小説 | ナノ

風邪を引いて高熱が出たため学校はやむなく欠席。
私はそんなことはまず無い人間だ。だから医者とは縁がない。もちろん、保健室とも縁がほとんど無い。

そんなわけで、私が保健室を尋ねると、乱太郎くんは驚いた顔をした。そして開口一番、「食あたり?」と聞いてきた。失礼な!

「違うよ。別にどこも悪くない。」
「ごめんごめん。…じゃあ、どうしたの?」

彼の優しい声はとても心地がいい。やっぱり、彼のところに来て良かった。


「昔のことをね、教えて欲しいの。」


乱太郎くんは、じっと私の目を見ていた。


「…それ、団蔵には言った?」
「ううん、言ってない。」
「そっか。」

乱太郎くんは、そのまま何も言わずに保健室の窓を見た。
その沈黙が怖くて、わたしはどんどん緊張しだす。ねえ、乱太郎くん。言ってしまって。早く。

「花岡さん、僕とはじめて会った時覚えている?」

予想に反して、彼は私の知っている「むかし」の話を始めた。がっかりしたようなほっとしたような気持ちで、私は乱太郎くんと会った時のことを思い出す。

「入学式でいきなり、花岡さんの所を名前で呼んだでしょう。」
「そうだったね。私、本当に誰だかわからなくて、ずっとどうしようって思ってた気がする。」
「困らせちゃったよね。今でも覚えているよ。花岡さんの困惑顔。」
「やだなあ、そんなのすぐ忘れてよ。」
「無理だよ。衝撃だったから目に焼き付いちゃったんだ。どうして、僕がわからないんだろうってね。」

空間が息苦しくなった。耐えろ。下唇をぐっと噛む。
窓の外は鮮やかなスカイブルーのままだ。それなのにどうしてこんなにここ、は苦しいのだろう。


「花岡さん僕らはね、今よりずっとずっと昔、友達だったんだよ。」



ああ、

やっぱり、そうなんだ。



「そっか、」
「うん。」
「あり、がとう。」

辛うじて、感謝の言葉はつなげられた。
かろうじて、だ。


「花岡さん、でもね、いいんだ。それだから今どうするべきだとか考える必要は全くないし、花岡さんは花岡さんなんだから、」


私は乱太郎くんの言葉を最後まで聞けなかった。
私の足が、走り出してしまった。
はしれはしれはしれはしれはしれ

はしれ
はしって
はしって、

階段をかけ登って、鎖をまたいで屋上に飛び出す。
開けた青空を見て、私はようやく立ち止まった。

こんなに走ったのは本当久しぶりだ。まだ息は整わない。ああ苦しい。
ほんと、苦しいなあ。

ずるずると、屋上の壁にもたれる。

どんなに走っても、私はきっと変われない。
昔の私なんてわからない。

聞けないでいるのも辛かったけど、
やっぱり知ってしまうのも辛かった。

だってあの子もあの子もあの子も、
団蔵も、

「私」を見ていたけれど、見ていなかったんだ。

私は子供みたいに、大声を出してその場で泣いた。




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