小説2 | ナノ

うっすら開けた視界に写る景色から、今日が来たことを知った。電気は点いてないけれどカーテンから漏れた光が強くて部屋は明るい。明るさと意識に体を慣らしていると、遠くから三郎次の声がした。

「―なんか……だろ、水分とるとか寝るとか、それくらい俺だって……お前…保健…だっただろ、」

でんわ、

か。置き上がろうとして持ち上げた体を再び布団に戻す。一体、どのくらい寝ただろうか。重たい体を引きずってやっとのことで帰宅した昨日の夜は家にはいるなり三郎次に怒鳴られた。あまりにも怒っていたから謝りたかったけど、それどころじゃなくて。熱い体を預けたまま眠ってしまったような気がする。それでもなんとか家に帰ってこられてよかった。家を前にして生き倒れ、なんて馬鹿すぎて…怒りを通り越して三郎次に泣かれそうだ。
頭上の目覚ましを見上げる。7時、過ぎたとこか。もう一度寝ようかな。
寝がえりをうって目を閉じると丁度かちゃん、とドアが開く音がした。

そっと近付いてくる気配に目を開ける。目線だけ上に向けると、こちらを覗きこんできた三郎次と目があった。

「…はよ。」
「なんだ起きてたのか。」

優しく伸ばされた手がわたしのおでこの前髪をかきわけて、そのまま乗せられる。温い手だった。つめたくも熱くもない。

「ぬるい。」
「あっそ。」
「ひえぴた、」
「持ってない。」
「ほしい。」
「…後で買ってきてやるから。寝てろ。」

子どもみたいなワガママなのに、いつもみたいに冷たくされないのは痒い。こちらを見る瞳がわかりやすく優しさを含んでいるのもくすぐったくて落ち着かない。たぶん…やさしさに慣れてない。言葉にしてみるとあまりにも不憫に聞こえて笑えてくる。

「ねえ、わたしそんなに辛そうに見える?」
「…いつもよりは。」
「寝たら昨日よりは良くなったよ。」
「そうか。でも全快するまでは大人しく寝てろ。」

全快するまでって。それはいくらなんでも過保護すぎじゃなかろうか。有無を言わせない口調に苦笑いが漏れてくるけど、心配されているんだなあと改めて思ったりして、こんなときに幸せを感じる。そっと伸ばしてからめてみた指先は、ごつごつ骨ばっていて、すこしかさついていて、やっぱりぬるかった。

「何か飲むか?」
「いらない。」
「風邪には水分がいいんだぞ。」

そう言われたから、さっきの電話のことを思いだした。そういえば、さっきの電話はわたしのために誰かにかけてくれたんじゃないだろうか。三郎次に確認しようとしたけど、やめた。この予測はわたしの心のうちにそっと、留めておこう。

「ふふ。」
「なんだよ。」
「さぶろーじ、今日はやさしいね。」
「…いいから、さっさと寝てろよ。」

居てやるから。と付け足された声が恥ずかしげだったから思わずにやけそうだったけど、それ以上に居てくれることが嬉しくて。わたしも寂しかったんだと気がついた。
今日は三郎次のやさしさにたくさんたくさん甘えて、ただ寄りかかっていようかな。明日からは少し優しくない三郎次にまた会えるといいな。不器用でぬるい三郎次の手を握る。そのやさしさを握りしめて、わたしはまたねむりに落ちていく。

TOP


×