小説2 | ナノ

ごそごそと鞄を整理していたら、底の方にお菓子の小袋がたくさん入った袋を見つけた。あ、ラッキーいいものみっけ。家から持ってきて食べるの忘れてた。
周りをかるく確認して、すばやく口にビスケットを放り込む。空っぽの胃に甘みが広がって、それに反応した体がさらに食べものを要求してくる。
三袋目のクランチをあけて口に含んだところで、後ろから「あ、」と声が聞こえた。驚いて口に入ったチョコレートを丸のみしてしまいそうになったのをなんとか堪え、代わりに大きく咳を吐きだした。

「だいじょうぶ?」

今度は咳の合間にそう呟かれた。そこで気がつく。あ、これぜったい伊賀崎の声だ。
語尾に「?」がついたのか怪しい程、わたしに興味がないことが丸わかりの抑揚のない単調な声は彼の声だとすぐわかる。

「…なんとか。」
「あそう。」

振り向いてみると確かに伊賀崎がいた。無表情のまま、こちらに近づいてくる。

「ねえそれ、」
「え?これ?」

そして指差されたのはわたしのかばんから少しだけ覗いて見えるお菓子たちだ。カラフルなパッケージが地味な色のかばんを彩っている。

「それ、ちょうだい。」
「え?あ、うん、どうぞ。」

クリームがサンドされたクッキーをひとつ伊賀崎に渡すと、彼は小さな声でお礼を言ってじいっとお菓子を見つめだした。伊賀崎って特別甘いもの好きそうじゃないのに、意外。それに、なんかこう、無表情な顔の裏で人間の中でも特に頭の悪そうなわたしになんて近づきたくもない、って思ってそうな感じだし余計にびっくりだ。
そう思いながら、しげしげと伊賀崎を見つめてみる。綺麗な顔だなあ、と単純に思った。どきどきするとか、嬉しくなるとか、そういう感情とはちょっとちがう。それよりもほうっと息が漏れてしまうような、きれいな美術品を鑑賞しているような気分だ。
だから伊賀崎の注意の先がクッキーから離れてわたしに移り、目が合ってしまっても、不思議と後ろめたさみたいなものは感じなかった。ただ見つめあった。伊賀崎が目を逸らすのを待っていたけど、向こうも逸らす気がないみたいだった。感情が、すこしだけ変化した。

「伊賀崎ってあまいものすきなの?」
「べつに」
「…あ、そう。」

期待を込めて会話してみたが、わたしに興味があるわけではなさそうだった。ちぇっ。
そんな愚かしい期待はすぐに捨てて、わたしは四袋目のお菓子に手をかけながら話を続けた。

「今日は、びっくりするくらい暑かったね。」
「そうかな。」
「そうだよ。わたしペットボトル、ひとつ空けちゃった。」
「でもこのくらいの暑さ、よくあるよ。」

淡々とわたしにそう告げる伊賀崎の涼し気な表情に、やせ我慢の要素は全く見られなかった。彼にとって全てのことは予想の範囲内というかで、全ての事柄が頭の中にきちんと折りたたまれて入っているのだろうなと思った。知ってたけど、伊賀崎は、やっぱりすごい。わたしは普通と少し変わってしまっただけで、それが一大事件になって、騒ぎ立ててしまうのに。きっとわたしには全てを受け入れる覚悟がはじめから足りていない。だから仕方ないんだと思う。

伊賀崎はわたしのあげたクッキーに手をつけずに、ただ指の先で遊ばせている。わたしのものだったお菓子はいまや伊賀崎のもので、それはもうわたしのものだったとは思えないほどすてきなお菓子に見えた。もうわたしはあれを手に入れられない。
伊賀崎が顔をあげて、空を見た。その涼しげな目で何を見ているのかは、わたしには一生わからない気がした。伊賀崎は遠い。とても、遠い。伊賀崎が何も言わないのをいいことに、なんの感情も映っていない整った顔をじっと見つめた。

もし、もしもこの瞬間に夏も秋もぜんぶ通り越して、雪がふったとしたら。そうしたら伊賀崎も目をまん丸にして、驚いてその綺麗な顔を崩してくれるかもしれない。そんなふうに考えて、でもそうなったらきっと、わたしは余計に落ち込みそうな気がした。
もういっそ、伊賀崎は誰にもその存在を汚されることなく、わたしとは一線を画した高潔な存在として、綺麗なままでいてほしい。どうやったって手に入らないし、もともと手に入れようとも思っていない。だから、
頑張ってね。伊賀崎。

外から差し込む夕日が伊賀崎を照らす。とてもきれいだ。明日はきっと、晴れだろう。


スノーブルース

だから今は月待ち
TOP


×