桶の中から取り出した手ぬぐいをきつく絞って顔を赤くした花子の額にそっと乗せた。花子はうっすらと目を開けてゆっくりと焦点をこちらに合わせてくる。
「ありがとう左近。」
「腹出して寝るから、こういうことになるんだ。」
「お腹なんて、出してない、もん。」
弱々しく続けられたその言葉を聞いて、すこし意地悪く言ってしまったことを後悔した。こんな時くらい花子に優しくしてやれないのか僕は。
花子はまた目を閉じ額に手を当てて、つめたい、とつぶやいた。
「…辛いか。」
「んー。」
「辛いんだな。」
「左近、手、かして。」
言われた通り花子の顔の前に自身の手を突き出してやると、花子はそれを柔らかく掴み、自分の顔へと近付けた。
手がどうしたのだ。僕は動かない花子にされるがままで、ただ手をあずけていた。
そのうちに花子がやっと手を解放してくれた。やれやれ、と軽く息をつく。そのまま手を引っ込めようと花子を一瞥したところで、僕は花子がひどく悲しそうな表情をしていることに気がついた。
「お、おいどうしたんだ。」
「左近、死にたくない…。」
「死にゃしないよ。大袈裟だな。」
「怖いよ。ねえ私、鼻が詰まって左近の手から左近の匂いが感じ取れないの。」
どうも匂いがわからない程ひどいらしい。そりゃ割と重症だな、と思うが死にたくないはないだろ。そんな風邪くらいで人は死なない。まったく縁起でもない。冗談でも言ってくれるなよ。
「…って僕の、匂い?」
「うん。」
「なんだよそれ…」
僕の匂いなんて…自分じゃ全然わからなくて意識したこともない、が臭くはないだろうか。不安になって慌てて花子に掴まれていた方の手を嗅ぐ。…ん、特に匂いはしない気はするが…自分じゃやっぱりわからない。
「いい匂いなんだよ、安心するの。」
赤い顔ですこし笑った花子は普段よりもすこし目が潤んでいて、…艶っぽい。
って僕は保健委員のくせになんてことを…!
どうしようもなく不謹慎だとは思ったが僕の胸は正直らしく、心臓の音は大きくなるばかりだ。
「左近の傍にいるといつもなら当たり前に香ってくるのに。それがないから、なんだかね、物凄く不安なの。ただ嗅覚がなくなっただけなのにね。」
寂しそうに花子は可愛いことを言う…ってだから僕は可愛いとか思ってる場合じゃないだろう。花子は苦しんでるんだぞ!恥を知れ恥を!
「左近は今ここに居てくれるって、見て、声を聞いて、感触で確かめられるから今はわかるよ。でも、その感覚がなくなっちゃったら、私は左近を感じることができないんだって。そう思ったらちょっと悲しくなっちゃった。ほら、弱ると弱気になるって言うでしょう?」
茶化すような口調だったが、花子の冷たい手がいつのまにか僕の裾を掴んでいたから本当に不安なのだろう。
軽く、花子の額を小突いた。
「わっ。なに?」
「痛いだろ。」
「うん?」
「ちゃんと今僕を感じとれるんだから要らん心配するなよ。それに…万が一感覚がなくなったとしてもちゃんと、僕が傍に居てやるから。」
「…うん。」
一層顔を赤くして花子は頷いた。僕は口を尖らせながらも、そんな花子の頭をそっと撫でる。まあこんな僕としてはかなり上出来な慰め、じゃないか?花子が弱っている時でなければとてもじゃないが言えないな。特に人前でなんて絶対にこんな恥ずかしいことは…
「…左近せんぱあい、そろそろいいですかあ?」
突然聞こえた声に僕はできる限りの俊敏さで花子の手に置いていた手を引っ込めた。
「そろそろ待つのも飽きちゃったので〜」
「左近、手引っ込めなくて大丈夫だよ。」
「そうですそうです!僕たちのことはお気になさらず!つ、続きを。」
「ツンデレ、使い分けがうまいね〜左近。」
僕が状況を必死に把握している間にどやどやと見慣れた顔が保健室へと入ってくる。
伏木蔵、伊作先輩、乱太郎、数馬先輩…
「ま、僕としてはそこで口吸いのひとつでもして、「味覚で感じさせてやるよ。」くらいやるのがいいと思うけどねえ。」
ご丁寧にタソガレドキ忍者隊の忍び組頭、雑渡昆奈門さんまで。
めまいがした。
「ざっとさん、お下品ですよお。それに花子先輩から左近先輩に風邪が移っちゃいます。」
「でも左近も僕らも保健委員だからね。そんなことしなくても風邪移りそう。」
「たしかにそうですね!」
笑い声が脳内にこだまする。花子は悪化してるのではないかと思うほど顔を赤くしてこちらを見ていた。なんとか皆の会話と状況を合致させたところで、恥ずかしさと疲れに一気に襲われる。そして僕の意識はいよいよ遠くなりはじめた。
やっぱり僕は、どうしようもなく不運なようだ。
(あっ!左近先輩が!倒れました!)
(だ、大丈夫左近!!?)
感じる感じた
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2位、川西左近でほのぼのです。
毎回うちの左近ちゃんはデレデレでツンが足りない気がします。
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