小説2 | ナノ


一年は組のきり丸と図書当番が一緒になった。それ自体は取り立てて言うこともない、よくあることなのだが、今日はそのきり丸が何故かひどく嬉しそうな顔をしていた。
鼻唄まで聞こえてきそうな雰囲気だったので、小銭でも拾ったかと思い何気なく聞いてみると「今度の長期休み、土井先生の家に皆が遊びにくるんす。」とごく普通の答えを返された。

「えらく楽しそうだと思ったら、なんだそんなことか。」
「そりゃ嬉しいっすよ。俺、みんな好きですもん。」

にかっと笑って答えるきり丸に、お前は毎日楽しそうだなあと皮肉っぽく言ってやったら「先輩は幸せじゃないんすか?」と真面目に返された。なんだよ。お前、なんかこっちが言葉に詰まっちゃうじゃんかよ。

だいたい、幸せなんて言葉はなんとなくむず痒いし、そんな使わないしよくわからない。毎日俺って幸せだなァなんて思いながら生活してるほどお気楽じゃない。つーかそもそも幸せってなんだよ。つまり楽しいとか嬉しいとか、そういう感情の寄せ集めみたいなもんだろ。でもなんっか幸せって言葉は行動を崇拝しているみたいな響きを持ってるから抵抗があるっつーか…。こう考えている時点で俺は子供っぽいのだろうか。

「フツーだよ。フツー。」
「そりゃ、いいや。」
「はあ?」
「先輩、ほら貸し出し!」

きり丸に急かされ、慌てて俺は貸し出し手続きの作業に戻る。
ったくきり丸のやつ、そりゃいいやって。なんか投げやりだな。確かに普通がいちばんなんてよく言うけど、実際のところは普通よりより良くいたいって思うのが人ってもんだろ?






「確かに、一般的にはそうだよねえ。」

本を借りに来た四郎兵衛に何気なくその話をすると、四郎兵衛は思った通り同意を示してくれた。

「僕も今幸せかって聞かれたらムズムズしちゃって答えられないし、幸せってもっともっと大きなものな気もする。でも今の手放したくない日常が幸せってのも…わかるよ。」
「なんか通俗的っつーか…素直に頷けないんだよな。」
「でも、久作だって花子ちゃんと離れたくはないでしょう?」
「な、なんだよいきなり。」
「例えば、なんか申し訳ないけど…花子ちゃんより久作の好みで女の子らしい子と恋仲になれるって言われても久作は花子ちゃんを手離さないでしょ?」
「…そんなの、わからないぜ。」
「でしょう?」

わかっている、というように四郎兵衛は俺に言う。にこにこと、自信たっぷりに問うのはズルい。これは三郎次や左近にはできない、四郎兵衛の成せる技だよなと思う。俺は何も返さず、そーかもな、なんて曖昧に濁した。
そういうことだよ。
四郎兵衛はそう言って、ばちっとウインクした。

俺の濁しだとか、曖昧さが事実を示していることも四郎兵衛はちゃんとわかっている。ったく、本当かなわない。




脳裏に浮かぶのは、いつも俺の後をちょこまかついてくる一応恋人…の花子のこと。
俺の日常を作っているのはよくも悪くもアイツだ。
俺のことを見かければとりあえず、のせきゅうのせきゅう言ってくる。同じ四文字なら普通に名前で呼んでくれと思うがまあ、アイツだけの呼び方だと思うとなんか許せちゃうし。のせきゅうともろきゅうって似てるよねとか意味のわからないことを言われても、アホだなあコイツと思いながらなんだか気持ちが落ち着いてほのぼのしちゃうし。
アイツの代わりなんて正直考えたこともない。花子がいるのは俺の当たり前だからだ。
今の日常が壊れるなんて想像もつかない、というか想像したくもない。そんなことがあってたまるか。
そう考えている時点で、やっぱり俺は今のフツーの日常が大好きで手離したくなくて。やっぱりこのまま俺は花子がわからなすぎて死んじゃうとか言って見せてくる課題をグチグチ言いながら解いてやったり、花子が作った毒入りでもないのに腹を下す団子の処理をこれまたグチグチ言いながらしてやったりしていくのだと思った。

そしてそれはきっと、俺のとって最高のフツーの日常で。
あえて言うのなら、それが俺の幸せなのだ。


「能勢先輩。なんかにやにやしてて気持ち悪いっすよ。」
「…気持ち悪いはないだろ。」
「幸せそうでしたよ。」
「まあ、な。」

俺なりの答えが出たらなんだか花子の顔が無性に見たくなった。もうすぐ図書当番も終わる。
終わったらたまには俺からアイツに会いに行ってやろうか。

またにやけそうになるのを我慢しながら、そんなことを考えた。

―どうしたの、のせきゅうから会いに来てくれるなんて珍しい。いや、嬉しいけどね!

そう言って笑う花子が簡単に想像できた。きっといつもとなんら変わらない、ごく当たり前の普通の日常。
悪くないじゃないか。

能勢久作的幸福論

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2位、能勢久作でほのぼのです。
やはりキューちゃんは手強いです。

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