小説2 | ナノ

椅子を引く音とか、話し声とか。いくつも音が組み合わされてできた騒音のなかで、ゆったりとサンドイッチを食べる三ちゃんは穏やかで、うるさい周りを否定する気もなければ流される気もないみたいだ。

「三ちゃん。」
「ん?」
「呼んだだけ。」
「なにそれ。」

でもちゃんと、わたしの声は届いたからほっとした。三ちゃんは、お喋りなタイプじゃない。でも別に無口ってわけじゃなくて、沈黙が訪れる前には言葉をくれる。わたしのお喋りもにこにこしながら聞いてくれる。最高の彼氏だ。

「手が、痒いの?赤くなってる。」

三ちゃんの言葉で、私が無意識に手をかきむしっていたことに気が付いた。
赤くなった皮膚はぷくりと腫れ上がっていて、かゆみと痛みが鈍く残っている。

「虫にさされたみたい。」
「ノミとか?」
「ええ、やだな。ちゃんと部屋のお掃除してるのに。」
「もうそれ以上掻いちゃだめだよ。」
「うん。」

三ちゃんはそう言って笑って手元の水を飲みはじめた。こうやって三ちゃんがゆったりと景色に漂いだすと、またわたしの周りは騒がしさでいっぱいになって。混ざった音はうるさくて。三ちゃんがもっと言葉を発してくれたらいいのになあ、と思った。なんでもいいのに。

わざとらしくガタッと大きな音をたてて椅子から立ち上がると、驚いたように目を開いた三ちゃんがこちらを見上げた。丸い黒目を細めずにじっとわたしを見る姿にぎゅうっと胸が締め付けられる。

「…三ちゃん出よう。ここ、うるさくていやだ。」
「うん、わかった。」

三ちゃんが椅子に置いていた携帯と財布を持って、なにもためらわずに立ち上がる。細いその手を、即座に取った。

「手、つないでよ。」
「いいよ。」
「あとなにか喋って。」
「なにかかあ、どうしようかな。」
「三ちゃんすき。」
「僕もだよ。」

矢継ぎ早に話すわたしの言葉を柔らかい布団で三ちゃんが全部受け止めてくれる。
なんにも気に入らなくなんてないのに、よくわからないけど寂しくて、ぎゅっと三ちゃんの手を握った。騒がしい。騒がしい。騒がしい中で、わたしだけさみしくて、どこからか電子音が聞こえてくるような気がする。わたしを呼んでいる、気がする。

「こらっまた手掻いてる。」
「あっ、」
「血出ちゃうよ。」
「ごめんなさい。」
「うーん。どうしたら花子が不安じゃなくなるかなあ。」

三ちゃんの穏やかな口調と、笑顔はいつもと同じ。ねえもっともっと言葉をちょうだい。わたしはもっと三ちゃんに必要とされたいよ。

三ちゃんが好きなの。僕も花子が好きだよ。好きなの。好きだよ。
どれだけ確かめても答えは一緒だけど、不安なんて忘れるほど、もっともっと呼んでほしい。求めてほしい。好きなの。好きだよ。

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