小説 | ナノ

師走ともなれば街は銀色に輝きだす。
いちめんの白いじゅうたんは無機質なコンクリートを忌み嫌うかのように覆い隠し、幻想的な世界を作り上げていた。

私は銀色の世界が写る窓から部屋の中へと視線を戻す。いくら幻想的に見える景色だって、ずっと見ていればいい加減飽きてくる。
テーブルを挟んで向かいに座る左近は相変わらず、まだ一回も口をつけていない自分のコーヒーの水面だけをただ見つめていた。


「ねえ、左近。左近の言葉を待つの飽きちゃったよ。」
「悪い…」

謝ったきり、やはり何も言わない。全く、そっちから呼び出しておいて。
私はもうすっかり諦めて、手元のごみくずを結びだした。



「僕、あいつと、別れた。」


どれくらいかして呟かれた左近の言葉で
結び目を作る手を思わず止めた。
左近は真顔で私の手元を見ている。

「…そう。」
「ああ。」


そんなことか。
よくある男女の別離。とるに足らない出来事だ。

心のなかでそう唱えてはいるものの、私は酷い喪失感から逃れられないでいた。

あの子と左近が別れた。








左近と私はもともと同じ大学に通っていた。何故か意気投合した私たちは同じサークルに入り、深夜まで遊んで、誕生日には下らないものを送りあって、テスト前には一緒に嘆きながら勉強して過ごしていた。

彼女ができたと、左近が言い出したのは大学三年の夏だった。


左近に彼女ができて、私たちの関係は少しずつ、少しずつほころび始めた。いや、少しずつなんかじゃない。私は最初から崩れてしまったと感じていたんだ。
左近のいちばんはずっと私だと思っていた。
私のいちばんは左近だった。
ね、左近。私その子がいろんな人と噂あるの知ってるよ。

口には出さずにいたドロドロした汚い感情達は知らぬ間に染み出して、私と左近の間を隔てた。私が一方的に小さな壁を作ってしまったのだ。左近に会いたいのに会いたくなかった。

そして私はあの子と左近の破局をずっと、ずっと願っていたのだ。心の奥底で。

そうだ、願っていた。







左近はやっと、コーヒーに口つけた。もう完全に冷め切っていることだろう。


「僕より好きな人ができたって。」

一旦口を開いたら、喋りやすくなったのか、先ほどよりもすらすらと声が聞こえてくる。
はは、と自嘲気味に左近は笑った。


私が、3年前に必死に願った破局。
それが今になって。卒業した今になって、叶えられてしまった。
あの時、私が安易に願った別れが生み出したものは、この左近の悲しそうな顔だけだろうか。私は、いったい何を望んでいたのだろう。
大切な人の幸せも願えないで。



「…お前は大学時代とあんまり変わってないな。元気そうだ。」

左近が笑顔を見せてきた。


うん何も変わっていないよ、左近の目を見ずに私は答えた。

本当、なんにも進んでいないよ。

呼び出された時だって、本当はすこし浮かれていた。ばかみたい。
左近があの子と別れて私の願い通りになってしまった今、私はもう、あの子みたいに左近の横に立つことなんかできやしないのに。





「時間取らせて、悪かったな。おまえも頑張れよ。」
「うん、左近も」

寒空の下、ピーコートのポケットに手を突っ込んだ左近と私の息が白く濁る。




左近、
好きだったよ。

去っていく後姿に、口だけで告げた。さようならの意味をこめて。

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