小説2 | ナノ

皆本金吾は、受容体質だ。
しかし全て受け入れてくれる優しい人であるかといえば、そうでもない。基本的に穏やかに済ます彼だが、きっぱりと否定の意を示されることも幾度かあった。「受け入れ」は彼自身の判断に基づいて行われていて、おそらくそこでは常に彼の信念が息づいているのだろう。

「金吾。」

待ち合わせた場に、彼はしっかりと立っていた。恐る恐る近づいていった私を早々に視界に捕えて、ただ私を見据えていた。ただ真っ直ぐだった。それはまさに彼らしい眼差しと言うに相応しいもので。
その真摯な目に突き動かされるように、私は一歩一歩を踏み出していく。感情はない。ただ私は彼の名前を呟きながら、歩く。



*


また皆本金吾は、確かに武士の人であった。剣を振り、剣に取り組むその姿はどうしようもなく真っ直ぐで。初めて会った瞬間から簡単に私の心を惹きつけた。
勢い余って彼に告白紛いの言葉を投げつけてしまうくらいには、私は彼に惹かれていた。私の言葉に、握っていた剣を下ろし一瞬頬を染めてたじろいだ彼の姿を、瞼を閉じればすぐに思い出せる。

「…その、驚いた、あまりにも突然のことで。」

その次に照れ臭そうに笑った顔も、勿論ちゃんと覚えている。ちょっとした仕草も、すべて。

「なんだか僕の周りは突拍子もないことばかり起こるな。」
「…ごめんなさい、呆れているかしら?」
「いや、僕を好いてくれている女性をそんな風には思わないよ。それに僕は突拍子もないものと向き合いたいって常々思っているんだ。」

優しいのね、と呟けばふるふると首をふり、彼は剣を握り直してしまった。後にも先にも照れてくれたのはあの一瞬だけであったような気がする。


*


「花子、」

ようやく彼の元に辿り着いて彼を見上げた。そこにはいつも通りの皆本金吾がいた。目があった金吾の唇が開こうとするのを遮るように、私は先に言葉を繋げた。

「さっき初めて金吾と話したときのことを思い出していたの。私になんてほとんど見向きもしないで剣を振っていた。本当にあなたって、」
「、話があるんだ。花子。」
「…ん。」

金吾は私から全く目線をずらさない。温かくて、まっすぐな眼差し。金吾が私に向ける眼差しは、こんな風にいつだって温かかった。そこに恋情を見つけ出すまでに時間は要したけど。
でも気が付いた時はどうしようもなく嬉しかったのだ。私は、この温かさの傍に居ていいのだ、深いところにまで受け入れてもらえたのだ、と思えたから。

「明日ここを卒業したら、僕は花子を置いていく。」
「…ふうん、私の性格知ってて、そんなこと言うんだ。這ってでも着いて行っちゃうかもよ。」
「すまない…殴っても喚いても、何をしても構わないよ。僕は、曲げない。」

金吾の力強い声色が体を通り抜けて、ようやっと、感情が追いついてきたみたいに大人しくしていた涙がせりあがってきた。やはり彼の受容体質は、柔軟で、それでいて、曲がらない。

「どうしよ…かなあ。」

手に取るように、彼の考えなんて読めてしまう。私をみすみす危険に晒すようなことはしない。私は何処かで違う形の幸せを掴めばいい。…おおよそそんなところだろう。かと言って、私が傍に居れば金吾の力になれるだとか、私だけが金吾を支えられるだとか、そんな大層なことはとても言えやしない。要するに私は、真っ直ぐな金吾に反抗するには何もかも足りていなくて、すんなりと受け入れることもできないくらい弱い。

「じゃあ、これだけお願い。」

声だけは口から見事なほど淡々と出てきた。感情を押しこめるのが難しいわけじゃない。ただ、後々化膿していきそうな痛みと向き合うのが、怖いだけなのだ。

「抱きしめて、口づけて。」

私のお願いに対して、金吾は何も言わずに私の唇を奪った。そこに躊躇いはなかったことが悲しいようで、でもほっとして、伏せたまつ毛を濡らして涙が垂れた。回された手と、腕の温かさが私の感情を引っ張り上げて、仮面をぼろぼろと剥がしていく。
身が千切れるくらいに、悲しい。
やっと捕まえた温もりが掴んだ瞬間に指の隙間から零れ落ちていくようだ。離された唇、ぼやけた視界。滲んだ金吾の顔、歪んだ唇が「愛してる。」と紡いだ。

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