小説2 | ナノ

青八木くんは涙をためるわたしに気がついて、動かしかけていた足を止めた。青八木くんの細い、けれど逞しいであろう脚を隠した制服のスラックスが瞼の上でゆらゆらゆれる。

泣いていることに気づかれてしまったのであれば泣くことを我慢する必要はもうないのだ。そう気がついたわたしは、思いきり鼻をすすって目をつぶってみた。いとも簡単にぽろぽろと涙は溢れてきた。
男との守られることのない約束を信じて待ち続ける、馬鹿で滑稽なことで有名な女。青八木くんや周囲の皆にとってきっとそれがわたしに対する第一の認識で、これまでわたしはその事実を黙って甘受していた。そうまでしても万のひとつを信じていたかったのだ、わたしは。

「花岡さん、」
「ん」
「なかないで。」

あまり発せられることのない青八木くんの小さな声がいつもよりはっきりと聞こえる。覚悟を決めたような、諦めを受け入れたような落ち着いた声だ。そんな風に聞こえた気がしたのは自惚れからかもしれないけど。
わたしに初めて伝えてくれた青八木くんのお願いごとはなんとか受け入れてあげたかったけど、どうやらそれは難しそうだ。青八木くん、ごめんね。わたしここでもう限界なの。
顔をあげると悲しそうにこちらを見る彼と視線がぶつかった。ぶつかった拍子に悲しみはこぼれて、あふれて、教室の古びた床に一面に散らばる。

「おれは、花岡さんが、好きだから。」

散らばった悲しみを眺めるように下を向いてから、ゆっくり顔をあげて青八木くんは言った。わたしはまた嗚咽をこぼす。好きだから。当然だけれど、青八木くんはわたしに選択を託す。簡単に無責任な言葉を吐いたりはしない。青八木くんのそんなところが時折まぶしくて、そんなところがわたしは好きだった。
でも今は、その優しさが恨めしい。誰かのワガママに乗っかって前に進むのは楽だから、こんなときの自由なんてなくていい。どうせならこの場でなにも考えずに「俺にしなよ」ってわたしを拐ってくれればいい。けれどそれはもうすでに、わたしの好きな彼ではないのだろう。

拾われずにこぼれた悲しみは、だんだんと拡がりを見せている。わたしも青八木くんもそれをただ眺めるばかりだ。顎をつたった涙が、またひとつ足下に落ちた。

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