小説2 | ナノ


「ねえ買うの買わないの?」
「もうちょっと待って。」

隣の友人が嫌そうな顔を隠そうともせずわたしに向けたのは無視して、目を通すは地元情報誌の和食特集の記事。今度改装オープンする店の期間限定ヘルシー豆腐ランチ。場所は駅から歩いて5分強。価格帯は学生からしたら少し張る値段だけど、老舗だから仕方ないか。それに味は期待できそうだ。彼に安物の豆腐を食べさせるわけにはいかないし。うん。次はここに決まりだ。

「やっぱり買うわこの雑誌。お待たせ!」
「買うのならたっぷり15分も立ち読みせず最初からさっさと決めてよ。」
「ふええごめんなさーい。」
「本当に悪いと思ってるならその一昔前のライトノベルヒロインみたいな謝り方やめて。」

友人の顔が般若5秒前になっているのを悟り、わたしは慌てて本を購入した。
何はともあれこれで店は決まったと。あとは久々知くんに予定を聞かなければ。歩きながらスケジュール帳を確認してぶつぶつ呟くわたしの横から、友人のため息が聞こえた。

「ほんと花子も健気だよね。よくやるわ。」
「健気じゃなきゃ接点も持てないから必死なだけ。」

友人は必死すぎワロス、とからかいながらもバシバシとわたしの背中を叩いてくれた。うん痛い力強いすごい男子力。

「まってフツーに痛いんだけど。」
「わたしのパワー注入してんの。これで久々知くんもねじ伏せられる。」
「ねじ伏せられる? 」

そうわたしは必死なのだ。なんてったって豆腐好きの彼、久々知兵助くんとわたしがお近づきになる手段は、これしか思いつかないのだから。



久々知くん。わたしの想い人。隣のクラスで、特に委員会も一緒ではなく、特に友達が仲が良いわけでもない。そんな他人の域に入る人。
彼をなぜ好きになったかと問われれば、よくわからないと言うのが正しいけど。強いて言うならば真面目そうな印象だったところに、豆腐を前にしたときの嬉しそうな表情を見てしまって、そのギャップに惹かれた。そんなとこだろうか。それだけかと思われるかもしれないけど、実際はだいたい人を好きになる理由なんてそんなものなんだと思う。理由があるから誰かを好きになる訳じゃない。言ってしまえば不本意に近い。…ともかくも今のわたしは久々知くんが好きってことなんだけど。
そんなことを考えている間に隣のクラスに到着した。ここまで来たら躊躇しても仕方ない。そう割り切って、教室の扉に手をかける。

「久々知くんいますか?」

想いに気づいてしまってからのわたしの行動は早かった。久々知くんと距離を縮めるべく、それ以来定期的に彼とコンタクトをとっている。接点がないゆえ不審がられるのは必至。だから距離を置かれぬよう、常に強力な武器を持っていくのだ。

「ああ花岡さん。」
「久々知くん。あのね、また新しい豆腐料理のお店見つけちゃった。」

近づいてきた久々知くんに、にこっ、とかわいく見えるように控え目に笑ってみる。久々知くんも少しだけ微笑んだ。その表情に見とれつつもほっとする。
つまりはわたしの唯一にして最大の豆腐という武器をぶら下げ、わたしは何度もこうして久々知くんをお誘いし、ご飯を食べに行っているのだ。でも言い訳がましいけど利害は一致してるからズルくなんてない。わたしは一度だって強引に誘ってないし。ただ、久々知くんが豆腐に目がないってだけ。うん、それだけ。はいそこ同情しない。

「そりゃ行かなきゃいけないな。どのあたりのお店?」
「駅から近いんだよ。今度また地図見せるね。」
「うん。俺も調べとくよ。」
「いつ行けそうかな?予定合わせるよ。」
「そうだな、今週末でも来週末でも俺は平気。」

会話をしていればだんだん周りの視線が気になり始めてくる。退屈な生徒の好奇の目というのは、自分と少しだけ接点のある異物に面白いくらい注がれるものだ。でも見たところ久々知くんはあまり気にしない性格のようだしわたしが割りきれば問題ない。それに。

「じゃあまたメールするね。」
「うんまた。ありがとう花岡さん。」

扉から離れてちらっと窓から教室の中を盗み見れば、尾浜くんが久々知くんを冷やかしている光景が一瞬目に入った。
最近わかったことがある。色恋沙汰に関して周りの生徒は、異物が悪いものでさえなければ成就に効果的に働いてくれる。つまりはわたしの味方になるわけだ。無意識に口元が緩んでしまう。
こうやって段々久々知くんのなかのわたしの存在を大きくしていけば、豆腐の次くらいには大事に思ってもらえて、もしかしたら久々知くんの隣を歩けるようになるんじゃないだろうかと夢見てる。わたしはそんな恋する乙女です。

「なに廊下てひとりで笑ってんのキモチワルっ」
「ヒドッ!恋は女の子を可愛くするんだよ!」
「今のは策略家の笑いだった。」
「なん…だと…」

そして相変わらずわたしの友人はひどい。嘘でもかわいいと言えください。



*



めかしこんで迎えたデート(わたしの中では)当日の待ち合わせ場所。久々知くんは、白いポロシャツにジーンズの出で立ちで現れた。ものすごく、普段着だ。全然いいけど。
「これ豆腐をイメージしてみた。」と爽やかに笑う久々知くんに見とれつつ、若干の悲しさを覚えつつ、わたしたちは目的地に向かうべく歩き出した。

「花岡さんって本当にお豆腐が好きなんだね。俺も知らない豆腐料理の店も知ってるし。知識も豊富だし。あれでしょ、今豆腐業界で流行りの豆腐ガールってやつでしょ。」
「う、うん。そんなとこかな!」

そりゃそうですわたし久々知くんと話すために必死に勉強しましたから。てか豆腐ガールって初めて聞いた何それこわい。いや、でも久々知くんが好きなのは豆腐。ならわたしは豆腐ガールになるべきじゃないか。よしわたしは豆腐ガールわたしは豆腐ガール。
自己暗示をかけながら歩いていると久々知くんが「あ、」と呟いて歩みを止めた。その視線の先を辿る。目の前にはわたしが今日行こうとしていた目的地のお店。洒落た外装の店の前に立てかけられた「臨時休業」の立て札。…え?

「えええうそっ!」
「今日は、休みみたいだな。」
「…そ、だね。」
「残念だけど、また来るのは今度だね。」 

ぬ、ぬかった…ぬかったあああ!臨時休業だなんて…ひどい…ひどすぎる…!
こんなことなら「あまりに用意周到だと引かれるかもしれない」とか躊躇せずに予約の電話を入れておくんだった…。気分と共に肩がわかりやすく落ちていく。今日のためにかわいい服とか会話のネタとか豆腐の知識とか、色々準備してきたのに。それがぜんぶ無駄になるなんて。絶対わたし豆腐に嫌われてるわ…違いない。

「…ごめんね久々知くん。また計画しなおすから。今日はお開き、ということで。」

悲しい。せっかく久々知くんに会えたのにこの展開、悲しすぎる。でもなってしまったものは仕方ないから家に帰って計画し直しだ。めげてなんかいられない。だってわたしが豆腐に嫌われていたとしても豆腐にすがるしか方法がないんだもん。大丈夫、わたしは豆腐ガール。豆腐ガールだから。
豆腐ガール豆腐ガールと念仏を唱えながら踵を返したところで手をくいっと引かれた。

「花岡さん、あの…」

見ればそれは久々知くんの白い手で、わたしは驚きのあまり目を見開いてしまった。久々知くんは白い頬に赤みをさして俯いている。

「花岡さんが豆腐が好きなのはよくわかるし俺も大好きなんだけど、」
「あ、うん。だってわたし豆腐ガールだし。」
「それで豆腐抜きでよければなんだけど、せっかくだからご飯食べに行かない?」
「え」

豆腐抜き…?だって豆腐をわたしから抜いたら久々知くんにとって何も興味を惹くものは残らないんですけどそんなどうしたら…豆腐ガールから豆腐をとったらわたし何を目指して久々知くんと仲良くなったらいいの、え?やばい頭まわらない、え?

「俺さ、もっと花岡さんの豆腐以外のことも知りたいから。」

そう言って照れ臭そうにはにかむ久々知くんのかっこよさの破壊力と久々知くんの言葉の意味のおかげで、わたしの熱は急速に上昇してたぶん余裕とか知性とか色々大事なものがどろどろに溶けて流れていった。おそらくはたまらなく嬉しくて、気がついたら何故か涙を流していた。

「えっ花岡さん!?ごめん、俺、気持ち悪かった?」
「…っぐ、ぐす、ち、違う、嬉しくて!わたし、も豆腐じゃなくて、久々知くんとはなしたい!から!」

突然鼻をすすりながら文字通りむせび泣きだした打算も恋の可愛さもあったもんじゃないわたしに、久々知くんが笑ってやさしく頭を撫でてくれた。どういうこと。嬉しすぎてどうしようどうしたらいいの。夢にまでみた乙女展開にぜんぜんついていけないよ。

「良かった。花岡さんが俺にたくさん話しかけてきてくれるから自惚れてたけど、もしかしたら花岡さんはただの豆腐好きで俺には興味ないのかもって考えたら不安になってさ。豆腐の話を積極的にしたり豆腐ファッションしてみたり、実は俺なりに頑張ってたんだよ。」
「…わたしだって!久々知くんと仲良くなるために即席で豆腐ガールになって…久々知くんの不動の一位の豆腐にすがりつこうと必死で、」
「俺どんだけ豆腐好きなの。いや好きだけど。」

笑いをこらえる久々知くんの姿がまぶしくて嬉しいのに涙が止まらない。はやく涙を拭いて久々知くんと楽しい話がしたい。豆腐のこととそれ以外のこと。わたしのこと。久々知くんのこと。夢をホントにするために話したいことが、数えきれないくらいたくさんある。


おとうふものがたり


「以上、夢のはじまり〜豆腐が繋げた運命〜でした。久々知くんとわたしのロマンチックな恋はここから始まったの。」
「まじポエマー乙。」
「えっ羨ましい?ふふふ。でしょ〜」
「…だめだこの花畑はやくなんとかしないと。」

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