小説2 | ナノ

普段から池田と私の間には、果てしなく続く距離があると思っている。現実として果ては存在するんだろうけれど、実際距離を詰めなければそれは見えないと同じだから。
そんなことを放課後の教室で考えていた。一人なのをいいことに、普段触ったことのない池田の机の上に爪を立てていた。だから本当に池田が現れたのは偶然だったのだ。

「なにか用?」

冷たく響いた池田の声に反応して、私はその場から飛び退いた。運命と名付けたいくらいに出来すぎている登場に焦ったけど、池田は私を見ておらずゴソゴソと自分の机の中を漁っている。ほっとしたような悲しいような。そんな都合のいい気持ちが渦を巻いた。

「忘れ物?」

こっちから会話をはじめたのは、言い訳を思いついたからだ。ごめんね、ここ池田の席だったんだね。窓ぎわだから机借りてたよ。そんな取り繕い。
池田は私と目を合わせて、ああ。とつぶやく。それが合図だった。

「ね、私、池田のことが好きなの。」

気がつけば私は取り繕いも忘れて、言いたいことを優先させて喋っていた。誰でもなく私の意志で、普段出さないような勇気を使っていた。それほどまで、私は果てしない距離の終わりが欲しかったらしい。

「だから、池田に私のこと知ってもらいたいんだ。」

池田は黒目を大きく開けたままで、えっ、というひとことだけを言った。そのキョトンとした意外な顔が見れたから、恥ずかしいセリフを告げた甲斐が少しはあったなと思う。
これではじめて、池田の人生に登場する女子に成れた。終わりに向かう始まりに立つことができたんだ。その達成感で恥ずかしさをごまかす。これが無かったら、こんな死ぬほど恥ずかしい告白に意味はない。

「それだけ言いたくて。それじゃあ。」
「じゃあ、俺のことも知ってよ。」

意外なことに既に池田の声は落ち着いていた。
明日からの仕切り直しの体で切り上げたつもりが、言葉を被せられて動揺する。できればこの落ち着いた私のまま去って、恥ずかしさを一人で冷ましたかった。なんせもう余力なんて残していないんだから。隠していた赤い顔を呆けて晒せば、ちょっとだけ意地悪な笑みが待ち構えている。少しの悔しさから、下唇を噛んだ。

「そっちだけじゃなくて、こっちのことも知ってもらわないと不公平じゃない?」
「そんな事はないと思う。これは私の勝手な想いと願望だから。池田に押し付けるつもりはないよ。」
「じゃあ俺を知ってもらうのも、勝手な希望ってことで。」
「それは都合良くない?」
「最初から都合の良い願望でしょ、そっちも。」

池田の真意は、全くわからなかった。なぜか告白など何でもないように私に語りかけてくる。池田の意外性が次々にそびえ立っていく。

「だから花子さんも俺のこと知って。とりあえず予定ないなら、このまま一緒に帰ろーぜ。」
「池田、部活は?」
「今日は自由。さ早く。」

そう言って私の隣に並ぶ池田は、初めて知る池田のかたまりだった。こんな風に女の子のペースを乱すのは、好き嫌い分かれると思うし、人を選ぶと思う。私だって自分のペースを乱されるのはもともと苦手だ。正直もう少し、ペースを合わせる人だと思っていた。

でも浮ついた気持ちを連れたまま私は、火照った顔で池田の隣を歩き出している。取り繕う余裕がないことなんて、もうどうでも良くなっていた。ただ私を知ってもらいたい。同時に、池田のことをもっともっと知りたい。

周りを気にして俯いていた私を見て池田が笑えば、熱が膨張する。悔しい。腹ただしい。恥ずかしい。眩しい。好き。相当好き。

クラスメイトのことも、女の子のことも、みんな興味の無いようなフリして机に座っていたのは池田なのに、まるで騙された気分だ。私のことどう思ってる?と聞く道を、完全に閉ざされたような気がする。
心地よい敗北感に浸りながら、池田が呼んだ私の名前を頭で繰り返してみる。隣の影とゆっくり足並みを揃えて、都合のいい果ての希望を想像する。一歩一歩。相槌を打つ帰り道は、まだ始まったばかりだ。

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