小説 | ナノ

※恋愛要素無





げほ…

痛々しい咳の音が耳に残る。
花子は青白い顔でこちら見て、酷い顔してる、と笑った。俺は物凄く顔を歪めていたらしい。

「お前の方が酷い顔だよ。」
「…だろうね。」

花子はまたひとつ、苦しそうな咳をした。

「いい加減、諦めたらどうだ。そんなんじゃ自分を追い込むだけだ…それに実習の合格点だってもらえない。」
「いやだ。」
「…進級できないぞ。」
「別に、いい。人殺しになるんだったら学園をやめる。」

俺は溜め息をひとつつく。花子は下唇を噛んで首を垂らした。

「お前が人を傷つけたくないってのは、解るけどさ。そうじゃなきゃこっちが殺られるだろ。どうしようもないんだよ。」
「…おかしい。みんな、おかしいよ。」

おかしいって。俺からすれば花子の方がおかしい。ただ、皆と同じように行動すればいいのに。俺だって好きで人を傷つけているわけじゃないしできるなら人殺しなんてしたくない。でもやらなければ、こちらが殺られるのみだ。綺麗事なんてこの世界じゃ通用しない。

「俺はお前と進級したい。雷蔵とかハチとかも一緒にだ。だからちゃんとやれよ実習。お前の実力だったら、進級なんて余裕なんだから。」

花子は返事をせず曖昧に笑っただけだった。







その数日後、
花子は補修の実習で大怪我をして帰ってきた。
どうやって帰ってきたとか何があったとかは何にもわからなかった。俺が知らせを受けて駆け付けたときには、所々赤い血が滲んだ包帯を巻いて、苦しそうに横たわる花子がただそこに居た。

「あ…さぶ、ろ、」
「おまっ喋んな!」
「やっぱ、むり、だったや、」
「…めろっ!口閉じろ!」
「…めんね、」
「頼むよ…」

俺の心臓は飛び出しそうなくらい大きな音をたてていた。なんだなんだ、これ、花子が死ぬ、のか?なんだ?どういうことだ?

花子の目からすうっと涙が流れた。なんだよお前、これじゃあまるで最期みたいじゃねえか。ふざけんなよ。勝手に終わらせようとすんなよ。俺らに許可なしで。
おい、花子、


そして俺が現実を見つめきれない間に、彼女はゆっくり眠るみたいに目を閉じたのだ。





* * * * * *




食べ物を見るだけで吐きそうになった。
吐くものがなくなっても吐き気は止まらない。

花子がいなくなった。消えた。

その日から恐怖感がなくならない。
人がいなくなるということがこんなに恐ろしいと思わなかった。花子という存在が、俺の前から消えた。

考えれば吐き気にまた襲われる。

俺も、人を消した、人殺しだ。俺が消した存在が、たくさんたくさんたくさん、

なんだ?
本当におかしいのは誰なんだ、俺か?

俺はこれからも、こんなことをするのか?
花子、お前はどう思う?



再び沸き上がってきた吐き気を、
今度はぐっと抑える。
気持ち悪さがぶわり、全身に広がる。苦しい。


「見失うな…」

俺は、人殺しだ。
それは変わらない、何をしても。

お前が人を傷つけないことを貫いたのだから、俺も俺なりに貫こう。
俺は、一人の忍だ。

右手を胸に当てる。
鎮まれ鼓動。
俺がいまさらこの時代に抗ったところでどうする。花子のように貫いて見せろ。阿呆が。

ひとつ深呼吸をすると、大分落ち着いていた。
花子、お前の生き方は俺にはできねえよ。だからお前にできないやり方で俺は生きて見せる。お前が何と言おうとだ。
見てろよ、

そう決意して空を仰いだ。
上空は透き通って悲しいくらいに美しい青だった。

あらがう

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