小説2 | ナノ

「いると思った川西左近。」
「いて悪かったか花岡花子。」
「いーいえべつに。」

今日は雨だったからさ。

薄暗い校舎はいつにも増して光が弱い。その上感じ取れる空気は気持ち悪い湿気で満ちている。窓の外は、雨だ。それもぱらぱらなんてかわいいもんじゃない。お気に入りの傘をまわして歩くような楽しさとは程遠い。雨音の連続音は轟音で、降りしきる雨はまるで針のように地面に突き刺さってははじけていく。大雨である。

川西が放心したように玄関口で突っ立っているのを見つけて、ただ嬉しさのあまり近づいた。その手に鞄しかさげていないところから察するに、傘を忘れてきたのだろう。それもそのはず、今日の予報は雨ではなかったからだ。でも川西が委員会活動に行く日は予報に関わらず、決まって夕方に雨がふるってこと、私は知ってる。根拠のないものは信じないことにしてるけど、これだけは疑いもなく信じている。川西は、雨男である。 

「ずっと、待ってたのに、やむの。」


言葉を無造作に投げ捨てて、川西は雨を見つめている。
その黄昏の表情は、雨の匂いにとてもよく似合って、
轟音など消し去るほど、そしてこちらが恥ずかしくなるほどに、うつくしい、と思った。左手に握った後ろ手の傘をぎゅっと握る。

私は、雨が、好きだ。




「川西がいくら待ったって無駄だよ。だって雨男だもん。」
「そうだな、一時間は待った。」
「ばかだなあ、知ってた?川西が委員会の日はいっつも雨降ってるって。」
「ああ、そうかもしれない。」
「かわいそうだね、同情するよ。」
「いいんだよ。雨は嫌いじゃないから。」

負け惜しみ?

からから大口をあけて笑う花岡の声が煩い雨音に重なる。けれど花岡の声だけ透き通ったように聞こえる。それが勘違いじゃないってことくらいは、自覚している。そうだ僕が雨男だってことも、花岡の手に傘が握られていることも、十二分にわかっている。


花岡、お互いをこっそり見つめているのはラクで安心するよな。

でもそろそろ目を合わせてみてもいいんじゃないか、僕ら、そろそろ踏み出してみないか、そうして一緒に同じ方向を見つめないか。
…なんて恥ずかしいことまではとても言えそうにはないな。

「なー傘いれてくれ。」
「…、図々しいなあ。」

そっぽを向きながら、それでもいそいそと傘を開くその姿が、しぐさが、かわいらしいなと思う。
花岡が僕を探しに来てくれる薄暗い昇降口が好きだ。はじまりの合図の、雨が好きだ。好きなものはここにこんなにも溢れてはいるけれど、生憎それを全て素直に表現できるほどまっすぐな性格ではないもので、僕は雨の中に踏み出すべくこっそり深呼吸して。はじめの一歩を踏み出した。

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