小説2 | ナノ



安心する匂いのなかでまどろむ。ゆったりゆったり時間が流れていく。なんて素敵な夢心地。まるでここがわたしの生まれた場所みたい。
うとうとうとうと
眠気とけだるさ、そして温かさと暗闇が何回もわたしを包んでくれる。いきものがいのちとして産まれる前は、やはりこんな感じで沢山のものに守られているのだろう。いっぱいの優しさに包まれているみたいでなんだかほっとする。ずっと、ここにいたくなる。

きっと意識はなんども手放していた。
戸が開く音でぼんやり輪郭を取り戻したわたしの意識は、少しだけ感じた冷気と密かな明かりで覚醒しだす。

「花子ちゃんかあ、びっくりした。」

ほんの少しだけ開けたまぶたの向こうに、布団を持ち上げたしろちゃんがいた。

「どうしたの?こんなところに来て布団なんか被って。」
「…さむい。」
「ああ、ごめんね。」

少しだけ感じた光は、しろちゃんが布団から手を離したことでまた閉ざされる。
あ、待って。
わたしは慌てて右手を布団から出して、まさぐりながらしろちゃんの装束らしきものを握りしめた。捕まえた、しろちゃん。

「花子ちゃんが僕の部屋に来るなんて。珍しいね。」

その言葉と一緒に、わたしの右手が温かいものに触れる。たぶん、しろちゃんの手だ。

「ん…。」

布団に残された左手と足をよじらせて布団から顔を出すと、途端に空気が胸にたくさん飛び込んできた。その時にやっとわたしはこれまで息が苦しかったことに気がついた。

「おはよう。花子ちゃん。」
「おはよ、しろちゃん。」
「せっかくきれいな髪、ぼさぼさだよ。」

しろちゃんは優しくわたしの髪を撫でてくれる。わたしはやっとしろちゃんを自分の目で確認できたことが嬉しくて、ついついへらりと頬をだらしなく緩ませてしまう。すこしだけ顔を突き出して、心地よいしろちゃんの手のひらの感触に身を任せた。

「しろちゃんだって、結構ぼさぼさだよ。」
「僕はいつもこんな感じでしょ。」
「その髪の毛、解いたら広がって大変そうだね。」
「うーんそうだね。女装の授業は特に苦労したかな。」
「でもしろちゃんが女装したら、可愛いんだろうなあ。」
「可愛くなんてないよ。ほかのみんなの方が、すっごく可愛い。」
「そうなの?」
「うん、そりゃあ花子ちゃんとか、女の子にはかなわないけどね。」
「…しろちゃん、わたし、かわいいと思う?」
「もちろん思うよ。」
「じゃあわたしのこと…その、抱きしめたいとか、口吸い、したいとか、えっと…く、くっつきたいって思うの?」
「えっ」

わたしの言葉に反応したしろちゃんは口をぽかりと空けて顔をすこし赤く染めた。

「いっいきなりどうしたの、花子ちゃん。」
「うううそ!や、やっぱりなんでもない!」

ばくんばくん、大きな音を立てて胸が騒いでいる。しろちゃんにはちゃんと聞いておかなきゃって思っていたけどやっぱりとってもとっても恥ずかしい。わたしは突き出していた顔を俯かせ、布団に押し付けた。


今日は授業で、くの一になるためにとっても大事なことを習った。他の子は特に驚きもせずにシナ先生の話を聞いていたけど、わたしは終始驚きっぱなしで、呆然としてた。どうしてそれで赤ちゃんができるのかとかは良くわからないし、男の子のこともよくわからなくて、ただ怖くなって、しろちゃんのことばかり浮かんで。しろちゃんに会いたくなった。
しろちゃんはわたしがすきって言ってくれたし、わたしもしろちゃんが大すきだ。手をつないだら緊張しっぱなしだけど、すごく嬉しいなって思う。それでいいんだと思っていたんだけど、でもこれからは、どうやらそれだけじゃダメみたいで。
わたしは、今日のことを思い出してすこしだけ身震いした。


「花子ちゃん。」
「ご、ごめんさっきのはね、」
「僕は、花子ちゃんがすきだよ。花子ちゃんの手が触れるだけでどきどきする。だからね、…もっとくっつきたいなあって思うこともあるよ。」
「やっぱり、あるの?」
「けいべつする?」

少しだけ困ってしまった。しろちゃんを軽蔑なんてするわけないけど、それでもわたしは本当に本当にちょぴっとだけだけど、しろちゃんが怖いって思ってしまったから。
恐る恐る視線を上にあげると、しろちゃんはこちらを向き眉を下げて微笑んでいた。

そのとき突然胸の奥がきゅうっと締まってわたしの呼吸の邪魔をした。
しろちゃん。わたしは、しろちゃんのことならすぐにわかる自信があるよ。だから、わかるの。しろちゃんは今笑っているけど、悲しんでいるって。
わたしは、そこでとうとう布団から這い出してしろちゃんに抱きついた。

「しろちゃん。ごめんね。」
「花子ちゃん?」
「ごめん。悲しませて、ごめん」
「…そんなの、いいんだけど…その、こんなに僕とくっついてだいじょうぶ?」
「いい。」
「だって、」
「しろちゃんなら、いいって今わかった。」

飛びついた時は何も考えていなかったけど、驚いたことにしろちゃんの腕のなかは布団の中みたいな安心感があった。抱きしめるってなんて安心して、緊張する行為なんだろう。あったかいなあ。
わたしのなかで少しずつ恐怖感がなくなっていく。きっとしろちゃんが全部吸い取ってくれているんだ。

「しろちゃん、」
「なに?」
「やっぱり、すき。」

すきだよ。

しろちゃんは何も言わずに抱きしめる手に力をこめてきた。すき。しろちゃんがすき。しろちゃんならきっと、怖くないよわたし。

「…花子ちゃん、」
「なに?」
「嫌じゃなかったら、くちびる、かしてくれる?」

くちびる、
その言葉でいっそう、わたしの胸がどきどきしだした。どきどきしすぎて心臓が喉まで上がってきそうだった。それでもわたしは小さく頷いた。

これからするであろう行為は、今日の授業とか、男の子と女の子の話とか、口吸いという言葉とかそういったものとはまるで関係ない別のものである気がした。それは、わたしとしろちゃんの、密やかなふれあいなのだ。

わたしはすこしだけ上をむいてゆっくり目を閉じて、近づいてくるしろちゃんをそっと受け入れた。


幼い愛を紡ぐ
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1位、時友四郎兵衛で甘です。
しろちゃん天使すぎて…泣けてきます…

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