小説2 | ナノ


「そっち手伝わなくて大丈夫?」
「大丈夫です…」
「ならいいんだけど…ね、」


「「…」」



もくもくと作業だけがはかどる。

手を動かしながら隣の怪士丸を見て、私はこっそり頭を抱えた。
怪士丸と何か会話をしようとしてもなんとなく空回りしてしまってうまくいかない。それにもう話す内容も尽きてしまった。
中在家先輩に「きり丸だけじゃなくて怪士丸にも構ってくれないか」とやんわり注意されてしまったから、気を使って必死に話しかける努力はしているが、やっぱり私はこの子が苦手らしい。さっきから何もしていないのに疲ればかりがたまった気がする。

同じ図書委員の後輩でも、生意気に感情を素直に表して反応してくれるきり丸にばかり話しかけていたのは無意識とはいえ仕方のないことである気がする。

いつも通り顔色の悪い怪士丸は手を休めずにコツコツ仕事をこなしていく。まじめでとっても良い子なのは私にもよーくわかるんだけど。
人と人との関係って、どうしてそれだけじゃうまくいかないのかしら。




「怪士丸は…休みの日は何してるの?」

必死に絞り出した私の質問に、怪士丸はゆっくり顔をあげてじいっとこちらを見た。

「いや、ね。きり丸には休みの日なんかでよく会うけど、怪士丸には会ったことがないから。なにしてるのかなーと思って…?」

しどろもどろ付け足す私の様子を見ても、怪士丸は表情を変えないまま。まるで焦りを見透かされているようだ。笑顔が乾いていく気さえする。

「よく…日陰ぼっこしてます。」
「ああ、…あれか。」

出た。噂の日陰ぼっこ。
影に隠れて何が楽しいのか、私には理解できない。やはりこの子は変わっている。
中在家先輩、やっぱり私じゃ力不足みたいです。怪士丸と親密になれる気がしません。

「あとは本読んでますね。」
「…本?」
「はい。この図書室の本です。」

ぐるっと周りを見渡して怪士丸が少し笑った。あ、笑った、

「本かあ、図書委員だけど私そこまで読まないなあ。」
「面白いんで読んでみてください。ここのこれとか、僕夢中で読んでいたら朝になってしまいましたから。」

怪士丸の握った分厚い本を見て、思わず驚きの声をあげてしまう。こんなの本を読まない私には無理だよ。
…それにしても、意外だ。怪士丸が嬉しそうに本を語るなんて。

「本が好きなんだね。」
「好き…そうですね。」

照れたようにはにかんだ怪士丸はやはり顔色は悪いけれど、いつもと違う様子で。私の方がくすぐったい。

「本を読むと楽しくて、他のことをみんな忘れちゃうほど夢中になってしまうんです。そうか僕、きっと本が好きなんですね。うん、大好きみたいです。」

気がついた、というように怪士丸が笑って。
私の目はそんな怪士丸に釘付けになった。
それと同時に何も知らずに怪士丸と距離を置いていた自分が恥ずかしくなって、後ろめたい気持ちもむくむくとわき上がってきた。


「…素敵だと思うな。怪士丸が本当に楽しそうな顔をしてるしね。」

本音と謝罪の気持ちをこめてそう言うと、怪士丸は目をぱちくりさせ下を向いてもごもご口を動かした。

「それはきっと…今日は、先輩がいつもより話しかけてくれるから、ですよ。」



え?と聞き返したときには、怪士丸のものすごい勢いで走っていく後ろ姿が見えるばかりで、私はひとり、先程の会話の記憶と共に取り残されていた。

え?えっと、

定まらない怪士丸のイメージが考えれば考えるほど私のなかで余計に絡まっていく。



ああもう!少しは仲良くなれたと思ったのに、またぎこちない関係になっちゃったじゃない!

しかも確実に前進しているからたちが悪い。私は火照りだした顔を一生懸命しかめて、消えない体の熱の処理に困り果てるばかりだ。



不意打ちですので

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