小説 | ナノ

どれくらい、泣いただろう。
ずび、と鼻が鳴る。

どんなに悲しくても涙はやっぱり止まってしまうんだなとぼんやり思いながら、私はやっと泣き止んで、ずっと同じ景色を見ていた。正方形パネル状のコンクリートの床と、高めの柵。そして空。この景色はさっきからなんの変化もない。


カーン、と
学校の鐘の音が鳴った。耳慣れた音だ。果たして今はいったい何時なのだろうか。


「もう5時になるけど。いつまでいるの?」

突然、私の頭に浮かんだ疑問に答えるみたいにタイミングよく声が降ってきた。私は反射的に声のする頭上を見上げる。
そこに居たのは、見覚えのある男の子だった。確か違うクラスの人だ。女の子に人気がある人で…友達もカッコいいとか言っていた気がする。
まさかここに人がいたなんて。泣いていたのをずっと見られてたんだ、嫌だなあ。

「そのうち、帰ります。そっちもそろそろ帰ったら?ずっと、ここにいるんでしょう?」
「まあね。ここは、僕の場所だから。」
「それは、お邪魔してすみませんでした。」
「いいよ。泣き場くらいは提供するから。」

よっ、の声と共に彼はこちらに降りてきて、そして私の目の前にやってきた。近くでみるとよくわかる。顔立ちが本当に綺麗な人だ。

「僕は笹山兵太夫。ねえ花岡さん、きみをもっと困らせるけど、許してね。僕優しくないんだ。」


彼の言葉はとんでもなく飛躍していて、よく理解できなかった。でも、これからあまり良くないことを言われることだけは理解できた。
私、これ以上困ってしまうんだ。困ったなあ。
ぼんやり考えながら、抵抗する元気もない私は気づけば頷いていた。

「僕は昔ね、きみの友達だったよ。」

笹山くんのその発言には正直驚いた。まさか彼が私の昔の話を持ち出してくるとは思わなかったのだ。
だって、今まで私が認識してきた「昔の友達」は団蔵が紹介してくれた人だったり、いつも団蔵とつるんでいる人ばかりだったから。笹山くんはそんなイメージが全くない。

「驚いた?わからなかったでしょう。僕はできるだけきみと関わらないようにしていたんだ。団蔵の考えには断固反対だったから。」
「考え?」
「団蔵はね、きみに昔を思い出してほしくてほしくて、どうしようもなかったんだよ。でもいきなり昔友達だったなんて言ったって思い出してくれるはずはないし、ま現に今もきみは思い出していないし。むしろ変な奴だと思われるでしょ。だからね、団蔵はきみに本当のことは隠していた。その上で昔のことを再現させたり、共通の友達だった奴に会わせたりしてたんだ。まさに涙ぐましい努力ってやつだよ。」

どうしようもない罪悪感のかたまりがまた、涙になって目からこぼれ落ちた。笹山くんはそんな私をちらりと見て、また話し始める。

「でも僕はそんなの無駄だと思った。だから団蔵に花子に会ってくれって頼まれた時も断ったんだ。そんなことをして何になるんだって言ってね。団蔵だって辛いだけだろ?それにさ、きっと全てを知ってしまった時花岡さんが一番辛いんだって思ったから。」

笹山くんは、淡々と私にそう言った。

全部わかってしまった。
団蔵が沢山友達と私を会わせていたわけ。
そうとも知らず私はただ毎日を過ごしていた。何をやっていたんだろう。違和感には気がついていたはずじゃないか。
でも私は見ないふりをしていたんだ、ずっと。
日常を壊したくなくて。


「…笹山くんは、優しくなくなんて、ないよ。私、今それを知ってよかった。」

なにも知らずに今後も過ごしていたかと思うとぞっとする。
私の言葉を聞いて、笹山くんは初めて、ちょっと顔を歪めた。

「勘違いしないで。僕は、優しくなんてない。一番大事なことをまだきみに言っていないから。」

笹山くんの顔は、なんとなく、なんとなくだけどとても辛そうに見えた。
私はどくどく鳴る心臓の辺りをきゅ、と掴んで次の言葉を待つ。嫌な汗が背中をつたう。
とても、とても嫌な感じがする。


「昔、僕と花岡さんが友達だった時。きみと団蔵は恋人同士だったんだよ。」

そこで、私の膝は崩れ落ちた。




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