってしまうまでは、なんの解決にもならない不毛に甘えたっていいはずだ。期待も予想も、所詮空想でしかないわけだし。
どう途切れるかとか交わるかは全くわからないけど、でも平行線がいつか終わることだけはちゃんと知っているから。

また轟音が響いた。はやく、彼女のところへ。


かみなりはひとりじゃないなら怖くない
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