数馬を傷つけた。
彼女に耳掻きをしてもらうのが夢なのだと語っていた彼に、そこまでいうのならと意気込んで耳の掃除に挑んだときだ。
力を込めて握った耳掻き棒は力を込めすぎて鼓膜に当たってしまったらしく、数馬は暫く耳を押さえて悶絶していた。そのうちに目を潤ませながら平気だと笑いだしたけれど、数馬の鼓膜はほんのちょっぴり傷ついたに違いない。そして、きっと彼の夢も。
ぶつかると、いつもその事を思い出す。
大の字になって寝転がって、両目を両手で覆い隠す。またやってしまった。何度目かの数馬との喧嘩。喧嘩というよりは、一方的なわたしの当たり散らし。どうしていつもそんな顔をするの、馬鹿にしないでよ。わたしの感情的な言葉は、冷静になってわたしを落ち込ませる。
今はただ後悔しているのだ。またわたしは、数馬に傷をつけたのだと。
インターホンが鳴っても体は動かなくて、床に足も髪の毛も手も投げ出したままでただ天井の一点を見ていたらがちゃりとドアが開いた音がして、リビングの戸が開いた音もして、人の気配がして、ますますわたしは体を動かす気になれなくなった。どうしてわたしはこんなにも情けないんだろう。
「花子。」
「何しにきたの。来ることないのに。わたしが勝手に当たり散らしたんだからほっといてよ。」
「花子はいつも喧嘩したらくだらないこと考えるから。」
数馬は喧嘩だと思ってくれていたことが少し嬉しくて、ちらっと体を動かして数馬を見た。数馬はあの時と同じ、情けないような顔で笑っている。
「またそんな顔してる。」
「この顔、きらい?それは困ったな。」
「嫌いじゃないよ。ただ、その顔されるとわたしが情けなくなる。」
「ほら、やっぱりそんなくだらないこと考えて。感情的になるなら最後まで強気でいればいいのに。」
「だって…!」
「僕はね、花子には笑っていてほしいんだ。」
「じゃあわたし、数馬には怒ってほしい。泣いてほしい。」
「そういう状況になったら言われなくても。」
「普段からしてよ。」
「うーん僕はさ、なんていうか。花子にはぜんぶ伝えたいんだよね。」
ごろん、と数馬がわたしのとなりに寝そべりだす。自分と同じ格好をした数馬と目があって、情けないぐすぐすの顔を見られているのが恥ずかしくなる。
「泣いちゃったら、もう言葉だけで伝えられないのが嫌でさ。僕は花子にちゃんと全部思いを伝えたいんだよ。」
「なにそれ、いみわかんない。」
「うん。ごめんね。」
「なんでだろう。ほんと。数馬はほんとついてない。」
「そうかな。そうでもないよ。」
数馬が寝そべったまま、わたしを抱き締めた。抱き締め返したら数馬が笑って「好きだなあ」と言う声が聞こえた。
数馬の鼓膜の傷は、もう治っただろうか。数馬の小さな夢も叶えられないほど情けないけど、数馬が居ていいとと言うのならこうやっていつまでも隣でごろごろ寝そべっていたい。
できそこない
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