小説2 | ナノ

たぶんわたしは、その感情の答えを救ってあげたかったんだろう。

「三郎次、って、」
「んー」

それは異様にまとわりつく熱気だとか、心地よさとか。集結する膨大なエネルギーの消化方法がわからないこととか。そういう類いの答えだ。

「まだ彼女できないんだ。」
「できないんじゃなくて、まだその気がないだけだ。間違えんなよ。」
「女の子にキョーミがないとか。」
「そういうことじゃねーけど… 」
「だよね〜ビデオショップの年齢制限コーナーに入っといてそれはないよね。」
「…っ!見てたのかよ!」
「ウソ。」
「…お前…今殺意芽生えたわ…」

睨む三郎次の姿を見てけらけらと口から乾いた笑いをこぼすわたしの姿を、どこか冷静な自分が客観視する。
どうやら三郎次の恋愛対象を通り越してしまったわたしは、彼を慌てさせたり笑わせたりすることはできても、きっと同じ感情の答えを導かせることはできない。

「女がそーいう冗談言うなよ。笑えねーぞこっちは。」
「おんな、」
「一応お前も女だろーが。」
「…ねえわたし って、女として、どうかな。」
「は?わかりきったこと聞くなよ。だいぶ終わってるだろ。」
「…うわあ、辛辣、」

諦めることは、わたしを強くした。

こんな風に、そっと感情の答えに迫ってみることも易々とできるようになったし、三郎次のいつも通りの返答にも笑って返すことができるようになった。その代わり少しずつ、「やっぱり」が多くなっていく。

「ほんと可愛くねえよなお前。」
「…!」

それでも今日みたいに悲しみが染みでてきたりは、する。
そんな時は諦める心がわたしの悲しみを溶かして、暗示をかけてくる。三郎次が求めている、可愛くない女らしくないわたしにならないと。
ならないと、もうそばにいられなくなっちゃうよ。と。

そう思ったのに、今日の悲しみはなかなか鎮まらない。熱くなっていく目頭が諦めに逆らって泪を溜めていく。様子のおかしいわたしを見て、三郎次の瞳がゆらいだ。

、ああそっか、もう、ここで限界なんだ。
強がってみても案外やわなんだな、わたしって。ここでぜんぶおしまいか。

…でもどうせ崩れてしまうなら、

動揺する三郎次の頭を掴んで引き寄せた。泪が落ちる前に、唇と唇を繋いだ。三郎次が何か喋ろうとしたけど、絶対喋らせない。その言葉は絶対聞きたくない。

どうせ崩れてしまうなら、その最後の瞬間まで涙は見せない可愛いげのない女でいさせて。


*


おそらく俺は、その感情の答えを知りたかった。
いや本当は知っていたんだ。ただ知らないふりが上手くなっただけだってことくらい。
こいつが俺の部屋にやってくるのは、気の合う男友達に会うためで。こいつが俺にしている期待は、きっと酷くくだらなくて愉快でなければならない。そうやって知らないふりをすれば花子との時間は楽しかった。

その花子が、俺の部屋で泣きだした。俺の唇に唇を押し付けて。
心臓の鼓動は全く落ち着きそうになかったけれど頭のほうは割と冷静だった。重なった唇を軽く食んでみれば、花子がわかりやすくびくりと震えた。同時に体が急速に離れていく。

「…めてよ、なんで、拒絶しないの…」

濡れた線の残る頬を赤くさせて、涙で光る目が俺を睨み付ける。けれどそれは睨んでるようで俺を睨みきれてない。煽っているようにさえ、見える。

「そっちこそ、どういうつもりだよ。」
「…わたしが先に質問したのよ。」
「お前が先にしたことだろ。」

唇をかんで俯いた拍子に花子の目からまた滴が落ちた。ああ違、俺が言いたいのはそういうことじゃない。どうにも焦る。何か色々なものに急かされているようで苛々する。

「…わすれて。」
「は?」
「忘れて!全部!」
「っ待てこら!」

ここまでその気にさせて逃げるとか。そんなの、俺が許すわけないだろ。細い腕を思い切り掴めば、花子は俺の腕ごとぶんぶん振り回して暴れ出した。

「っは離してよ!これ以上惨めにさせないで…よ…!」
「じゃあ俺の話聞けよ!」
「アホさぶろうじ、自分勝手のおおばか、上から目線の意地悪!」
「あーあーそーだよ。何とでも言え。…あのな、俺は」


お前が、と言いかければ口がむず痒くて動かなくなる。知っていたことだが俺は本当に素直じゃない。
花子はさっきの威勢はどこへ行ったのか。不安げな表情でこちらを見つめている。大丈夫だよ、もう答えは出てるから。

「好きだ。」

とっくにわかってるんだ、これが答えだってことくらい。
目の前で見開かれた瞳が、困惑気味にゆれた。

「…そういうことだから。」
「だ、だって、三郎次がさっき、わたしは可愛くないって!」
「言葉のあやだよ。つーか俺の性格なんて嫌ってほどわかってるだろーが、お前なら。」

また何か言おうとする口に軽く手で触れると、わかりやすく花子の体が震えた。こいつのこういう無意識なところとか。本当は、めちゃくちゃかわいい。隠れていた感情が膨れて暴走してしまいそうなくらい。真っ赤な顔の花子の瞳からまた涙がこぼれた。暴走する気持ちを抑えて、お得意の捻くれを吐き出してみる。

「お前があまりにも恋愛にキョーミなさそうだから諦めるとこだったわ。」
「な、にそれ。」
「俺が好きなら、早く言えよな。」
「ひど…!も、わたしがどんな想いで…ほんと、ずるいよ、」
「バカ、ずるいのはどっちだ。」

俺がどんな想いで答えに知らないふりをしてきたかわかってんのか。
はじける手前の感情を掴むように小さな体を抱きしめるとシャツの裾が引っ張られる感触がした。
そうして、答えはつながる。

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