小説2 | ナノ

梅雨はいつあけるんだろう。ぼんやり口をあけてうすぐらい空を仰いだ。ぼたぼたぼたと雨が今日もよく降る。雨の行く先をたどれば、地面いっぱいの濡れたあじさいに行きついた。キラキラしてて、きれいだなあ。

空から水が降るって、よくよく考えればすごく不思議なこと。でももうその現象が常識になっているから、そんなことをうっかり口にすればすぐに三郎次に鼻で笑われそうだ。
雨といえば、そうだ、雨がすきかきらいか聞かれる無意味な二択が、久作はきらいだって言ってたなあ。なぜかって、漠然としすぎているから。雨で中止になる走り込みはいいけど、雨でカビる本を見るのは最悪だって言ってた。そう言われれば、そうなのかもなあ。
雨が降ると大抵不運が舞い込むのが、保健委員会の通例だって左近は嘆いてた。雨はつまり、不運の印なのだそうだ。僕は、それに賛成も反対もできそうにないや。

花子ちゃんとは、雨のはなし、したことないな。
でも花子ちゃんは、雨が降るとそわそわしてる。見かけて声をかけてもぼんやりしてて。ちょっとおかしい。授業が終わればすぐ保健室に行っちゃうみたいだしね。だから、このキラキラしたあじさいを一緒には見れないんだ。

雨の日のわずかなとき。すこしでもほんのちっぽけでもいいから、支えたい。繋がりたいのだと、彼女は僕におしえてくれた。だから彼女は雨が降れば健気に保健室に向かう。
先輩の"ありがとう"に出会うために。
"やさしいね"の甘みを求めるために。
"わかるよ"の軽い誓いをもらうために。
優しいだけの嘘に誘われて、ざあざあとつめたい空気のなかを、ひとりで向かう。
そして僕は、不器用にうまく笑いながら、晴れを願いつつそれを見送るんだ。

「あじさい、きれいだよ、花子ちゃん」

ぼたぼたぼた、雨があじさいを濡らす音が聞こえる気がする。それでも健気に咲くあじさいは、とてもきれいだ。遠くからだってわかる。
僕は、わかろうと必死になっているだけで、本当の花子ちゃんの気持ちはほとんどわからないから「わかる」なんて嘘はつけないよ。ふらふらと誘われていく花子ちゃんを咎めることもできないよ。ただ弱くなれる場所になって、じっと傘をもって待ってあげられるだけ。

涙の膜をはりつけて瞳を濡らし、辛い、と溢したあの言葉は本心なんだろう。だったら一緒に泣きながら雨がやむのを待とう。
梅雨はいつかはあけるんだ。だからその時は、一緒に笑おうね。

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