小説 | ナノ

ほぼ一日ぶりに見た左近は部屋に入ってきてすぐ俺を見て、何も言わずに横に腰掛けた。
機嫌が悪いのはもうそれでわかった。それを承知で俺は、気になって仕方がない問いをぶつける。

「左近、その…花岡の具合、どうなんだ。」

俺の言葉に対し左近はキッとこちらを睨みつけてきた。

「なんだよ、三郎次。花子が倒れたの知ってるじゃないか。」

その剣幕に一瞬気圧される。

「なんで、花子の所に来てくれないんだよ。お前だって、仲良くなりたいって言ってただろ。」
「悪い、その、」
「三郎次。僕今怒ってるんだ。言い訳なんて聞きたくない。」
「…」
「なんで、だよ。なんで花子を傷つけること言っちゃうんだよ。お前が花子と仲良くなりたいっていうから、僕は…」
「左近、」
「ただ口だけで仲良くなりたいって言うのはやめてくれよ。そうだったら花子を突き放してくれ。僕はもう花子が無理して傷つくのは嫌なんだ。」

左近の顔が歪んだ。
俺の脳裏に、また花岡の「ごめんね」の言葉が反芻される。
どうしてあの時。なんで俺は勝手に嫉妬なんかして花岡にあんなことを言ってしまったのだろう。俺は花岡にただ、心から笑ってほしいだけなのに。…きみが好きなのに。

「前に、花子を傷つけた僕は最低だった。でも、今の三郎次もそれと同じだ。」

下を向いた左近が酷く悲しい顔をしているのは簡単に想像できた。そうした左近の行動や言葉のひとつひとつが痛いくらい自身に突き刺さってくる。

花岡が倒れたと聞いて、本当はすぐにでも花岡の元に駆けつけたかった。でも俺が会わす顔なんてなくて。部屋の中で花岡を心配することしかできないでいた。俺は完全に逃げていたんだ。

「…そうだな。俺は最低だ。合わせる顔がなくて、見舞いにも行けないでいた。」
「三郎次、…とにかく花子に一度謝ってくれないか。…そしたら、もういいから。」
「え?」
「もう、花子に関わらなくていい。無理して友達でいることなんてない。中途半端に関わらないで欲しいんだ。悪い。僕がそうしてほしい。」

その申し出に愕然とした。
左近は本気で言っている。
ああコイツは、いっつもなんだかんだ言っているけれど本当に花子が大切なんだ。

「左近、花岡のこと傷つけて本当ごめん。」
「…なんだよ、お前まで僕に謝るなよ。ちゃんと花子に言ってくれ。」
「ああ、言うよ。でも、悪いけど花岡と関わらないってのは約束できない。」
「…」
「今更、花岡のところ傷つけておいて言えたことじゃないとは思うんだけどさ、俺、花岡が好きなんだ。」

勢いのまま、それだけ言い切ってひとつ深呼吸をする。

左近に俺の想いを告げた。
いつも話している友人のはずなのに、まるで花岡の父親を前にしたような気分になり徐々に緊張してくる。


左近はだんだんと眉間にシワを寄せて「は?」と言った。

「おい三郎次、花子が好きって言ったか?」
「お、おお。」
「は?じゃあなんでお前、花子に突っかかったの。」
「いや。その、実習中に富松先輩と花岡がすんげえ仲良さそうにしてて、で俺のとこに花岡が赤い顔しながら来たもんだから、なんかつい冷たく返しちゃって。」
「何、お前嫉妬?」
「おまっストレートに聞くな!」
「…なんだよ、もう。三郎次本当、腹立つなお前は!早く言えよアホ!」
「いって、なんだよ左近。なんで腹立ってんだよ!」

突然左近が怒り出したかと思うと、すぐにその後あー、とかなんとか言って疲れた、とこぼし、しまいには布団を引き始めた。

「左近もう寝るのか?」
「ああ。なんか今すげー疲れた。昨日は寝てないし。」
「そうだ、結局花岡の具合はどうなんだ?」
「もうピンピンだよ。明日から保健室の雑用やらせるから。」
「おいおい、花岡は病み上がりだろ。」
「ヘーキだろ。」
「さっきの感動的な発言はどうしたんだよ。」
「もー寝かせてくれ。おやすみ。」

そう言ってさっさと左近は布団に横になり、背を向けた。
なんだなんだ、突然。
まあ、俺は花岡の傍にいても良い、ってことだよな。
もしも花岡が最低な俺を許してくれるのだとしたら、の話だが。

俺は溜めた息を一気に吐き出した。


きみは、もう一度俺に心から笑いかけてくれるだろうか。





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