小説2 | ナノ


そういえば第一印象は最悪だった。

「…なんだよその今更な告白は。」
「今更だから言える話だよ。」

隣の三郎次は苦虫をかみつぶしたような顔をしてわたしを睨み、ふてくされたように視線を外した。焔硝蔵の裏に他の人の気配はなく、居るのはわたしたちだけ。ただ涼しげな風が三郎次の前髪を揺らして時間を通り過ぎていくのみだ。

「だっていきなり話したことのない忍たまに頭から水かけられて、さらにお前がぼけっとしてるから悪いだなんて言われたら、腹がたたない方がどうかしてるよ。」
「そのことはもう何度も謝った。」

ついにそっぽを向かれてしまった。でもその低い声には照れが混じってる。捻くれたことばっかり言って後輩にも苦笑いされてるけど、こういうかわいいところもあるのに。でもかわいいなんて言ったら何をされるかわからないから黙っておかなきゃ。

「それに、水をかけたのはわざとじゃない。蹴躓いて持ってた桶をこぼしただけだ。」
「その後のわたしへの理不尽極まりない言い草はわざとだったって聞いたよ。」
「は?誰に!」
「川西くんとか。三郎次はあの時、わたしと仲良くなりたくてつい突っかかっちゃったんだってね。」

三郎次の顔がみるみるうちに朱に染まっていく。その照れ方と慌てぶりを見ていると楽しくて、ついつい饒舌になる。だってだってそれを聞いたときすっごく嬉しかったんだから。わたしのことを、わたしが三郎次を好きになるずっと前から見ててくれたって知って。

「ふふ、成績優秀で意地悪な池田三郎次くんがこんなに照れ屋さんだなんて、誰が知るでしょうかねえ。」

わざと顔を覗き込んで笑ったら、両方の肩を強く掴まれた。驚いているうちに体はその力でぐらりと傾いて、いとも簡単に草の上に組み敷かれる。目の前には照れ屋な恋人…ではなく、したり顔の意地悪な三郎次。
…まずい、からかいすぎちゃった。

「そこまで言うなら覚悟はできてるんだろ。」
「覚悟って、…!」

三郎次の顔が近くなった。息がかかるくらいの距離で見つめられれば息は詰まるし、いつ人に見つかるかわからない緊張感も相まって、勢いよく早鐘は鳴る。

「待って、誰か来るかも、」
「心配すんな、ここは草が高いから寝てれば見えないよ。」
「どうしてそう余裕綽々なの…ぎゃ!」

三郎次の顔が視界の端に沈んだと思いきや、耳元でぞわりと粟立つようなぬるい感触がした。頭に響いてくる聞き慣れない水音に反応して体が震えてしまう。耳を舐められたことで、生まれる少しの危機感と背徳感と、わたしの欲求。それら全部、心臓の音が覆い隠していく。

「もっと色気のある声だせよな。」
「な、なに言って…っや、」
「そーそー、そーいうの。」

満足そうに厭らしく笑ってこちらを見下ろす姿は、まさしく噂に聞く池田三郎次という人物そのものである。一番初めに水をかけられて、突然のことに呆気にとられていたわたしに向けた腹立たしい最悪な印象の表情と同じだ。
でも今は、そんな表情さえ愛しくて仕方ないなんて。あの頃のわたしが知ったらどう思うだろうか。

「優しいくのたまの花子さんのこんな扇情的な姿なんて誰も想像できないよなあ。」

耳元でそんな言葉を吐く意地悪な恋人にわたしは今日もどっぷりと陶酔していく。三郎次の首に両手を回すと、彼はすこし驚いた顔をしてから、でもすぐにいつもの表情でわたしを受け入れてくれた。


しあわせなさいあく

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