小説2 | ナノ


そりゃわたしは、若さを盾にフードコードとかに居座っちゃって雑誌とか読んじゃうはたから見たら頭の悪い女子高生だろうし、いかにも子供向けみたいなきらきらした可愛いものとか甘い甘いお菓子に飛びついちゃうし、冷静沈着な黒木くんから見れば確かに子どもなんだろうしそれは否定する気もないんだけど。でも、でも!
わたしは向かいの席に座る伊助をきっと見つめ、訴えるように言葉を続けた。

「わたしは別に、わたしという彼女がいながら女の子とふたりきりになった事実に怒ってるんじゃないの。確かにそれはそれでいやだけど、黒木くんがそのことを悪いって思ってくれればそれで良かったの。」
「うん、うん。」
「それなのに黒木くん、そのことを悪びれもなく認めてきたんだよ。挙げ句の果てに「間違いなんてあるわけないんだから僕を信用してよ」とか淡々と言われて…!」
「あー…庄左ヱ門なら、あの調子で言いそうだね。」
「わたしだって伊助とふたりで会ったりするけど、それとこれとは違うじゃない。だってその誘った彼女、あからさまに黒木くんに好意を持ってる子なんだよ。勉強教えて、なんて都合のいい口実なのにホイホイ誘いに乗っちゃって。もうこれは信用とかそういう問題じゃないよ。」

ぎゅ、と力を込めて握ったコップの水が揺れる。
そうして昨日ついにわたしは、頭に血がのぼりきってしまった。黒木くんに言いたいことを全てぶちまけたのだ。そんなわたしに対する黒木くんの反応が忘れられない。彼は小さくため息をついて、感情的なわたしを傍観しだしたのだ。それにまた苛々して、悲しくなってしまった。
なんでわたしばっかりこんなみじめな気持ちになってるんだろう、とか。なんで黒木くんは頭の悪いわたしと付き合ってるんだろうとか、考えはじめたら止まらなくて、黒木くんが一層わからなくなった。
つまらない疑問は胸の奥深くに押し込めて逃げてしまいたかったけど、逃げたところでこんな調子じゃこの先ぜったいうまくいかないのは明確で。見えない真っ暗な未来にわたしはぐらりぐらりと揺らがされて。
別れよ、と。
結果的に勢いにまかせて、関係の終わりを告げてしまったのだ。

「どうせわたしなんて、性別と若さだけが取り柄の人間だよ。」
「何荒んでんの。庄左ヱ門はそんなこと思う人じゃないよ。」
「…もー、いいの黒木くんのことは。別れるって言っちゃったし。」
「そっか。」

困ったような顔を浮かべる伊助に対してすこしの申し訳なさが生まれた。一応わたしと黒木くんの関係をとりもってくれたのは伊助なわけだし、伊助は黒木くんの親友でもあるのに。ただ何も考えずに言いたいことだけ言い散らかして…わたしってば余裕無さすぎ。

「…あ、でも伊助が気にすることじゃないから「わかった、そういうことなら。」

気がついたように入れた遅すぎるフォローを遮って、強い決心をしたように伊助が頷いた。

「まあ僕に任しといてよ。」
「エッ?」

そう言って、伊助はわたしに笑いかけた。何をたくらんでいるのかよくわからなくて、とりあえず曖昧に頷いて流しておいたのだが。



…わたしは今しがたになって理解した。昨日の伊助が意図していた結果が、これなのだと。

「やばいめっちゃかわいい子じゃん伊助!俺、加藤団蔵!ねえ、名前なんていうの?」

伊助にご飯に誘われて店にきてみると、伊助のいるテーブルには知らない男の人が座っていた。どういうことかと視線を送ればニコニコ笑って親指をたてていた。…ちょっとなんなのその頑張れ!の手と笑顔は。新しい出会いをくれなんて一度も頼んでないよ。
納得いかなかったけどその場に立ち尽くしているわけにもいかず、とりあえず愛想笑いで空けられた席に腰を下ろしたら途端に隣の男の人がガンガン喋りかけてきてもうこわいよあなた誰だよ飢えすぎだよ状態です。

「わたし、花岡花子。今日はよろしくね加藤くん。」

しかし悲しいかな、内心とは裏腹に笑顔と当たり障りない対応は自然と出る。どうやらわたしは典型的な日本人であるらしい。

「花子ちゃんって言うんだ、花子ちゃんに合ってるかわいい名前だね。」
「そんなことないよ。加藤くんってば口が上手いね。」
「俺狙った子には積極的なの。」

言われ慣れていないあからさますぎる言葉に驚いて、思わず視線を下げてしまった。わたし今ちょっと、顔赤いかも。だって面と向かってそんなこと言われたらドキドキしてしまうのは仕方ないと思う。
こんな風にストレートなこと言えちゃう人ってホントにいるんだな。まっすぐで自分の気持ちを相手にすぐ伝える姿勢は…個人的に好感が持てる。黒木くんときっと正反対な性格なんだろうな。なんて。

「なあなあ飲み物、一緒に頼もうぜ。」
「…うん、頼もっか。」

笑顔ではしゃぐ裏でぼんやりそんな考えごとをしながら、カラフルなドリンクメニューを開く。不意にふわっと嗅ぎ慣れない男の人の香水の匂いがした。加藤くんの気配がすぐ隣でして。わたしの肩に温もりが乗せられた。知らない感覚にヒヤリとする。

「当てよっか、花子ちゃんってレモンティー好きでしょ。」

隣にいるのは加藤くんなのに。さっきからなぜか黒木くんの存在がわたしの頭にちらつく。加藤くんよりも少しだけ細めの体型、清潔感のある、黒木くんのわずかな香り。…捨て置きたいたくさんのものたち。

「うん、レモンティー好きだな。加藤くんよくわかったね。」
「花子ちゃんのことだからわかっちゃうのかな〜」

すぐ横の無邪気な笑顔を気がつけばまた比較してる。重ならない慣れた影。わたしを一番に理解してる黒木くんはここにいない。それを意識してしまうと、すぐに恐れている感情がこみ上げてきてしまう。


「なにやってるの。」


後ろから抑揚のない声がしたのは突然だった。わたしは体の動きを止めた。加藤くんも伊助も、おどろいたように声の主を見ていた。わたしは停止したまま顔をあげられなくて。でも黒木くんの存在だけはしっかり理解できた。

「しょ、庄左ヱ門?え?なんで?」
「団蔵。その肩に置いた手、どかさないと消すよ。」
「エッ!?」

黒木くんの冷たい声によって、わたしの傍から加藤くんの存在が遠のいた。代わりに近くなってくる存在に驚きながら恐れながら、けれど安心している。わたしは矛盾だらけの感情をぶら下げたまま、狡く俯く。

「ねえ花子、」

俯いたわたしの頬を拘束された。ぐい、と持ち上げられて見た視界に写った黒木くんの表情は歪んでいる。

「昨日のこと、僕は承諾してないから。」
「…っ」
「帰るよ。」
「…うん。」

淡々と告げられた言葉がひとつずつ胸に落ちていく。それによって生まれた温かさは、ずっと待ち望んでいたものだった。だって本当はとっくに気がついてるんだから。わたしはやっぱり黒木くんが好きで、単純に自分が黒木くんに必要とされていることがうれしいんだってこと。



*


軽く手をつないで黒木くんの家をゆっくり目指していく。二人の間に会話はない。緊張する。加藤くんと話した後だから余計に静けさに過敏になっているのかもしれない。黒木くんは今その頭で何を考えているのか。それは到底、やっぱりわたしには一生わかりそうにない。

「花子、昨日はごめん。」

それでもわたしは、感じてる。黒木くんを。黒木くんの想いを。

「…わたしも、ひどいこと言ってごめんね。」
「伊助から店の場所聞いてこっそり迎えに来てたんだ。後で謝ろうとは思ったんだけど、花子が団蔵なんかに触られているのを見たらつい足が動いてさ。団蔵を海に沈めてやろうかと思った。」

どうやら伊助に仕組まれたらしい。伊助が突然あんなことするなんておかしいとは思ってた。あとでちゃんと謝らないと。

「加藤くんって黒木くんの友達だったんだ。それにしてはなんかさらっとひどいこと言ってるけどいいの?海に沈めるとか…」
「大丈夫大丈夫、証拠は残さないから。」
「…」

やっぱり、黒木くんは読めない。さわやかな笑顔で真っ黒なこと言うんだもんな… そういうのも多分すき、なんだけど。
ふう、と小さく黒木くんが息を吐いた。そんな仕草ひとつに、またわたしは心動かされる。

「もうこんな思いはたくさんだよ。」
「…わたしも。」
「ほんと?花子は楽しそうに団蔵と喋ってたじゃない。レモンティーが好きなんてはじめて聞いたけど。」
「…黒木くんの意地悪。」
「楽しそうにしてた罰だよ。」
「だって元はといえば黒木くんのせいだもん。」

口を尖らせれば、楽しそうに黒木くんが笑う。その横顔に反応してまた鼓動は早くなる。面白いくらい、くらくらしてる。楽しそうに見えたのなら、それは見間違いだよ黒木くん。だってわたし、加藤くんと話してた時も黒木くんのことばっかり考えてたんだから。ちょっと悔しいけど。

「わたしはレモンティーより、黒木くんと飲む少し苦いコーヒーが、好きかも。」
「そうでしょう。」
「そういうことでひとつお願いなんですが。昨日のことはなかったことに、できますでしょうか?」
「そうしてくれなきゃここで喚いて暴れるよ。」
「そっちこそ嘘ばっか。」

またわたしが口を尖らせればおかしそうにくすくす笑う、ほんと読めない人。
でもね。黒木くんの考えてることがちっともわからなくても、わたしは黒木くんの凄さや、かっこよさを言い訳にして、大事なものを見失ってしまいたくないの。
ぎゅ、と細い腕にしがみつけば、待ち望んだ温もりが降ってくる。ごめんね、好きだよ。


うそつき


(それにしても完全に加藤くんが被害者で申し訳ない…)
(ああ、ぜんぜん大丈夫だからほっといていいよ。)
(…黒木くんったらほんと真っ黒ね!)

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