小説2 | ナノ

「しろべえさんたすけてください」
そんなSOSがぼくの情報機器に届いたのは、夜も深けた22時過ぎ。

白い息を吐き出しながらぼくは真っ暗な寒空の下を歩いていた。ほぼ寝る準備も万端だったっていうのに呼び出されるなんてなあ。
それでも三郎次からあんなメッセージが届いてしまえば、行かねばならないと思ってしまった。たとえそれが駅から遠く離れた飲み屋であっても。終電が終わってしまうかもしれないと思っても。だ。うーんいや、流石にちょっと躊躇はしたけどね。

聞いていた店の明かりを見つけて扉をそっと開けてみればすぐに三郎次は見つかった。カウンターの奥の壁にもたれ、赤い顔でぼくにふらふらと手を振っている。ぼくは、もうそこで潔く諦めることにした。

「三郎次、もうべろべろじゃん。」
「んなこたーねえ!」
「はいはい、で、今日はどーしたの珍しい。すみません、ウーロン茶ください。」
「左近に、誤解されたわー花子との仲。ありえねーだろー」

げらげら笑っている。こんな大口開けて。あー酒臭いなー。
いったい何がそんなにおかしいんだろうか。「すみません、お冷もください。」とりあえずゆっくり話でも聞くとしよう。もう今夜を三郎次に捧げる覚悟は決めたんだ。

「…うん、まあ、だいたいわかったけど」
「笑っちゃうだろー?いやほんっと、ありえないっつーの!な!」
「いや、知らないけど。で、なんで僕は呼ばれたの?」
「四郎兵衛に喋りたくなって!なーんて!」
「はいはい。左近とはなかなおりしたの?」
「まだッス!」
「じゃあ、今呼ぼっか?」

たぶんすごく不機嫌オーラを醸しつつも、左近はなんだかんだ来てくれそうな気がする。行動ってのは思い立った時にするのがいちばんいいんだから。そう思って取り出した携帯を、すごい勢いではじかれそうになった。

「やめろ。」
「なんで?引きずるのは嫌でしょー。酔った勢いで言えばいいじゃない。」
「だめだ、やめろ。」
「はいはい。」

ぼくだって、そこまで意地悪じゃないよ。だって、友達は大好きだからね。

「なにが、」
「ん。」
「いちばんひっかかってるの?」
「俺は」
「うん。」
「俺はこわい。」
「なにが?」
「左近に責められるのが。」
「そんなにひどいケンカなの?」
「ちがうよ、俺は、こわいんだ。だから、たすけてくれ。俺は、きっと、やましいんだよ。完璧な態度を、左近に、晒す自信が、ないんだよ。」

頭を垂らした三郎次の声が急に弱弱しくなった。ぼくは冷やを、三郎次の傍にそっと置いた。

左近の彼女の花子という女の子は、僕の友達で、特に三郎次と左近と仲が良い。そしてすこしだけ、三郎次との付き合いが長いと聞いたことがある。僕は記憶のなかの彼女の情報を思い出していた。散らばった破片はひとつひとつが鮮明だから、すぐにつながる。彼女はとてもかわいい女の子だ。

「三郎次、あのね。」
「ああ」
「僕も花子ちゃん、好きだよ。」
「はあ!?」

突然酔いがさめたかのように、三郎次はがたんと音を立てて立ち上がった。うん、いい反応。

「僕はね、花子ちゃんのからっとした明るさも好きだし…特に、欠点を探すことより魅力を磨くことをためらわない花子ちゃんの強かさが好きだな。」
「おい、ど、どういうことだよ!」
「僕が言いたいのは、僕はそんな彼女が好きだけど、べつにいいでしょってこと。僕が好きでも、三郎次が好きでもいっしょだよ。だってそれで別に動きたいわけじゃない。今の彼女が好きなんだ。そうだなあ、何かまちがって花子ちゃんが僕を好きになったら、僕もぐらついちゃうかもしんないけどね。」
「そんな、お前…」
「いけない?」
「いや、」
「おんなじように左近も好き。僕は今の彼女と左近を守りたい。もちろん、三郎次も久作もね。だから、僕はこうして三郎次に話をしているんだ。」
「うわなんか突然うまいことまとめたな。…ん、でも、うまいとこ落ちた気ーする。」
「うん。良かった。」
「そう、なんだかんだ、好きなんだよなー。」
「うん。」

三郎次がいつもみたいに笑い出したから、僕はやれやれとウーロン茶を飲み干した。家に帰ったら何時かな。お風呂に入り直さなきゃ。
それから花子ちゃんのことを考えてみた。彼女は今、選べる未来のあふれた過去をかみ砕いて、何を考えているんだろうな。すっかり飲み込んで、次はそれを何のための糧にするのかな。

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