小説2 | ナノ

例えばいつも派手な黄緑のペンケースを持ち歩いている池田くんが黄緑のイメージであったり、ベージュのカーデを愛用している時友くんがベージュのイメージであるように、能勢くんは紺色を纏っているような雰囲気があると思う。やっぱり紺色って落ち着いた感じだからかな。

もう一度、文庫コーナーに視線を投げてみる。
能勢くんはまだ熱心に本の背表紙ととにらめっこをしていた。それを確認してまたすぐに視線を戻す。ああ落ち着かないなあ。まさか、市立図書館に同じクラスの人が来てるなんて思いもしなかった。
静かで知り合いも来ないところだし、学校よりも本の量は豊富だし。そう思って読書に利用していたのにな。能勢くんも図書委員だから、やっぱり本が好きでここも利用していたのだろうか。向こうはこっちに気がついてないみたいだけど、こっちは気がついてしまったから妙に気になる同じクラスの能勢久作くん。

ひとりやきもきしているうちに、とうとう本を決めたのだろう、能勢くんが本を持ってどこかに立ち去る。それを確認してようやく腰をあげた。能勢くんに気づかれる前に今日はこれで退散しよう。そう思って外に出た。が。


「…うそでしょ、」

そんな呟きなどすぐにのみ込んでしまうほど大きな音をたてて、コンクリートにうちつけられていく雨。来たときは雨の気配なんてなかったのに。傘持ってきてないのに。

のにのに言っても仕方がないので借りた本は鞄のなかにしまいこんで。さらに鞄は上着のしたに隠して、覚悟を決めて雨に飛び込んだ。見た目よりも、肩や頭に当たる雨の量は多いみたいで、どんどん体が冷たくなる。と思ったら突然、肩をぐいと掴まれた。

「ちょっとちょっと、待って。」

振り向けばすぐ近くに先程文庫コーナーで見かけた能勢くんがいた。驚いてわっ!と声をあげたら「濡れるよ。」と冷静に返された。大きな黒色の傘でわたしは守られていた。

「あっ、傘、ありがとう。」
「走って帰るなんて、花岡さん意外と度胸あるね。」

ばちばちばち、と傘の上で水が弾けて私たちの間をつないだ。ゆっくりと能勢くんが歩き出して、家どこ?と聞いてくる。

「っと、市役所の手前のコンビニのあたり。」
「ああ、俺意外と近い。送ってくよ。」
「え、いいの?ありがとう。」

予想もしていなかった展開に転がった。図書館であんなにこそこそ隠れたのに、結局能勢くんに見つかって、さらに今傘にまでいれてもらっている。不思議な縁だ。エン、といえばまさにこの真ん丸の傘の中、ふたりだけの狭い空間。
そんな考えに行き着いて、やっと自分が能勢くんといわゆるアイアイガサをしていることに気がついた。誰かに見られたりしたら相当に恥ずかしい。そう思ってキョロキョロ首を動かして人通りを確認してみた。するとわたしの考えを見透かしたように「もう誰も通らない時間だから大丈夫だよ。」と隣で能勢くんが笑った。焦って返す言葉に迷ったわたしは苦し紛れに、そうだよね、と曖昧な同意でごまかすことになった。

外の景色は能勢くんの真っ黒の傘よりは明るい、けれど夜の闇だ。能勢くんの色だ、と思った。この景色は、能勢くんにぴったりの景色だ。

「もう暗いね。」
「だなあ。」
「能勢くん、いつもこんな時間まであの図書館にいるの?」
「そんな頻繁にじゃないけど、新刊が入ったら行く感じだな。花岡さんは結構通ってるの?」
「うん。週に二三回くらい。」
「そっか。俺今まで気がつかなかったな。」
「わたしも、能勢くんが来てるの今日はじめて知った。」

暗い道で、能勢くんの低い声がばちばちばちの合間に届く。暗いのに、道路だけは光を反射してぎらぎら光っている。

「あ、わたしんち、そこ。」
「あ、あの角の?」
「うん。」
「やっぱ近いわ。俺んちここずーっとまっすぐいって、突き当たり左曲がって、すぐ右手。」
「歯医者さんの辺り?」
「そうそう、その左隣。」
「へえ、近い。」

ふふ、と笑ったら能勢くんも笑った。
玄関の街灯の下まで送ってもらって、屋根の下で能勢くんを振り返った。暗闇に立つ能勢くんを見て改めて思う。能勢くんは、夜がすごく似合うんだ。

「本当にありがとう能勢くん。」
「じゃあまた。花岡さん。」

夜を纏った能勢くんが、歯医者さんの隣へ向かって歩き出した。能勢くんがギラギラした光もばちばちの雨もぜんぶ引き連れていくみたいだった。花岡さん、そう能勢くんが呼んだわたしの名前は透き通っていて、きれいで美しかった。きっと夜があけたら、今度はあれが能勢くんの色になるんだろう。

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